桜の下で、待つ。





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 顔を覆いぐす、ぐす、と嗚咽交じりに言葉を続ける澪とその横で意識を手放し横たわる清花を見守ることしかできない中、一氏は異変に気付いた。
 清花と同時に激しい頭痛を訴えた財前が静かになったのはいつだろうか。彼女が行動を起こしたために全員の意識はそちらへ向けられ、財前へは意識が向けられていなかった。はっとした一氏が財前へと視線だけをやった時、普段の飄々とした冷静な彼とは異なる、複雑な表情を浮かべたどこか柔らかい雰囲気を纏った彼が、じぃっと清花を見つめていた。



「……財前?」



 そして一氏はもう一つの間違いに気づく。



「(清花やのうて…あの澪っちゅう人を見てる…)…お前、誰や」



 怯え交じりに警戒心を強めた一氏の一言に花菜がぴくりと反応すると「ユウジ先輩? どうした…ん、…え?」と彼女もまたすぐに異変を察知して表情を強張らせる。
 二人の警戒する視線を向けられる財前――いや、財前にとり憑いたなにかはやや目元を和ませると両手で顔を覆う澪へ向かってゆっくりと近づいていく。澪の話に耳を傾けていた一同は反応が遅れ、財前が徐々に近づいていくことに驚き声をかけるが彼はそれを無視して歩んでいく。だが途中から財前へと意識を向けていた花菜がばっと両手を広げてその進路を阻む。



「花菜っ!?」驚きの声を上げる白石に、花菜は睨みつけるように財前を見た。

「財前先輩は…、あなたは清花先輩になにするおつもりですか」

「………」

「っ、先輩には、絶対に手出しさせません」



 恐怖故に震える口で紡いだ言葉だったが、花菜にとっては真剣そのものだった。だが事情を把握できない二人以外は何が起きているのか分からずにいた。「花菜、やめや! そいつは財前ちゃうねんぞ! 危険すぎる!」「は!? 財前じゃないってどういうこっちゃねん!!?」「ユウ君説明してや!!」という外野の声に歯を食いしばり財前を睨み続ける花菜だったが、己をじっと見つめていた財前がやがて一歩を踏み出したことにびくりと肩を揺らす。



「っ、」



 ごくり、と生唾を飲み込んだ花菜だが財前はぽんと彼女の肩に掌を置くと「なんもせぇへんよ」と告げて通り過ぎていく。それに目を丸くした彼女は緊張が解かれたかのように駆け寄ってきた白石達に囲まれると、金太郎に手を握り締められ安堵の息をつく。そして一同は財前達の様子を見守ることにした。



「ずっとずっと、待っとったんに……約束、したんに……どうして、どして…」



 嗚咽が大きくなる彼女の側にきた財前はその場で立ち止まると瞼を伏せる。すると、するりとその体から抜けるようにして若い青年が姿を現す。彼はそっと澪の隣にしゃがみ込むとその肩へ手を置いた。



「堪忍な…ずっと、待っとってくれたんやな……おおきに、澪」

「…こ、うや…?」




 懐かしい声に澪は顔を覆っていた両手を離し、俯いていた顔を上げてそして永年待ち続けていた人を漸く見つけることができた。



「こ……や……」

「俺が、約束破ったんが悪いんや。お前は、なんも悪ないねん。……こんなんなっても、ずっと待っててくれて、ほんまおおきに」

「晃也…………っ、阿呆!! 私がどんだけ待っとったと思うてんの!? どんだけ、心配したと、思うてんの…っ」

「うん…ごめんな。ごめん、澪。許してくれとは言わんから、せやから………愛してるって言わして」




 そういい晃也は微笑むと澪の手を握った。彼女は少し恥ずかしそうに顔を赤らめつつも、嬉しそうに微笑み返す。



「…水を差すようで悪いんやけど、」



 そう口を開いたのは身体に負荷をかけた財前だった。疲労感を全身に纏う彼に、晃也は苦い笑みを浮かべて「堪忍」と口にする。



「助太刀してもろて助かったわ。おおきに、財前君」

「二度とごめんや、だるくてしゃーないわ。…それより、こいつは大丈夫なんやろな」



 財前が視線を落とした先には清花が横たわっており、目を覚ます気配が感じられない。それに澪が「だいじょうぶ」と清花の頬を撫でると、ぴくりと睫毛が揺れてゆるゆると瞼が持ち上がり彼女の緋色の瞳が覗く。



『…あ、れ………』

「せんぱいっ、清花先輩〜〜!!」

「清花姉ちゃあああん〜!!! 無事で良かったぁああ」

『花菜…金ちゃん……ったた…』

「無理して起き上がらんでよかよ。どっか怪我ばしてなか?」

『いえ、怪我はないです。少し米神が痛むくらいです、心配おかけしてすいません』

「ほんまや!! 清花ちゃんたら無茶して心配したんやからね!!」

「小春に心配かけさせんな! 死なすどコラ!!」

「一氏はん、落ち着き」

「財前、お前もだるそうやけど具合はどや?」

「俺は別に問題ないっすね」

「冷や冷やさせんといてぇな。とにかく二人が無事で良かったわ」



 二人を取り囲んだ一同がやいやいと騒ぎ立てる中、その光景を微笑ましく見つめていた澪がそっと懐から何かを取り出し清花の手をとるとその上へと乗せた。



『…これは、』

「櫛、ですか?」



 清花の掌には漆塗りの桜の花びらが描かれた櫛が置かれていた。



「私からのお礼とお詫びの品物よ。…おおきに」

『澪さん…』

「そういや姉ちゃんと兄ちゃんは成仏してしまうん?」



 金太郎の何気ない質問に「あっ…」と顔を曇らせる一同に清花はふふっと笑って晃也と澪へと視線をやれば、二人は揃って首を横に振る。



「解放はされたけど、私はこの桜の木に憑いてしもうてるからね…成仏するんならきちんとお祓いしてもらわな」

「地縛霊っちゅーこと?」

「せやね。澪が成仏せん限りは俺もここに留まるつもりや。一人残してはいけんからな」

「清花…依頼、どないするん?」

『え? ああ、問題ないですよ。依頼は成仏させることではなく、解決することですから。四天の禍々しい気もだいぶ薄くなりましたし、お二人の禍根も消えましたから』

「ほんまに解決したんか怪しいのはあるけどな……」

「まあまあ。というか、こんなにのんびりしといていいと?」

「「「え?」」」

「せやねぇ…外との時間のずれもあるから、そろそろ…」

『お暇しないと、何日経っているか…』



 その一言にすっかり忘れていたと云わんばかりに一同の顔が焦燥に塗り替えられる。それにくすくすと笑った澪は桜の幹に掌を押しつけるとひと一人通れるくらいの光の道が開かれる。それに花菜と金太郎は目を輝かせ喜び、金太郎を先頭に次々とその中へと進んでいった。

 そして――。一同は奇怪で愉快な四天宝寺の七不思議体験を無事終えた。
 一同が辿りついたのはテニスコート周辺で、どうやら清花達が突然姿を消してから五日間が経過しており、その後諸先生方に捕まり警察も呼ばれ事情聴取が行われた。勿論、その五日間のことについては皆口を揃えて「覚えていない」と答えた。
 こうして前代未聞のテニス部レギュラーとマネージャー二名の行方不明事件は「神隠し」として話題に取り上げられ、幕を閉じる。





第二章 四天宝寺の怪談




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