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長期連休の一つでもあるゴールデンウィーク。学生社会人問わず、長期連休の響きは惹かれること間違いないだろう。だが全国大会優勝を目指す四天宝寺中学校男子テニス部はゴールデンウィークもほぼ毎日部活漬けというスケジュールを組んでいた。そんなゴールデンウィーク突入直前、渡邊オサム監督からの突然のレギュラー陣のみの合宿発表はその場に集う面々を不愉快にさせた。
「ということで、オサムちゃんに反対派ー、手ぇ上げー」
「「はーい」」
謙也と花菜の二人は間延びした返事をして手を挙げ、あとは無言で手を挙げている。監督である渡邊は苦い笑みを浮かべてがしがしと頭の後ろを掻く。
「んなこと言われても困んねんて。もう決まってしまったことやし、仕方ないやろ?」
「ならなんでそれをもっとはよ言うてくれへんのですか。最低でも三日前に教えてくれてたら納得しましたわ」
「せや、白石の言う通りや! この競馬依存親父!」
「なんやてぇ!?」
謙也と渡邊のいがみ合いが始まりそうになったところですかさず清花が仲裁に入る。
『どーどー、二人共落ち着いて下さい。で、監督。いつ・どこで・いつまで・当日何時集合なんですか?』
「めっちゃ簡潔ですね」
「流石清花先輩です」と一人感心する花菜に「感心するとこちゃうやろ」と思わず一氏のツッコミが入る。
「えっと、二十九日から五月三日までやから五日間な。あ、三十日・一日・二日は登校日になってんけどいつも通り公欠扱いやから。そんで東京の強豪校、氷帝学園との合同合宿んなっとって、部長である跡部君の別荘が合宿所や。両校ともにレギュラーだけの合宿になってんけど、氷帝は一人準レギュラー連れてくるみたいやで。当日は朝五時前に校門集合な」
「へぇ〜二十九日から…って」
「「「明日ぁッ!!?」」」――――――――――
――――――――
―――― ――翌日。
とてつもなく面倒くさそうに花菜と清花は一番乗り(集合時間の十五分前)で登校していた。
「本当に今日からってあり得ない……。家帰って準備するの大変でしたよ、もぉ〜オサムちゃんの馬鹿ぁ!」
『うん、それは否定しない。にしても、氷帝との合同合宿かぁ』
「楽しみですよね! 氷帝との合宿!! 麗先輩に久しぶりに会えます!!」
きゃっきゃっと朝早いというのに騒いでいる花菜を横目で見て清花は苦笑を溢した。そして一つ欠伸をして、渡されたプリントの注意事項を眺めながらぽつりと呟く。
『そうだね。でも本当にマネージャーも参加で良かったのかなぁ…』
「どうしてです?」
『いや、今回は各校レギュラーのみの合宿ってなると、特段マネージャーの必要性が感じられないでしょう? それにあの跡部さんの別荘となったら、できの良い使用人が何人いると思う?』
「ああ…確かに。山ほどいますよね…でもプリントにはマネージャー参加義務って書いてありますし、」
『よく考えてみなよ。主催が氷帝学園なんだから、あの子が跡部さんに無理言って押し通したとした考えられない』
「あー……納得です」
「跡部さんを顎で使えるの、先輩しかいないですからねぇ」とけらけら笑う花菜に、笑い事で済めばあの跡部さんも扱いに苦労しないよなぁと清花は思案する。事実、清花でさえも幼少期から振り回されてきた相手だ、一筋縄ではいかないだろうし何より将来が不安すぎる。
「あらぁ、清花ちゃん花菜ちゃん、おはよう〜!」
「小春さん、ユウジさん。おはようございます」
「おん、おはよ」
「おはよーございます! お二人も早いですね!!」
朝っぱらからハイテンションすぎる花菜に一氏は顔を引き攣らせて引いているようだが、小春はそれに笑顔で「元気ええねぇ」と返す。そして次々と部員達が集まってきた。
「あ! 白石先輩おはよーございます!」
『おはようございます』
「おん、おはようさん。みんな早いな、全員揃ったか?」
「せやな。ってかほんまに今日行くんか…」
「ははは、未だに信じられんたい」
いまだに文句をぼやいてしまうのは仕方のないことだろう。
そして最後に渡邊が到着し、一同は中学校から新大阪駅へと移動し、そこから新幹線で東京へ。東京駅に着いた後は、跡部が用意した送迎バスに乗り込み一時間半程度の道程を経てようやく郊外の合宿所へと到着する。
「わーい! やっと着いたでー!!」
「金ちゃん、はしゃぎすぎやで」
はしゃぐ金太郎を落ち着かせるように彼の襟元を掴むのは保護者である白石だ。副部長である小石川は全員の忘れ物がないかどうかバスの中をチェックし渡邊へと報告を入れる。渡邊は先に挨拶を済ませてくると一人建物の中へと入っていってしまった。待つこと数分、中から現れたのは渡邊ではなく白地に冴えた水色が映えるユニフォームを纏った人物だった。
「よぉ、待たせたな」
「跡部君自らがお迎えとは痛み入るわ」
「監督命令じゃ仕方ねーからな。久しぶりだな、白石」
そう白石と氷帝学園部長である跡部は言葉を交わす。そして彼は白石の背後に控えるマネージャー二人に視線を移した。
「花菜じゃねぇか。驚きだな、お前がマネージャーやってんのか」
「跡部さんお久しぶりです!! ちゃんとマネージャーやらせてもらってますよっ」
「そうか。元気そうでなによりだ。それに、清花もな」
跡部が口元を吊り上げて清花へと視線を移せば彼女はにこりと微笑んで頭を下げた。変わらねぇなと肩を竦めた彼は白石との会話を再開し日程や他愛無い話に軽く談議し始める。その様子を眺めていたところ、「おい」と清花に斜め後ろから声がかけられ振り返れば怪訝そうな顔をした財前がいた。
『ん、なに?』
「なんか…雰囲気悪ないか?」
財前のその言葉に清花は目を眇めると合宿所敷地内をぐるりと見渡した。都内から離れた場所にある跡部家別荘は森に囲まれていて、木々の影があるのは当然だ。だがどこかそれとは違うべっとりとして暗く肌寒い雰囲気を感じるのだ。
『うん……なにか変だよ。一応、注意しておいた方がいいかも』
清花の真剣みを帯びた言葉に財前は黙したまま頷いた。するとタイミングよく跡部は白石の後方に控えていたレギュラー達に声をかけた。
「とりあえず中に入れ。そろそろ時間の筈だ」
「じゃ、みんな行こか。各自荷物持ったなー?」
「千歳、立ったまま寝てるでぇ」
「起こしてやり」
そんなやりとりを交え、一同は建物の中へと入っていった。
これがまた、奇怪な事件の始まりともまだ誰も知らずに…。
合同合宿
第三章 刺客