屋敷の見取り図を手に入れた清花達は一階・二階双方の探索を同時に行うことにした。その方が効率がよく、時間を短縮できるためと判断した結果だ。
 ホールに留まるのは清花を含め、跡部・鳳・一氏・金太郎。一階を捜索するのは忍足・芥川・滝・白石・石田・小春・財前・花菜。二階を捜索するのは向日・宍戸・日吉・樺地・麗・小石川・謙也・千歳となっている。清花は『二階は麗がついているから安全として、一階は自身が探索に出た方がよいのではないか』と意見したものの、いざという時に立ち回りが可能な位置に彼女を据えた方がよいという麗の説得(もとい周囲への圧力)により渋々ホールへ残ることになった。
 とはいっても、一階探索班の危険度の高さを心配した清花(異空間から投擲武器を取り出して渡そうとも思ったほどだ…)は清め水の入った小瓶を二つと護符を十枚、式神である双狐の片割れを預けるという態勢を整え、準備が整ったところで両班揃って探索へと出て行った。



「皆さん大丈夫ですかね…、無事に帰ってこれるといいんですが…」

「心配するな、とは言えねぇが…護身用の物も預けているから一先ずは大丈夫だろう。麗に至っては露ほども心配いらねぇと思うがな」

「釘バッド振り回すお嬢様なんてもの、存在するとは誰も思わへんわな。オバケかて逃げ出すわ」

「ワイも姉ちゃんらみたいにバケモン退治したいー!」

「アホいいなや、ゴンタクレ」



 ホールで待機する清花達は扉からほど近い位置に円を組むように腰を下ろしていた。清花の膝の上には黒い子狐・奏が鎮座している。



「二階は宗形さんがついているとしても…ほんまに大丈夫なんか?」

『あの子は強力な力は持ち合わせていませんけど、勘は鋭い方だし一緒に死線潜ってきていますから。そんなに心配はしていませんよ。それに小石川さんが結界の役割も果たしていますしね』

「健ちゃんが結界?」

「どういうことだ?」

『ん〜…、いったいどういったご家系なのか…。先輩についている守護霊というのが、私がみてきた中でもかなり凄いんですよ。いうなれば神様レベルでしょうかね。それに守られている先輩は殆ど霊的障害を受けることはないんです。おそらく前回の七不思議に巻き込まれなかったのもその影響があるんじゃないかな、と』

「ほんなら健ちゃんを一階に配置した方がよかったんやないか?」



 一氏の言葉に清花は『まぁそれでもよかったんですけど、』と前置きをつけて、奏の頭を撫でながら続けた。



『同様の役割を果たせる人がいますから。ね、侑ちゃん?』

≪…は? 堪忍してぇな。俺そないなこといまのいままで知らんかったで≫



 通信の役割を果たす奏の口から聞こえた忍足の声に、「忍足さんが!?」と驚く鳳。跡部もまた信じられないといった表情をしているので、いったい氷帝でどういう扱いを受けているのだろうと清花は気になった。



『あれ、お母さんから聞いてなかった?』

≪なんも聞いたことあらへんわ。なんや、俺にも神様レベルの守護霊っちゅうんがついているんか?≫

『神様レベルではないかな。でも強力なご先祖様がついているよ、能面つけて弓矢背負った束帯姿の御仁がね』



 忍足侑士の母方の家系を辿っていくと、出身地は京都にあたるという話を聞いたのは十歳くらいの時だ。いつも視えるわけではなかったが、その装束からおそらく平安時代の貴族であったことが伺える。なぜ能面をつけているのかと問い質したいくらいだが、少々変わっているくらいが彼の守護霊とも言える気がして触れることはしなかった。



「忍足の守護霊は強いけど、謙也の守護霊は違うんか?」

『侑ちゃんの守護霊は母方のご先祖様を辿っていったものですからね。謙也さんはまた別です』

≪うわぁ…なんちゅうか謙也が可哀想になってきたわ≫

「謙也やからなぁ…しゃあない」

「忍足さんのイトコさんに対する評価が手厳しいですね」

「いつものことやで! 兄ちゃん」



 金太郎の止めを刺すかのような一言が、本人が聞いていないことだけが救いだと清花はそっと嘆息した。





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 ――二人一組となり端末の明かりを頼りに道なりを進んでいく一階班は慎重に探索を進めていた。



