四天宝寺一同は、入口を入ってすぐ右手にある絨毯張りのホールへと跡部に案内される。扉を潜り抜けた先には談笑を交わす氷帝のテニス部員達がおり、跡部が入ったことで気づいたのだろう、彼らの目が一斉に四天宝寺テニス部へと向けられた。それに少し居心地の悪さを感じた花菜が「うっ…」と息を詰まらせる。



「花菜、リラックスリラックス」

「う〜…分かっているんですけど…」

「耐えきれんときは、俺の後ろに隠れればよか」

「千歳さん、ありがとうございますっ」



 ぽんぽんと花菜の肩を叩いて安堵させる千歳に彼女の表情も和らぐ。跡部は周囲を見渡し「まだ監督達の話が終わらねぇみたいだな」と口にすれば白石も「長引いてるんかな。ほなもう少しだけ様子見よか」と苦笑いを浮かべる。監督達の姿が見えないことを不審に思いつつも清花は白石達の指示に従い、氷帝部員達の側に荷物を置き待機となった。警戒を怠らないように細心の注意を払いつつ、財前と視線を交わしていれば凛とした声が清花の耳に届く。



「あら、久しぶりね人形ドール?」



 ソプラノボイスが聞こえたのは氷帝側。懐かしい声に清花はそちらへと視線を向ければ、氷帝のジャージに身を包んだ気の強そうな金髪の美少女が歩み出てくる。清花はそれに『変わらないわね』と微笑む。



『麗、久しぶりだね。元気にしてた?』

「ええ、清花も。昨年の会食から会ってないんだもの、寂しかったわ」

『週一で連絡とり合っているのに?』

「本人に会って話すのと、電話口で話すのはワケが違うわ」

「麗先輩! お久しぶりです!!」

「あら、花菜じゃないの。噂はかねがね聞いているわ。マネージャー業、頑張っているみたいね」

「はいっ! 清花先輩と麗先輩の助言があったので、とても楽しく充実しています」

「それは良かったわ」



 くすくすと笑う麗と笑みを絶やさずに会話をする清花と花菜に、四天宝寺一同が知り合いなんだろうと察する。ただ気になったらしい金太郎が「知り合いなんか?」と口にしたので清花は大きく頷いて見せる。



『そうだよ。わたし達は幼少期から付き合いがあるの』

「自己紹介がまだだったわね。今年からマネージャーになった氷帝二年、宗形麗よ。よろしくね」



 そんな中、やや驚きを滲ませた声が一つ増える。



「なんや、麗。清花と知り合いやったんか」

『! 侑ちゃん』

「久しぶりやんなぁ、清花。暫く見ない内にまた別嬪さんになったんちゃうか?」

「はっ!? ちょ、待ちぃや侑士! お前清花と知り合いやったん!!?」



 驚きの声を上げたのは忍足侑士のイトコである謙也だ。だがそれに涼しげな表情のまま忍足は「謙也やん、久しぶりやな」と口にする。



「おう、元気そうやな! ってちゃうわ!! 話流すなや!」

「喧しいで。清花とは親同士の繋がりでな、一時期うちの親父が担当医務めていたんや。なあ?」

『ま、そういうことですね。というか侑ちゃん、謙也さんに説明してなかったの?』

「てっきり清花がしとるもんやと思うとったわ」



 肩を抱くように仲の良さをアピールする忍足に、清花はやや呆れ気味に吐息交じりの同意をすれば次の瞬間ばこん!という衝撃音が響き、彼女は突如頭を抱えて蹲る忍足のつむじを見下ろしながら乾いた笑みを浮かべてちらりと犯人へと視線を送る。こんな容赦ない鉄拳制裁を行なうのはこの中でただ一人しかいない、と。



「清花にむやみやたらに触れてるんじゃないわよこの変態忍足!!」



 いつの間に手にしていたのやら、バインダーを持って憤慨する麗に四天宝寺及び氷帝一同は唖然とする。跡部はやれやれと額に手を添え、清花も肩を竦めて嘆息する。そんな彼女を抱きしめた麗は忍足を見下してふんと鼻を鳴らす。



