「ほな、気張りや〜」と笑顔で見送りだしてくれたバスケ少年こと尊彦みつひこと、倉庫から手だけを出してバイバイと手を振ってくれた人体模型のジンタくんと別れた一行は、墓地と化した校庭を警戒しながら歩き桜の木が並ぶ校門へと向かった。



「不気味、やねぇ…」

「否定はできひんな…」

『妖力が塊みたいに充満していますから、そう思うのも仕方ありませんよ』

「道理で…」



 先ほどよりも雰囲気のある場に花菜は清花の背後に隠れつつ、桜の木一本一本を確認するように眺めていく。清花は護符を取り出すとふっと息を吹きかけて言の葉を紡ぐ。



『《謹請し奉る、降臨諸神諸真人、縛鬼伏邪、百鬼消除、急々如律令!》』



 放たれた護符は桜の木に当たる前に障壁みたいなものにぶつかり、ばちぃん!と音を立てて護符は燃え散った。それを見た清花は『手強いな…』と小さく呟き不気味な周囲に細心の警戒を払いつつ進む途中、がん!とぶつかるような急激な痛みが財前を襲ったのは突然のことだった。



「っ…!!」

『!? 財前君、大丈…ッ!!!』



 それにいち早く気づいた清花が近寄ろうとしたとき、彼女の脳内にもまた急激な痛みが走る。二人はその場に崩れ落ちると頭を押さえて痛みに苦しむ。



「財前!?」

「先輩…! だ、大丈夫ですか!?」



 花菜は慌てて駆け寄ると、膝を突いて痛みに耐える清花の背を擦る。財前もまた白石や謙也に支えられている。二人を取り囲んだ一同は、急に様子がおかしくなった二人に慌てふためく。



「何したと!?」

「いったいどうしたんや!!」

「叫ばな、で…くれます、か……頭に、響きます…から…っ!」

『わかんな、っ…突然、頭が…!!』

「清花もか…!!」



――俺の声が聞こえるんなら、返事をして



「ッ…!! …誰や、お前…」

「どうかしたんか!?」



 財前耳元を叫んだ謙也に彼は弱々しくも睨みを利かせつつも、どうやらその声は誰にも清花にすら聞こえていないようだと理解する。そして男性のものと思われるその声は絞り出すような声で頼みを口にした。



――どうか、アイツを救ってやってくれ…!



「アイツ、って……」



 そして時を同じくして清花もまた。



――…まだ、なん?



 苦悶の表情を露わにして米神辺りを押さえていた清花の脳内に直接語りかけるような声が響く。『―――っ!』



――どうして…ど、して……あ、あぁ……………もう、駄目やわ…助けて…誰か… …はよう、助けて…



 頭の中に女性の声が響いたかと思うと、それは泣き声に変わっていく。



――助けて……何で、此処へは来てくれないん…? 私はずっと待っているんに…



――待っている…? 貴女は誰を待っているの…?



――あの人…大切な人……私が、唯一愛した人…



 譫言を口にするそれに、清花は脳内で問いかければそれは答えてくれた。清花は頭を押さえながらふらりと立ち上がると、どこかへ向かって歩き出し始める。



『教えて、その人を…わたしが、会わせてあげる』

「………本、当…?」

「「「ッ!!!??」」」

「声、が…」



 突然聞こえた声に、一同は驚愕を見せ思わず身構える。清花は構わず歩き続けながら、言葉を続けた。



『名前を、位置づけを、生没を、貴女とその人の分かる事全てを…』

「わ、たしと…あの人…………あの人は……あ、のひ…っ!! …い、いや…止めて、止めて止め……消えて、消えて消えて消えて消えて消えてぇ!!!



