激しい雨音が静かな空間に響く中、室内には何とも言い難い重い空気が流れていた。



「…お前の家が生業とするところのやつ、か」

『察しが早くて助かります』



 ぽつり呟かれた跡部の言葉に清花はやや沈んだ面持ちで肯定を口にする。そして一つ深い息を吐き出すとその表情は先ほどとは打って変わって真剣なものになる。清花の気持ちの入れ替えが済んだことを横目にまったく、というように嘆息する財前はゆったりとした足取りで仲間達の元へと向かう。



「光! ワイ、ちゃんとみんなに伝えたで!」にぱっと笑って報告を口にする金太郎の頭に財前は掌を置いた。「そら、おおきに」

「まったく心臓に悪いわ。いきなり真っ赤な雨とか洒落にならんで」

「謙也の言う通りばい、ドッキリだったら良かったっちゃね」

「いや、お前ら…場慣れしすぎちゃうか? もうちょい恐怖感っちゅうもんはないんか」



 顔を引き攣らせる小石川に、「そういえば健ちゃん前回巻き込まれてへんかったもんね〜」「一度に一気に体験したらもう恐怖感薄れるで」と答える小春と一氏。異常事態だというのに相も変わらずマイペースな四天宝寺一同とは異なり、氷帝陣は腰を抜かしていたり言葉を失って恐怖に震える者が殆どだ。そんな中、花菜の隣で四天宝寺のやりとりを耳にしていた麗は「まあ」と顎に手を添えた。



「花菜。あなたは別にしても、四天宝寺ではこういう状況体験しているの?」

「つい最近のことですけど、清花先輩の依頼にみんなで巻き込まれちゃいまして…」

「ならある程度耐性はついているってことね。それなら足手まといにならなさそうで安心したわ。問題は、コッチの甲斐性なし共だけど」



 そういいちらりと氷帝陣を一瞥した麗は重い溜息をつくと、呆然としている一同の頭にいったいどこから取り出したのかハリセンを容赦なく叩き入れた。



「ちょっと、アンタ達いつまで呆けているつもりなのかしら? 少しは四天宝寺の皆さんを見習ったらどうなのボンボン共。特に日吉。あなた摩訶不思議なことに興味津々なくせにこんなので一々びびっていたらキリないわよ」

無茶言うんじゃねぇよ麗…

『跡部さんの仰る通り、流石に初体験の人達にそれは無理難題でしょ』



 麗の容赦ない物言いに表情を歪める氷帝陣を見計らったように、財前の後に続き出入り口から彼らのいるホールの中央部へと移動してきた清花達がすかさず助けに入る。それに麗は目を細めると「甘いわよ、清花」と両手を腰に当てる。



「氷帝なんてぶっ飛んだセレブ思考集団なんだから、少しは庶民の一般常識にも意識を持たせるべきなのよね。それもこれも跡部がトップに立っているから周囲に変な影響を与えてしまっているのよ。学園側的には良いスポンサーを得たかもしれないけれど、少なからず生徒達の将来に何らかの悪影響を及ぼしているから自重してほしいわ。まったく、良いとこのお坊ちゃん達って、こういう対処ができないから頼り甲斐もない糞ったれしかいないんだから。ハア…なんで氷帝になんか入学しちゃったのかしら、自分が恥ずかしいわ」

『…奇奇怪怪は一般常識じゃないし対処しようもないと思うけどなぁ。あとそれ大半が跡部さんの悪口ね』



 ぺらぺらと正論だと言わんばかりに愚痴る麗に口を挟み、清花はちらりと跡部の横顔を伺えば案の定こめかみを押さえて青筋を浮かべていた。
 麗の生家である宗形家は旧華族の資産家で彼女もセレブに当て嵌まるのだが、家柄的には「金持ちを鼻にかけるのがいけ好かない」思想であり庶民派だったゆえに、その上品な佇まいからは考えられない言動を起こすことも多い。特に幼少期を知っている、腐れ縁といっていい関係を築いてきた清花からすれば「容姿は凛々しいお嬢様、中身は暴れん坊将軍」がピッタリ当て嵌まる。そして本人は氷帝学園への入学を希望していたわけではないが、学園の理事を務めるお偉いさんと彼女の父親に繋がりがあった為に入学した次第だ。ただ入学前から跡部グループの子息がいたことは重々承知だったが、この有様に耐えられず文句の嵐と制裁を下して近年の「氷帝BIGニュースベスト10!」にランクインしているのは余談である。
 と、【氷帝の女帝】という異名で知れ渡る彼女は、こんな状況下でも眠りこけている芥川へと視線を落とす。



