「体育館の一人バスケットって、聞いただけだとそんなに怖くはないですよね?」

「まぁ、居残り練習でもしてるんかな〜って思うわな」

『四天宝寺に限らず、体育館の怪談は各所に存在していますよ。有名どころで言うと死んだ生徒が自身の生首をついて遊んでいる、って奴ですね。我が校のも確かそれって聞いていますよ』

「「「うわ………」」」

『まぁ、覚悟はしておいた方がよろしいでしょうね』



 少なからずグロテスクでしょうし、と口にしつつも清花はじゃあ先ほどの人体模型くんはいったい何だったんだ?という疑問を浮かべる。依頼主から一通りの怪談・七不思議の詳細内容を確認してはいるし、あの人体模型は確かに首は繋がっていたはずだ。
 そんなことを思っていれば、あっという間に体育館へと到着する。重い引き戸を開けようと手を掛けた千歳の耳にダム、ダムとボールをつく音が聞こえて思わずその手を止めて隣の白石へと視線を投げかければ彼は硬い表情で一つ頷く。それに頷き返し、千歳が扉を開ければその足元にバスケットボールが転がってくる。ごくりと生唾を飲み込み警戒の色を強めるなか、清花はそのバスケットボールを手に取るとぐるりと周囲を見渡す。



『…奏』

「きゅっ」



 式神の名を呼べば奏は了解というように清花の肩から財前の肩の上へとぴょん!と移動する。詩はというと金太郎の頭の上が居心地が良いのかそこに腰を落ち着けていた。



「…見当たらへんな」

「油断は禁物やで」

「どっから来るかわかったもんやなかと」



 静まり返った体育館に響くのは自分達の声以外には何もない。清花はそんな中、手にしたボールを何度かつくと近くにあったゴールへシュートを放てば、吸い込まれるようにボールはゴールの中へと入っていった。それを見ていた花菜が「おお!」と拍手を送って嬉しそうに笑う。



「さっすが清花先輩! スリーポイントシューターとしての腕前は相変わらずですね!!」

『友梨ほどのセンスはないけど、バスケ一筋の叔父さんにみっちり鍛えられたからねぇ』

「なんや自分、バスケやってたんか?」

『やってたといいますか、叔父に教えられていたんです。でもクラブとかに入っていたわけでもないし試合に出たわけでもないんですよ』



 元全日本バスケットボール代表選手である叔父を持つ清花と花菜は、幼い頃は彼の子供(二人にしてみればイトコ)と一緒にバスケを教え込まれている。ただし花菜は母譲りの運動音痴だったために早々に辞退となり、逆に素質を見出されてしまった清花はシュートフォームに始まり彼の得意技をほぼ強制的に教わったため培った感覚を身体が覚えてしまっていた。その為に授業ではバスケ部に並び好成績を収めている。



「ああ…通りで体育んとき異様にスリーが決まってたと思うたらそういうことか」

「まぁ仮にバスケやってたんなら、いまテニス部にはおらんよな」

「だから勿体ないっちゃ勿体ないんですよぉ〜。寿叔父さんが「絶対全日本選手にさせる」って意気込んでたのに本人やる気ないんですもんっ」

『叔父さんは同じ代表選手でもあった後輩の流川さんに張り合いたいだけでしょ。それにわたしじゃなくて、慧くんがいるから』



 妙な意地張ってないで実の息子に期待してくれ、と心中で呟いて清花は足元に戻ってきたボールに手を伸ばしたとき、



『!』



 透き通った青白い手がボールの上に乗せられており、その先を辿っていけば同世代と思わしき少年がそこにいた。少年は吃驚したように目を見開くが、すぐにどこか困ったように笑って彼女へと向き直った。



「きみ、とっても綺麗なシュートフォームやね」

『ありがとうございます。…あなたは、六つ目の怪奇?』

「うん…少し違うとるかな。半分正解半分はずれ」



 静かに笑みを湛える少年に思わず身構える白石達だが、彼は気にすることなく話を続ける。



「僕が七不思議と呼ばれるようになったんはつい最近のことやね」

「最近…?」

「ああ…うーんと、そうか。僕が生きていたのはきみ達が生まれるよりも前の話やから、ちょうどきみらのお爺さん達と同世代くらいやろかね…。ずっとこの姿でおるしここやと時間の流れが分からんからなぁ、最近や思うててももう何十年も前の話になっとるんや」