 その瞬間、凄まじい妖力が発揮され一同は後ろに飛ばされそうになる。何とかその場に踏み止まったり、誰かにしがみついてそれを防げば、彼らの手首辺りが仄かに光り始めた。



「何、や?」

「…これは、勾玉たい」



 それは最初に清花から図書室で渡された魔除けの勾玉がついたブレスレットだった。首に提げていた勾玉はふわりと宙に浮き、ある一点目掛けて光を放った。



「う…あぁ…あぁぁぁあぁぁあぁぁあ!!!」



 ぐらりと揺れた視界に映ったのは、夜空に、鮮血の赤、舞い散る桜――。その根に身体を預けた、亡者。



『あ………』



 これはこの人の記憶だ。一瞬垣間見えた断片的な記憶に清花は覚悟を決めると、顔を覆い身体を屈める彼女へと手を伸ばしてその手頸へ触れれば、流れ込むようにして伝わってくる彼女の記憶の海に意識を沈めた。





――――――――――

――――――――

――――






 ――………約束。必ず、迎えに行くから。せやから、生きろ。生き延びろ。
 それが最期の言葉だと、誰が思うだろうか。
 生きることを許されなかった私に、唯一“生きて”と口にした人は彼だけだった。



「お前は水神様の次の花嫁になるんや」



 この土地一帯に加護を齎していると云われている水神様。その花嫁に選ばれたということは即ち、人柱………生贄だった。五年に一度捧げられる花嫁は各村の村長達の話し合いにより選出され、村長の屋敷の隔離された座敷牢で花嫁として身を清め、一年の月日を過ごすことになる。そして此度の花嫁に選ばれたのは私だった。



「…? …なに、しとるん」

「………」

「なぁ、そこでなにしとるんや」



 彼と出会ったのは偶然だった。座敷牢のある離れと母屋を唯一繋ぐ渡り廊下の向こう、そこに彼は立っていた。



「俺は晃也こうやっちゅうんや。お前は?」



 彼は、村長の息子だった。二人の兄を疫病で亡くした彼と歳の近かった私が打ち解けるにはそう時間はかからなかった。私を水神の花嫁と知ってなお、彼は人目を盗んで座敷牢へやってきては他愛無い話をし、ときには四季折々の花を摘んできてくれた。…その優しさと彼の人柄に惹かれるのにそう時間はかからなかった。
 刻々と近づいてくる日取りに比例するように膨らんでいく彼への想い。そして“生きたい”という口にすることのできない願い。


 ――どうして、私だったの。


 今更過ぎる問いかけに答えてくれる者など、いない。花嫁になることが幸せなのか…それは幸せなのかもしれない。ただし、それは「水神様の花嫁」ではなく「好きな人の花嫁」なら。敵わぬ願いだというのなら、だったらせめて、彼と共に過ごす時間を大切に生きたいと思った。でも……。



「一緒に逃げるんや」

「え…?」

「俺は、これから先もお前と一緒に生きたい。お前を失いたくないんや…! せやから一緒に、一緒にどこか遠くへ逃げて暮らそう、な?」

「こうや……」



 そして――私は座敷牢から脱走し二人で逃げだした。
 彼に腕を引かれ真っ暗闇の中を駆けて、駆けて、必死に駆けた。背後から飛んでくる怒号と恐怖心を煽る無数の足音。幾つもの提灯の明りがゆらゆらと揺れて追ってくる。
 これで良かったのだろうか。ほんとうに?彼を巻き込んでしまったことを後悔していないかと云われれば嘘だ。でも、私は彼と共に歩みたいと思って、願ってしまったのだ。今更引き返すことはできないところまできたのだ。逃げなければ。遠くへ、誰も追ってこない、私達のことを知らない遠くへ行かなければ。
 体力の限界、村人総出による追手、それは春の月夜に似つかわしくない情景だった。やがて追い詰められ逃げ場を失った私達は桜の木の下で――。



みお、先に行き」

「何言うてんのっ、はよ逃げな、」

「このままやと追いつかれて捕まってまう。少し足止めせな」

「あかん! 晃也、だめ。あとちょっとで真宝院池やから、そこまで行けば」

「大丈夫や、すぐ追いつく。俺これでも頭は切れる方なんやで?」

「でも、晃也…!!」

「…約束。必ず、迎えに行くから。せやから、生きろ。生き延びろ」



 ――好きやで、みお。


 その微笑みが最期に見た彼だった。
 そして時が経ち私は貴方のいない絶望に耐えられず………桜の下で、自害した。





姿現す妖樹、悲しき記憶

第二章 四天宝寺の怪談




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