「起きなさい、ジロー! 緊急事態だっていうのに危機感もないの?」

「んー……、んん? あれぇ…麗ちゃん? おはよぉ」

「おはよぉ、じゃないわよもう。その能天気さが羨ましい限りね」

『あーあ…麗ってば、本当に容赦ないんだから…』

「ずいぶん威勢のいい生意気な子やねぇ。うちの光より上かも」

「ってかあの氷帝で先輩相手にタメ口っちゅーのがまた…」

「小春先輩、俺に喧嘩売っとります?」

「財前、いつものことや。相手にしたら負けや負け」

「はうぁあ…! 麗先輩格好いいです…!!」

「またこの子は論点のズレたことを言いよるわぁ」



 ラブルスに対して拳を握って見せる財前の肩をぽんっと謙也が叩いて溜息をつき、花菜はうっとりとした表情で麗を眺めれば白石がツッコミを放棄するというまさに協調性がないカオスな状況に、清花は顔を背けるとにこりと笑みを貼りつけて小石川に向き直った。



『副部長、とりあえずコレ身に着けてくださいね。皆さんと同じ魔除けのブレスレットです』

「あ…ああ、分かったわ」



 四天宝寺で唯一まともと言える彼の気苦労を知る清花としては、これ以上の負担を掛けるわけにはいかないしお互いに巻き添えを食うのはご免だ。そしてなんとなくその想いに感づいた小石川も苦笑いを浮かべてそれを受け取った。



「っ、なんでそんなにお前は冷静なんだよ麗!」

「おかしいだろ! どう見たって普通じゃねぇんだぞアレ!! 血の雨じゃねぇか!!」



 我に戻ったらしい宍戸と向日は腰を抜かした体勢のまま、真っ青な顔で麗を見上げれば「麗の精神は常識を逸脱してるからしゃあないねん…」とぼそり忍足が呟く。無論、それを聞き取った彼女の容赦ないハリセン打撃が彼の頭にお見舞いされる。



「あら、二人共。私を誰だと思っているのよ? 美人で麗しい氷帝の高嶺の花なんだから、豆腐メンタルだったら幻滅されちゃうじゃないの」

自分で言っちゃうんだもんなぁ…

「間違ったことを言っているつもりはないもの、違う? 萩之介。それに私は昔っから怪奇現象に巻き込まれているから慣れっこなのよ。そうよねぇ、人形ドール?」

『そうだね、たまに自ら特大級の厄介事を運んできたりもしているしね。ほんと、麗といると命が幾らあっても足りない気がする』



 とんでもない爆弾発言をした清花に四天宝寺一同は彼女がそこまで言うのだからヤバいと身の危険を察知し僅かながら麗との距離をとった。



「で、コレについて心当たりでもあるのか?」



 睨みつけるように麗へと視線をやって口を開いた日吉に、彼女は「いいえ、まったく」と首を横に振る。



「前にも言ったと思うけど、私は霊感が強いだけで視えないし、祓える作法を少し覚えているにすぎないの。ここに着いた時に若干嫌な気配はあったけど、それほど強いわけでもないから気にしないことにしたのだけど……」

「えっ……麗ちゃん、霊感があるの?」鳳の問いかけに芥川が答える。

「マジマジっ、麗ちゃんは強い霊感が備わっているし知識も豊富なんだよ〜。俺も何度か助けてもらってるCー!」」

「助けてもらってるって…ジロー、どういうことだよ?」

「俺も霊感があるんだ〜ぼんやり視えたりするくらいだけど」



 宍戸の問いにへらりと答える芥川。衝撃の告白に氷帝陣が驚きを受ける中、ふと日吉が清花へと焦点を当てる。「さっきの会話から想定するに、お前も霊感があるってことか?」と尋ねてきた彼に、清花は肯定といわんばかりに笑みを浮かべた。



『ええまあ。あ、ご挨拶が遅れました。四天宝寺二年マネージャー、三輪清花と申します。麗とは物心ついた頃からの知り合い、いわゆる腐れ縁というやつです。それで、』

「こいつの家は歴史ある霊媒師の家系でそれを生業としている。幼い頃から修行を積まされてきているからこういう事象には詳しい。うちの関係者も何度か世話になっているしな。それで、早々に対処は可能か?」

『原因を突き止めれば。ただ今回は少々厄介かもしれないですから…皆さんそれなりに覚悟はしておいてくださいね』



 そう忠告した清花の視線と爪先はホールの扉へと向けられていた。





状況を把握しましょう

第三章 刺客




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