一階のホールでは清花による心霊・怪奇現象に関しての知識を広げる「第一回!現世に生きる霊能者・三輪清花によるスピリチュアル講座」(跡部命名)が行われていた。



『…つまり、七不思議や都市伝説なんかも架空の存在とは言い切れません』

「現に俺らはもう七不思議は体験しとるしな」

「ごっつスリル満点で楽しかったでぇ!」

「…すまんこのゴンタクレの発言は気にせんでええから」



 遊園地のアトラクションの一環として捉えているような金太郎の発言に、顔をひきつらせた氷帝組に一氏が諦めたような表情で気にするなと告げる様に清花は苦笑いを浮かべてしまう。
 そういった現象に出くわした場合、普通は畏怖し嫌悪するものだが金太郎は興味津々のようでとても珍しい傾向にあり、彼女としてもこの手のタイプに出会ったのは初めてになる。純真そのものは悪くないが、興味本位に手を出し万が一に代償が返ってくる場合を危惧すれば安心してはいられない。だからこそ少しでもこの世界に関わりをもった人間には対処を施さなくては、次に何かあった場合に無事を保障してくれる備えがあればと清花は思わずにはいられなかった。



(まあ、そう思えるようになったのは七不思議がきっかけだしなぁ…)



 四天宝寺での七不思議の一件以来、清花は自分自身の力を見直しはじめた。幼少期より教え込まれた知識を一から覚え直し、かつ足りない分野は積極的に学ぶように。またひと月もしないうちに行われる祓魔師の昇格試験を急遽受けることにしたのも、自分自身のスキルアップを図るためだった。



『まあ、先にも言った通り…』



 そこまで言って清花は不意にホールの出入り口である扉の向こうに、微かな気配を感じ取り、脇に置いていた小太刀を掴む。



「清花? どないした?」

『…ここから絶対に動かないでくださいね。様子を見てきます』



 そう告げて清花は立ちあがると少しずつ扉へと近づいてく。近づくにつれて聞こえる複数の足音と僅かに聞こえる声に探索班が戻ってきたのだと胸を撫で下ろす。ただ一つ、妙な気配を除けば。
 ぎい、と音を鳴らした扉から姿を現した麗は、小太刀を手にして待ち構えていた清花にやや驚くものの、その理由を察してか「相変わらず、鋭い感知ね」と笑う。



『おかえり、麗。無事でなにより』

「やぁね、この私がついているんだもの、なにも問題はないわよ」

「その自信過剰さが恐ろしいんだよ…」

「あら。文句でもあるの岳人?」

「イイエナンデモ」



 凍てつくような鋭い眼差しを向けられた向日は咄嗟に視線を逸らして片言で返答すれば、宍戸や日吉が同情の眼差しを彼へと向ける。そんなやり取りを見て鳳は安堵の息をつき、跡部もまたやや呆れ交じりにほっと息をつく。



「あらまぁ、ずいぶんな色男がいたもんだこと」



 聞き覚えのない鈴を転がすような声音に跡部と鳳がそちらを振り返ればぎょっと目を見開いて硬直する。彼らは謙也の肩に腰掛けるフランス人形――メリーさんを見て驚いたようで、清花は『害はありませんよ』と告げるとメリーさんへと体を向ける。



『…メリーさん、やはり貴女の気配でしたか』

「ハァイ、先日ぶりね伯爵。どうやら今回は依頼じゃないみたいね」

『ええ。事故、と言ってよいのやら…。でもメリーさんに出会えたのは不幸中の幸いですよ。気の流れが複雑すぎて困っていたところなんです』

「でしょうねぇ。これは出口を探すのに伯爵でも苦労するわよ」



 ふわりと謙也の肩から浮き上がって清花の目前へと移動したメリーさんが肩を竦めてみせる様に、清花は『困りましたね…』とひとつ嘆息する。



『そういえば、メリーさんはどうしてここに?』

「急なお呼び出しに向かっていたら、歪みに足を取られたのよ。それでアナタの気配を感じて探っていたらここについたみたいなのよねえ。今頃、花子達遅いって心配しているんじゃないかしら…はやく行かないと苺が全滅よ」



