「っだぁああっっ!! いったいいつまで追ってくるんや!!」

「せんぱ、昇降口…!」

「やっとか! 長すぎるわこの廊下!!」



 謙也の悲鳴じみた叫びが響き渡る中、一同は目前に迫った昇降口へスピードを緩めることなく突撃するように向かっていく。そして先陣切って走っていた謙也と千歳が体当たりと云わんばかりに突っ込むが、ガンッ!!と大きな音を立てただけでびくともしない。



「は…? ちょ、冗談やろ!!」

「開かんたい」

「なんやて!?」

「謙也、千歳どきぃ! ワイがやる!!」



 二人の間に割って入った金太郎が昇降口の扉を力いっぱい押すが、その馬鹿力をもってさえも扉が開く気配はない。



「んんんん゛ん゛ん゛ぎぃいいい!!!

「はよせな追手が、」容赦なく伸びてくる白い手は間近に迫りつつある。

「っ、皆で押し開けるで! せーっのぉ!!」



 白石に従い、全員が扉を押すが僅かばかりの振動が伝わるだけでびくともしない。背後から迫りくる手に交じって軽快に駆けてくる足音に気づいた一同の表情は恐怖と焦りが浮かんでいた。
 清花は足止めするしかないと護符を取り出すとふっと息を吹きかけ退魔の詠唱を口にする。



『…《玉帝有勅、霊宝符令、斬妖縛邪、万魔拱服、急々如律令!》』



 護符を投げ放つと同時に清花は素早く刀印を作り障壁の文言を唱える。



『《我が身は我にあらじ、神の御盾を翳すものなり》』



 五メートルほど飛んでいった護符に上書きするように掛けられた術は、目に見えない障壁を作り出し今まさに伸びてきた手をばちん!と阻み、後に続く手の軍勢をばちばちばちっ!と次々に跳ね返していく。長くは持たないであろう防御壁に背を向けると、清花は周囲へと視線を巡らせる。そして傘置き場に立てかけられたボロ傘を見つけ迷わずそれを手に取れば、彼女の動きを気にかけていた財前が「なにする気や」と思わず声をかけた。



『押して駄目なら引くまでもなく…壊すしかないでしょ



 そのぶっ飛んだ恐ろしい発想もとい発言に一同が驚く中、発案の張本人である清花はこの状況に似つかわしくないほどに落ち着いているように見受けられた。それはおそらく、こういった経験を重ねてきた結果なのだろうが、それにしても普段の常識人ぶりはどこへいってしまったのだろうと思わずにはいられない。



「俺が今まで見とった清花は仮の姿やったんかな…」

「謙也はん、しっかりしい。気を強く持たなあかんで」

「ちょっと過激な清花ちゃんもス・テ・キ♪」

「せやな小春!」

「ユウジは小春がええ言えばなんでもええんやろー」

「うわぁ…金ちゃんが毒吐いた。流石財前先輩と同小出身なだけある…」

「なんや藤原。それは俺に喧嘩売ってると思うてええんか?」



 焦っている筈なのに自分達のペースに運んで行ってしまう様子に清花はくすりと微笑むと、『少し離れてください』と傘の先を扉と扉の間に思いきり突き立てた。



『《ソバニソバ、バサラ、ウンハッタ》………吹き飛べ』



 柄に力を入れて突き立てた傘をぐっと押して神咒を唱えれば、瞬間ばきりと扉に亀裂が入りそして扉は破壊音をたて吹っ飛んだ。ちなみに「破壊魔説濃厚やね…」という小さな千歳の呟きは破壊音に紛れて消えていった。



「よっしゃ、急いで逃げるで!」



 白石の掛け声に一同が一斉に華月へ向かい走り出したのとほぼ同時に、障壁が効力を失くした為に阻止されていた白い手が伸びてくる。「ルフィもびっくりな伸び具合やな!」という金太郎の発言に苦笑を浮かべる一同は気づかなかった。華月の途中にある、校長の銅像が消えていたことに…。