「なるほど…」

「堪忍な。そんでお嬢ちゃんのさっきの質問やけどな、」

『ええ、…まぁ、なんとなく察しはつきました』



 そう口にした清花に周囲が驚きの目を向ける。「は…ちょ、清花まじか」「え、嘘やろ」「エキスパート怖い」などと各々が驚きの声をあげている。
 そして彼女が時折ちらりと体育館倉庫の方へ視線を向けていたことに隣に立つ財前は気づいていた。おそらく先ほどの人体模型ではないかとは思うが確証はなく、肩に乗る奏も鼻先をそちらへ向けることはあっても威嚇することはないが気にしておくにこしたことはない。



『怪談や七不思議はメジャーなものから地域特有のものまで様々ですし、いつ発祥したか明確な記述もないことが殆どです。しかも時代によって内容が微妙に変化してくることもある……あなたは、二代目なのでしょう?』



 それに満足気に笑った少年はパチパチと手を叩く。「お嬢ちゃん、大正解や」



「にだいめ…?」

「っちゅーことは…ホンモノは別にいるってことか?」

「そっ。僕が亡くなる前からあった話やで、それ」



 僕が亡くなったんは当時の設備管理の甘さからやってんけどな、そんなんで事故死とか納得いかんやろ。バスケに対する未練が残ってもうて気づいたらこの姿でおったんや。
 ご飯も睡眠も気にせん体やから、時間も忘れてずっとバスケに打ち込んだわ…けど、やっぱり一人でやっても全然おもろない。誰かと一緒にやるんが楽しい。
 そんでまあ、そんな思いが通じたんかどうか知らんけど、一時的にアチラとコチラが繋がる時、逢魔が時やな。当時は頻繁に繋がるもんで、姿見える連中が死んだ僕がバスケしてるって言いふらすようになってなぁ、それがいまに伝わる七不思議の元っちゅーわけやな。




「口伝、という奴やな。人から人へ噂が広まっていったのが、あんさんか」

「じゃあそれ以前の七不思議っちゅうんは?」

「…清花、」

『財前君の想像通り、そこの倉庫に隠れている人体模型くんだよ』

「「「え?」」」

「大正解」

「「「ええっ!!?」」」



 予想外の七不思議(本命)に驚きの声をあげる一同(ただし金太郎に至っては純粋なほどに目を輝かせている)。少年はそれに可笑しそうに笑うと視線を倉庫へと移して「ジンタくーん」と呼ぶが、反応は返ってこない。むしろその「ジンタくん」という名前に何人かが反応したくらいだ。彼自身反応が返ってこないことを分かっていたのか、やれやれと苦い笑みを浮かべる。



「彼、極度の恥ずかしがりやさんなんよ」

「人体模型が恥ずかしがりやって、怪奇としてどうなん?」

「あらユウくん、ええやないの。ちょっとシャイなくらいが可愛えわ〜」

「だからさっき謙也先輩もビックリのスピードで逃げたんですねっ!」

「ちゅーか、ジンタくんて…」

「ああ、人体模型やからジンタくんやで。いやぁ、我ながらええ名前つけた思うわぁ」

「お、おう…」明らかに「ネーミングセンスねぇわこいつ」という顔をしながら頷く謙也。

「そんでそのビビりのジンタくんが本来の七不思議だったとして、なして俺らを襲わんかった?」

「元来四天に棲みついた怪奇は驚かせるんは好きやし得意やけど、襲うなんていうのは一部の野蛮な連中だけや。せやから校長の銅像かて襲ってこんかったやろ。ジンタくんに関しては上がり症に加えて自分を気味悪がる人の目が怖いからて人間恐怖症になってもうてるし」

『あー…もしかしてジンタくんって普段理科準備室に置いてある、監督と土屋先生が“太郎くん”の名前で呼んでいる人体模型だったりします?』



 瞬間、ガタガタ!!と大きな音が倉庫から聞こえ、それを肯定と捉えた白石の「オサムちゃんと土屋センセいったい何したんやろ…」という呟きに青少年達は口を閉ざした。
「で、これって解決になったんですかね?」と首を傾げる花菜に少年は満面の笑みを浮かべる。



「真実を知ってくれたんやから、解決になったと思うで〜」

「なんや、生首バスケットやなくて安心したわぁ」



 ほっと安堵の息をついた謙也に清花は『…、謙也さんのあほフラグ建築士』という毒を吐いたがそれを耳にしたのは財前のみで、謙也の一言に少年は何度か目を瞬くと、



「流石に自分の頭ぶつけるのは痛いからなぁ…ま、とれるけど



 すっと何事もなく自身の頭を胴体と切り離した少年に、一拍の間を置いて謙也含む数名の声にならない悲鳴と愉しげな少年の笑い声が上がった。





体育館の一人バスケット

第二章 四天宝寺の怪談




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