 ぎらりと鋭く目を光らせたメリーさんに周囲が恐怖で引く中、清花は不幸中の幸いかもしれないと提案を口にする。



『…なるほど。メリーさん、急いでいるところ申し訳ありませんが、ひとつ頼みごとをしても?』

「伯爵の頼みごとなら喜んで引き受けるわ。遠慮なく言って頂戴?」

『では…。キリフネを連れてきて頂きたい』



 その名前が出た瞬間、メリーさんは瞬時に把握したようで少し難しい顔をする。



「出ていくのは簡単だけど、戻ってくるのにどれくらい時間を頂くかわからないわよ?」

『霊糸でお互いを繋いでおけば短時間で済むはず。お願いできますか』

「…わかったわ」



 神妙な面持ちで頷いてみせたメリーさんに周囲が不安を覚える中、清花は護符を自身の左の中指に巻き付けて小さく呪を唱えれば、シュルシュルと護符が回転しながら細くなり、それはやがて銀色の糸へと変化する。清花は糸の先端をメリーさんの手首へ括りつけると、メリーさんは「ご武運を」と呟いて瞬く間に姿を消した。
 一連の流れをただ傍観していた彼らが困惑気味に互いに顔を見合わせる中、麗と一氏が迷うことなく口を開いた。



「清花、あなた、メリーさんに一体何を頼んだの?」

「そんで、霊糸っちゅーもんについても説明してもらおか」

『二人とも、そんな怖い顔しないでほしいんですけど…』



 説明しづらいなぁ、と苦笑いを浮かべながら清花はこの部屋にいる全員にわかるように説明を始めた。



『まず、メリーさんには手っ取り早くここから出る為の助っ人を呼んできてもらうように頼みました。メリーさんは元々空間移動を得意としていますから、私たちの住む世界と、魑魅魍魎の世界を行き来することは彼女にとって呼吸同然です。ただ、この場は普通の魑魅魍魎のいる裏世とは異なる、歪んだ狭間になるため、メリーさんでも一度抜け出してしまえばもう一度辿りつくのは不可能に近い』

「なるほど……。だからメリーさんは時間をかけずに場所を移動できるってわけか…」

「日吉、そこ感心するとこじゃねえぞ…」



 宍戸の小さなツッコミにこくりと隣の向日が頷き、同じように感心している謙也と金太郎に一氏が頭を抱える。



『だからメリーさんが迷うことなくココへ戻ってきてもらうために取った手段がこの霊糸です。これはわたしの霊力を糸状にしてメリーさんに繋いでいます。ですからココに戻ってくるのに迷うことはありません』

「…それ、糸が切れたりしないのか?」

『糸が切れるとしたら、それはわたしの霊力が切れたときですね。まあ、霊力は消耗したとしても食事や睡眠をとれば補うことはできます。そう簡単に切らせたりはしませんよ』

「そうか…」安堵の息をつく跡部に周囲もまた安心した表情に変わる。

「そうなると、一階の探索班を呼び戻した方がよさそうだな」

「私が行ってくるわ。清花に面倒かけさせられないもの」

「姉ちゃんワイも行きたい!」



 麗の名乗り出に身を乗り出して参加を希望した金太郎の襟首を引っ掴み、一氏は釘を刺す。



「こーら、ゴンタクレ。お前はここで大人しくしとかんと、白石から毒手食らうでぇ?」

「毒手は嫌やぁあ!! けど姉ちゃん一人は寂しいやろっ? それに男なら女守ったらなアカンてお父ちゃん言っとったで!!」

「いや、麗は守らなくても十分強すぎだけどな…」



 ぼそりと呟いた向日の背後でハリセンを手にした羅刹女が立っていることに気づいた小石川がそっと視線を逸らして声を落とした。



「…口は災いの元やで」



 すぱんっ!という小気味良い音が鳴って、ご立腹状態の麗が金太郎とオマケで日吉を連れて一階探索班を探しに行ったのを、清花は乾いた笑みで見送った。





希望を託して

第三章 刺客




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