「この子達を穢したらただじゃおかないわよ」

「痛ったいなもう……麗っ、おま、俺は先輩やぞ」

「そんなの私の知ったことじゃないわ」



 足元で蹲る忍足に鼻で笑って見せる彼女に清花は『麗』とけん制の声をかけるが効果は薄い。救いの手を差し伸べるように跡部へと視線を向けてみれば仕方ないと息をついた彼が「麗、いい加減にしやがれ。忍足も麗の前では紳士的態度を心掛けろ」と双方へ注意を口にしてその場は何とか収めることができた。



「はあ…ったく、お前達の仲の悪さは天下一品だぜ」

『すいません跡部さん、ありがとうございます』

「礼には及ばねぇよ。…お前が忍足と知り合いだったのには驚いたがな」

『父親同士が大学時代の友人なんですよ。こちらの世界には関わりは持ち合わせていないはずです』

「なるほど」

『それよりも――あとどれくらい、待てばいいんですかね』



 『いくらなんでも遅すぎます』と口にした清花に跡部も大きく頷く。部長二人がいるのであれば勝手に進めていても問題ないだろうが、念のため確認しておいた方がいいと判断したのだろう、跡部は白石へと目配せをして監督達の元へ向かおうと二人揃って入ってきた扉へと歩いていく。それを横目に見送った清花はぐいぐいと袖を引っ張る何かに気づき、そちらを見れば金太郎が心配そうな表情をしていた。



『金ちゃん?』

「なぁ姉ちゃん。さっきから光の顔色が悪いんやけど…」

『っ、財前君』



 一人離れたところで携帯を弄っている財前の元へ金太郎を伴って急いで駆け寄れば、怪訝そうに顔を顰める彼に声をかける。



『(確かに、顔色が優れない…)財前君、だいじょうぶ?』

「これ、見てみ」

『え?』



 携帯端末の画面を差し出された清花はじっと見てみるが特に違和感はない。どういうことだと財前へと視線を戻せば「圏外」と無機質な響きが落とされる。



「ここ、確かにさっきまで電波三本たってた。けどこの中入ってからはずっと圏外や。一度電源落として立ち上げてみても戻る気配はなし」

『…ごめん、もっと早く気づくべきだった』



 反省の色を示す清花を横目に財前は隣の金太郎へと口早に尋ねた。



「金太郎、お前魔除けのブレスレット持ってきとるか」

「勿論!」

「いますぐ全員に確認してき。持ってるようなら身に着けるようにも言いや」

「なんや怪奇現象か! わかった!」



 金太郎が輪の中に戻っていった直後、「おかしいな」という言葉が清花の耳に届く。それは先ほど監督達の元へ向かおうとした跡部のもので、扉の前で白石と二人険しい表情をしている。嫌な予感が、当たった。たらりと背に伝う冷たいものに清花はぎり、と下唇を噛むと白石達の元へと駆けた。『部長っ!』



「清花、」

『なにがあったんですか』

「扉が開かねえ」答えたのは跡部だった。

「押しても引いても開かん。二人掛かりでもや」

「ここは内鍵になっているから外から鍵をかけることは不可能だ。どうなっていやがる」

『…っ、』



 自分の少しの油断が招いた結果がこれだと清花は自身の顔を歪めれば、瞬間頬に鈍痛が走る。いつの間にやらついてきていた財前が頬を抓っているのだと気づいた時には更に力が強められる。



『いひゃいっ』

「難しい顔してる場合か阿呆。はよ次の手立て考えなアカンやろが」

『っ! 財前君、』

「部長。すんません。また巻き込まれてしもうたみたいや」

「…なるほどな。それなら嫌でも納得がいくわ」

「おい、どういうことだ」

「それは――」

「うわあぁぁああああああ!!!」

「なんなんだよ、これ!!」



 突然上がった悲鳴は氷帝と四天宝寺、双方のものが混ざっていた。何が起きたのだろうと咄嗟に身構える清花だったが、耳が捉えたのはびゅうびゅうざあざあと五月蝿い風と雨の音。窓へと向けたその瞳に映り込んだのは大粒の、真っ赤な雨が音を立て激しくぶつかって硝子を赤く染め上げている光景だった。



『――奇怪な世界に、また足を踏み入れてしまったようですね』





赤い雨が、降る

第三章 刺客




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -