一方の二階班もまた、とある部屋の探索を行っていた。



「目ぼしいものは何か見つかったかしら?」

「いや、これといってなんも見つからねえな。日吉、そっちは何かあったか?」

「こっちにも鍵となりそうなものはありませんでしたよ」

「見っけたもん言うたら、ようわからん肖像画とか風景画くらいやしなぁ」

「ほんま金持ちの趣味っちゅうのはわからんな」



 カギとなるものは特に見当たらないと意見を出し合う一同に麗は「そう、じゃあ次ね」と俄然やる気を保ったままドアノブへと手をかけて廊下を挟んだ向かいの部屋へと皆を引き連れて入った。
 ぱちん、と部屋の明かりを点ければそこは豪華なシャンデリアが取り付けられ、キングサイズのベッドが構える寝室だった。それを目に入れた瞬間に麗が眉を顰めながら「忌々しい別荘ね」と吐き捨てたのを真後ろにいた向日はばっちりと耳にして顔を引き攣らせた。
 広い寝室の中にはもう一つ扉が設置されており、どうやら隣にシャワー室を設けているようだった。探す範囲は先程の部屋に比べればそう多くなさそうだと思いつつ各自の場所を割り振って探索を開始する。



「にしても、こんだけなんも手掛かりがないと…参っちまうぜ」

「四天宝寺の奴らはよく耐えられるよな。俺なんかもうやる気なくなってきた」

「向日、さん…頑張、りましょう……」

「樺地の言う通りよ、岳人。こんなとこでへばってたら異形共に喰われるわよ」

「センパイを脅すなよ」



 既にお疲れモードに突入している宍戸と向日に樺地が言葉をかけ、追い打ちをかけるかのような麗の一言に呆れた口調で窘める日吉。そんな氷帝メンバーのやり取りを一部始終見ていた四天宝寺の面々は苦い笑みを浮かべた。



「まあ俺らは前科があるからなぁ…それがなかったら今頃は氷帝さんとおんなじやったと思うけど」

「けど、状況は精神的にはキツかとよ。休み休み探索した方がよかね」

「せやな。五分程度休息をとったらどやろか、宗形さん」

「そうねぇ…時間が惜しいところだけど、この様子じゃあねぇ。仕方ないわ、それじゃあ一度休憩にしましょうか」



 四天宝寺メンバーのありがたいフォローに氷帝陣は内心感謝しつつその場に腰を下ろした。一同が一息つく中、麗はベッドの縁に腰掛けながらサイドテーブルの中を漁っていた。それを横目で見ていた日吉が「何かありそうか?」と尋ねれば「こんなものしかなかったわ」と万年筆をちらつかせた。



「ホラーゲームみたいに、なんか仕掛けとかあるんやろか」

「どうなんだろうな。もしそうだったら心臓が幾つあっても持たねぇよ」

「でも、ここまで収穫がないとかえって変ね……」

「いつものパターンじゃないってことか?」日吉の問いに麗は深く頷く。

「大概閉じ込められた時っていうのは、それこそホラゲみたいにボス的存在がいて幾つか仕掛けやキーアイテムが用意されているのよ。でもこれだけ探索して仕掛けもアイテムもないとなると……」



 そこで言葉を区切った麗は何か引っかかりを覚える。“いつものお決まりパターン”と思って彼女も清花も脱出の鍵となるものの探索の指示を出した。しかしここまで手掛かりがないとなれば、そのパターン自体が誤っている可能性が浮上する。もしこれが“いつものお決まりパターン”ではないとすれば…?その考えに辿りついた彼女はぞわりと背筋によからぬものが走った。



「…、私の勘って嫌な時ほど的中するのよね」

「は?」

「え? どうかしたのか?」



 麗の呟きとその真剣な表情によからぬものを察した一同が不安げに表情を曇らせる。そんな中窓側に体を向けて胡坐をかいていた小石川がびくりと肩を揺らし小さく息をのむ。彼の隣に座っていた千歳が視界の隅でそれを捉え、「小石川?」と彼の方へと顔を向けて異変に気付く。
 小刻みに震える唇、一点を見つめたまま瞬き一つしない瞳、強張った表情――。怯えが見て取れるチームメイトに千歳は再度「小石川? どげんしたと?」と声をかければ「健坊がどうかしたんか、千歳?」と謙也も異変を察知する。
 ごくりと喉を鳴らした小石川はそっと利き手を持ち上げるとそれを指さした。



「あれ……いったい、なんやと思う?」

「え…?」



 小石川の指の先を視線で辿っていけば、カーテンの引かれた窓。そのカーテン越しに映る影にびくりと一同は反応を示す。いつの間に、そんな呟きを口にして麗は警戒態勢に入る。この中で唯一霊感が備わっているのは麗のみ。それに気づけなかったとなれば相当ヤバい奴だと冷汗が伝う。