「にしても…本当に薄気味悪いですねぇ〜」

「花菜ちゃん怖いの〜? 手、繋ごっか?」



 花菜の隣を歩いていた芥川が手を差し出せば、それに吃驚した彼女だったが笑顔で「ありがとうございます、でも大丈夫です」と丁重に断りを入れる。…なぜならば。



「手ぇ繋ぐ相手なら、もう決まっとるからなぁ」



 からかうような口調でそういった忍足に、花菜は「ほぁっ!?」という奇声を発して自身がペアを組んでいる白石を顧みた。彼は困ったような笑みを浮かべており、それを見た花菜は再び忍足へと顔を戻すと素早く首を横に振った。



「何言っているんですかもう! からかわないでください!!」

「そらすまんなぁ。からかい甲斐があるとついちょっかい出したくなるねん」

「うわっ、そういうとこ清花先輩そっくり!」



 鬼畜!とぷんすか腹を立てて見せる花菜にけらけらと忍足が笑えば、白石達もまたくすくすと笑う。不安と緊張感をほぐす緩和剤となってくれる彼女を一階に配置した清花の配慮に内心感謝しつつ財前は次の部屋の扉を開けた。ぎい、という音をたて半分まで開かれた扉の向こうに明かりを向けて恐怖要因がないことを確認した彼は背後に「大丈夫です」と声をかけると中へと踏み入った。
 真っ暗な部屋を照らしながら壁に設置されている照明の電源を探し、それを見つけ当てスイッチを押して明かりをつける。八人編成のため比較的広い部屋でも手短に探索を済ませることができるので、各々が手掛かりとなるものがありそうな場所をくまなく探していく。



「ん〜…これといって、何か怪しいものもありませんね…」

「せやなぁ…。七不思議みたいに手がかりが掴めれば問題ないやろうけど」

「そうなるとやっぱり書斎やろね」

「滝〜、書斎は一階だったよね?」

「うん。確かこの隣の部屋が書斎になっているはずだよ」

「でも、とりあえずはこの部屋の探索をきちんと行うことや。気持ちが急いてしまうのも分からなくはないが、見落としがあったらアカン」

「師範の言う通りですわ。いまはこの部屋の探索をきちんと行った方がええです」



 一刻も早く現状を打開したい気持ちはみな同じ。だから焦り高ぶる思いも勿論あるが、焦って周りが見えなくなってしまっては元も子もない。そう落ち着きはらった態度で諭した銀と財前に一同は頷くと、再び部屋の探索へと移る。



「そういえば侑士クン、おとんが一時期清花ちゃんの担当医務めてた言うてたけど、清花ちゃんどっか悪かったん?」



 忍足とペアを組んだ小春が何気なしに清花の話題を持ち出せば、見事に反応を示した彼は探索の手を休めずにさらりと返答を口にした。



「持病があるとか、どっか悪くしたってことは殆どないな。かといって精神病んでたわけでもないで。至って丈夫そのものや。親同士が懇意にしとったから、安心して診てもらえるうちのおとんが担当務めとっただけやなあ。…あ、けど」

「けど?」

「確か俺が東京に引っ越す前、まだ小学生の時やな。そん時担当してた先生の話によると生傷が絶えんかったって。武道関係の習い事してたから打ち傷やらなにやら…いっちゃん酷かったのは第一次反抗期がきた小四やって話や。半年間くらいは荒れて荒れて暴れまくったいうから相当ヤバかったんちゃう?」

「元ヤン説はほんまもんだったのね、清花ちゃん…」



 四天宝寺で囁かれる清花の元ヤン説が小春の中で確定した瞬間だった。若干の震え声になった小春をよそに忍足は顎へと手を添えて話を続けた。



「まあでも、学年が上がった途端急にしおらしくなりよって、そっからは今の状態みたいやで」

「あらん。もしかして、恋!?」

「さぁなぁ…詳しくは聞いとらんし、真相は清花のみ知ってることなんやろなぁ」

「やだぁ! 気になっちゃうじゃないの!!」



 一気にテンションの上がった小春だったが、小さく「…けど、」と口の中で呟いた続きを声にすることはない。そろりと視線だけをやった先には彼女の相棒とも言える存在の姿。

 ――過去よりも、これからが気になってしゃあないんよ。

 距離はあるが今の会話が聞かれていた可能性は高い。その上で小春は複雑な感情に絡めとられている財前が、彼なりに答えを出せるように、あわよくば周囲が願った結果が訪れるように影ながら協力をするのだ。
 きゃあきゃあと騒ぎ立てた小春に白石が「はしゃいどる場合やないやろ」と呆れた調子で注意を下すまであと五秒。





不安を抱いた再始動

第三章 刺客




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