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 ――四天宝寺華月。
 生徒の腕前を披露するために設置された総合演芸劇場は、数多の卒業生を芸能界入りさせてきた経歴を持ち、公演は一般公開もされている笑いの殿堂として名高い。昨年のS−1GPでは小春が相方の一氏と共に優勝を果たしており、校長室の前に飾られてあるトロフィーのペナントや華月入口にある歴代優勝者一覧の内にその名前が刻まれている。
 そしてホールへと足を踏み入れれば眩しいスポットライトが当たるステージの上……そこには校長の銅像があった。客席には誰一人としておらず、妙な気配はひとつも感じとれない。安全とはいえないがどうするべきか悩んだところ「折角やし、校長のお笑いでも見ていこか」という小春と一氏の意見に従い、休息も兼ねてそれぞれが客席へとつくと、突然銅像が喋り出す。



「ゴメンクサ〜イ!」



 現在の校長であるムアンギ・シッテンホージの十八番ギャグを口にした銅像に、財前と千歳それからマネージャー二人を除いた全員がガタンと大きな音を立てて椅子から崩れ落ちて、いやコケていた。



『反射的に出ましたね…』

「ですね〜」



 校長がボケる度にコケることを生徒達は義務付けられているため、銅像が真似した校長のギャグに彼らは身体が反射的に反応してしまったのだろう。原則直立不動は厳禁とされている中、お互い関東育ちのマネージャー二人と気の向くままな九州男児千歳に「校長のギャグはおもろない」と一蹴する財前はコケることは殆どない。



「いや、つい反応してもうたわ」

「にしてもお前らほんまにコケへんな。笑いの聖地で直立不動は厳禁やっちゅーに…」

「ちゅーかこの銅像歴代のお笑い見せてくれるんとちゃう?」

『ああ…この銅像って初代校長、木下藤吉郎さんでしたっけ』

「それがほんまなら俺ら得しとるやん」

「いやぁ、こんな状況で偉いモンに遭遇してもうたなぁ〜」



 一同が銅像のお笑い公演に目を奪われ腹筋を破壊される中、財前は膝に頬杖をついて舞台上の銅像に視線を置いたまま隣席の清花に話しかける。「なぁ、どうやったらコレ終わるんや」



『んー…多分、全部観ればいいんじゃないかな。満足して成仏すると思うけど』

「いやぁ〜でもほんとうに面白いですねっ」

「…危機感持ちぃや」

『ははは、同感』



 苦い笑みを浮かべつつも存外舞台上の銅像のネタに釘づけになっている財前に相槌を打ち、清花は先ほどから気になっていたホールの出入口へと視線を移動する。右肩に乗っている奏が小首を傾げてじっとそちらを見つめており、しかし威嚇する様子がなかったため害はないのだろうと思っていたがやはり気になるものは確かめるほかない。
 よくよく目を凝らしてみれば筋肉に覆われた指のようなものが扉へ添えられ、ぎょろりとした目玉が壇上の銅像へと向けられていた。時折震えているような所作が見受けられるのは笑っているからなのか、ついには堪えきれなくなったらしく口元を押さえてくるりと背を向けてしまった。「きゅう?」と鳴く奏の頭を『ここの人体模型はお笑い好きみたいだね』と笑って清花は撫でやる。
 爆笑の嵐を巻き起こす銅像の公演は十分ほど続き、最後に「マイド!」の一言を口にすると銅像は動きを止めた。



「終わってもうたー。もっと観たいわ〜!!」

「まぁまぁ、金ちゃん。貴重な体験できたってことで銅像さんにお礼言わな」

「銅像さんおもろかったで!! おおきに!!」

「っはー…腹痛いわ。成仏したんかいな?」

「やと思うでぇ。動かへんし、喋らへんもん」

「じゃあ次は体育館やな」

「…む」



 そうして満足した様子で出入口へと向かえば扉を開けた瞬間、お腹を抱えた人体模型と鉢合わせる。その存在に気づいていた清花と財前は『あら』「まだおったんか」と口にするが、まったく気づいていなかった者達は驚きの悲鳴を上げる。その悲鳴に驚いたらしい人体模型は謙也もビックリの速さで体育館の方向へと駆けていくので、「次の怪談はあいつか?」と思いながら一同はその後を追った。





真夜中に華月で一人漫才する校長の銅像

第二章 四天宝寺の怪談




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