「……日吉、」

「なんだ」

「もしヤバい奴だったら、みんなを連れてホールに逃げてちょうだい。その時間は稼ぐわ」

「っ、犠牲になる気か!」

「やぁね、囮と言ってほしいわ。間に合えば清花の手助けも得ることができるだろうから、その場合は任せたわよ」



 そういうと麗は釘バッドを構えたまま一歩ずつ窓へと近づいていく。するとコン、という何かぶつけるような音が鳴り、彼女のバッドを握る手に力がこもる。



コココン、コン、コン、コン、コココン、コココン、コココン、コココココン、



 リズムよく叩かれた音に「ん?」と疑問に思う者もいれば、恐怖で震えあがる者もいる中、彼女はなぜか呆れ顔になると肩を落とした。「ちょっと、吃驚するじゃないの」
 嘆息交じりに文句を口にした彼女はカーテンを引けば、窓の向こう側――意地の悪い笑みを浮かべてガラスを小さな手で叩く愉快犯がそこに浮かんでいた。それを見た瞬間、宍戸と向日は短い悲鳴をあげ日吉と樺地は硬直するが、一方の小石川を除いた四天宝寺メンバーは「おおっ?」と目を見開いた。
 窓の向こうに浮かんでいたのは、小さなフランス人形ことメリーさんだった。メリーさんはくすくす笑うとふっと消えて、次の瞬間麗の横へと出現して見せた。



「お久しぶり、Ice doll?」

「メリーさん。驚かさないで頂戴な」

「あら、分かるようにとわざわざリズムに乗せたのに?」

「チャイコフスキーの金平糖の精の踊りだなんて分かりづらいのよ。選曲ミスにもほどがあるわ」

「私のここ最近の十八番なのよ。でも分かるあたりがアナタよね、流石だわ」



 さっきまでの緊張感漂う雰囲気とは真逆の和やかムードに一瞬にして変化を遂げた室内で、ぽかんと間抜け面を晒すのは氷帝陣だった。



「メリーさんやないかい、この間ぶりやなぁ!」



 謙也の弾む声にメリーさんはきらりと目を輝かせてそちらへと移動する。



「やだ、謙也クンじゃない! それに千歳クンも一緒なのね。…あら、そちらはドチラサマ?」

「あ、せや。健坊とは面識ないんやったな。こっちは我が部の副部長、」

「えっあっ、小石川健二郎言います。話は伺ってました」

「小石川クンね。ふぅん…なるほど。アナタの力が働いていたってことね、通りで…」

「えっと、俺がどうかしたん?」

「アナタの守護霊の力が強くてね、ちょっと息詰まっただけよ。昔だったら一瞬で窒息死だったわね」

「Σ窒息死…!?」

「ヒトには害ないわよ、あるのは私達のような存在。悪意の塊には効果抜群よ。でも無自覚ってことは伯爵から説明を受けていないのね。あら、そういえば伯爵の姿が見当たらないけれどどこにいるのかしら?」

「清花なら別室にいるわ、それよりどうして此処にメリーさんがいるのよ?」



 このままだと話が逸れると割って入った麗にメリーさんは朗らかに笑う。腰を抜かして口を金魚のようにぱくぱく氷帝メンバーの内、オカルト好きな日吉だけは目を輝かせている。



「そうねぇ…。簡潔に説明するなら、咲舞と麻雀していたら花子から美味しい苺を手に入れたから一緒に食べましょっていう連絡が入ってね、それで身支度して向かっていたらいつのまにか歪みに足を取られてしまったみたいで、それで懐かしい気配を感じて探っていたらここに辿りついたのよ」

「どんなワケよ」

「そういえばこの前の丁半勝負はどっちが勝ったと?」

「千歳、それは突っ込んだらアカンて」



 謙也が首を横に振ってそれを止めれば、メリーさんの瞳がぎらりと光って「そうよ、あの勝負は…」とぶつくさ言い始めたので相当こじれた勝負になったことは違いなかった。その様子を見ていてやっと我に返った向日がはっとして口を開いた。「ちょ、ちょっと待てよ!」



「あら、どうしたの岳人」

「どうしたのじゃねぇだろ!! そ、その人形…「失礼な坊やだこと。私は都市伝説で有名な≪もしもし? 私、メリーさん≫のメリーさんよ」め、メリーさんって、」

「向日さん落ち着いてくださいよ」

「お前はなんで落ち着いてんだよ日吉! 麗、ワケわかんねぇから説明しろよ!!」



 ぎゃあぎゃあと喧しく騒ぎ立てる三年生二名に、まったくというように麗は片目を眇める。



「アンタ達ほんっと騒々しいわね。少しは樺地を見習ったらどう?」

「ウス…」

「いや、おかしいだろ!? 普通ビックリすんだろ!!?」

「メリーさんと私は清花を介して古い付き合いなのよ。害はないわ、多分ね」

「「Σ多分!!?」」

「おい、麗。なぜそれを俺に教えなかった…! 都市伝説で有名なメリーさんだぞ、国宝、いや世界遺産級の邂逅なんだぞ…!!」

「日吉キャラ、キャラ変わってるから! お前も落ち着け!」



 錯乱状態の氷帝陣を眺めながら、千歳が「面白かね〜」と空気を読まない発言をすれば「こいつらほんまセレブ校の生徒なんか?」と呆れる謙也。どう収拾をつけようかと悩む小石川の隣で「とりあえず伯爵のところに行った方がはやそうね」とメリーさんが結論を出し、彼らの中に介入したことでなんとか場は収まることになった。
 そして数十分後にメリーさんの存在が脱出の鍵となることを彼らは知ることになる。





まさかまさかの救世主?

第三章 刺客




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