なんとか追手を振り切った清花達は一階の女子トイレの前でゼーハーと息を整えていた。



『久々に花子さんに会うとなると緊張しますね…』

「花子さんか…」

「ってか、皆で女子トイレに入るんすか? 気ぃ引けるわ…」

「まぁ、それは仕方なかとね。この人数となると狭か、我慢するしかないたい」



 嘆息する財前に苦笑を浮かべてそれを宥める千歳。清花はひとつ深呼吸をした後、先頭きって女子トイレの中へと踏み入れる。中に個室は五つ、ぎゅうぎゅうになりながらも全員が入ったところで清花は花菜に声をかけた。



『花菜、手前から三番目のトイレの扉を叩いて、「花子さん、遊びましょ」って言ってくれる?』

「はーい、わっかりました!」

「いや、そんな軽いノリで行ったらあかんやろ」

「花子さん、出てきてくれるんかなぁ?」



 一氏のツッコミも虚しく、花菜はキラキラとした金太郎の眼差しをその身に受けながら三番目のトイレの前に立つと、一呼吸置いてコンコンと扉を叩いた。



「花子さーん、あっそびっましょー…?」

「なんで疑問系なんや」



 尻すぼみになった花菜に思わずツッコミを入れる謙也だったが、三番目のトイレの扉はギィイと音を立てて開き、その音に清花とメリーさんを除く一同は息を飲み込んだ。しかし、扉が開いただけで中には誰もおらず、また出てくる気配すらない様子に一同は困惑する。



「あれ…? 出てこない…?」

「どないしたんやろか…」

「花子さん、ほんまおるん?」

「ほら、あれやわ〜! 女の子なんやし、身支度に手間取ってるとか!」

「小春はん、女児は身支度に気づかわへんと思うんやけど…」

「きっとおませさんなんよ〜」

『(…さて、誰が犠牲になるのやら……)』



 清花はぐるりと周囲の顔を見渡せば、それに気づいたメリーさんは薄らと笑みを浮かべる。メリーさんもだが花子さんもそれに引けを取らない愉快犯であり、清花も昔はよく脅かされたがいまでは慣れてしまったので驚くことは殆どない。その為、一般人相手に容赦ない脅かしを仕掛けるこの親友愉快犯コンビの犠牲者が少なからず今回も出ることに、彼女はひっそりと溜息をこぼした。
 すると一氏が一瞬寒気を感じて身震いをした時だった。



≪はーあーい≫


「ッ!!??」



 一氏の真後ろから軽やかなそれでもって艶を含んだ返事が聞こえ、彼はびくり!と身体を強張らせた。一同が一氏の後ろへと視線をやると、それは宙にふわりふわりと浮かんでいた。
 青いワンピースを着こみ、肩に着く不揃いな黒髪を揺らす少女は十から十二くらいだろう。噂に聞く“赤いワンピースでおかっぱの花子さん”とはかけ離れた存在に、一同はぽかんと呆ければ彼女はそれに満足そうに微笑みを浮かべた。



「ふふっ、とってもいい反応だわ」

『花子さん、お久しぶりです』

「あら、伯爵。随分ご無沙汰しているわね。って、メリーも一緒だったの?」

「ええ。偶然ばったり会っちゃったから、面白そうだしついてきたのよ」

「まあ、そうだったの」
屈託なく笑う花子さんに、呆然とする一同がぽつりと呟きを漏らす。

「これが、花子さん…? おかっぱじゃないんだー」

「うっわー!! ホンモノや!」

「クスクス、面白い子達ね。まぁ、アナタ達のイメージと違うのは仕方ないの、その“トイレの花子さん”は想像から生まれたものだもの。本来の私はこうだから、覚えておきなさい」



 見た目に反する女王様のような態度はメリーさんと同様で、それには四天宝寺一同は苦笑するほかなかった。花子さんは愉しそうに笑った後、宙に椅子でもあるかのように足を組んで腰かけた。



「それにしても大人数じゃない。最近こっちに来るヒト、多すぎるのよねぇ〜。肝試しでも流行っているのかしら?」

『裏世界にわざわざ足を運ぶ肝試しなんてしないでしょう。鬼門が開いているわけではないんですよね?』

「ええ、違うわね。人間が興味本位で馬鹿な事やってるのかと思っていたけれど、こう頻繁だとコッチ側に問題が発生しているのかもしれないわ」

『…厄介ですね。それについては今後対処します。いまは一刻も早く依頼をこなして皆さんを元の現実世界へ戻さなくてはいけません』

「さて…そうね。アナタ達がココに来てからどれくらいが経過しているかしらね?」

「ざっと…二時間程度やろか?」

「もしかして、時間の流れが違うん?」

「御名答。アチラとコチラでは時間の流れが異なっているの。コッチは時間の流れが表と比べると遅いから、アチラは結構日が経っているかしらね?」

「マジかいな…」



 うげぇ、と顔を歪める謙也に同意するように一氏も顔を顰める。行方不明となれば家族が心配しているのは間違いないし、捜索届など出されていればそれこそ問題だ。それに中総体までまだ時間はあるが、その練習時間を無駄にしていると考えれば帰ってからの練習量を増やさなくてはいけないとなると憂鬱でしかない。



「それに、早いトコ解決して出た方がいいわよ。ココの空気はニンゲンの身体には毒だわ」

「さっさと残りの怪異をなんとかせんといかんわけやな…」

「残りは…えっと、【体育館の一人バスケット】と【真夜中に華月で一人漫才する校長の銅像】…で合っていますよね?」

『うん、その通り。それに追加で七つ目…かな。花子さん、七つ目の七不思議について何か知っている情報がありませんか?』

「知っているわよ。七つ目の七不思議…いえ、怪異は妖樹よ」

「ようじゅ…?」

「妖怪の妖に、樹木の樹と書いて妖樹、よ」

『それはどれくらい厄介な代物ですか』

「そうねぇ…比較的温厚な主だから、被害を受けることはまずもってないと思うけど…。ただ、今回の異常を引き起こした原因は彼女だわ。生前の記憶があるとかなんとかで色々引き摺っているらしいのよ。だから、それ関連のことが引き金になった可能性が高いわね」

「詳しいですねぇ〜」



 花菜の感心したような呟きに、花子さんはくすりと笑って「当然でしょ、なんてったってトイレの花子さんだもの」と胸を張る。



「全国的に“トイレの花子さん”が広く知られている理由は、私がトイレを媒介として全国各地に出現しているからよ」

「だから基本的にその土地土地の情報はなんでも知っているというワケ。まぁ、私も二割程度は情報提供に貢献しているかしらね」


『御二方は情報通ですから、こちらとしてはかなり助かっていますよ。有難うございます』

「うふふっ。伯爵にお礼を言われるとなんだか照れくさいわね。ああ、それで話を戻すけどその妖樹、四天宝寺では結構有名な櫻の木なのよね」

「桜の木、なぁ……。でもいまは全部散ってるで?」



 まだ今は四月の下旬に入ったばかりで、もうすぐゴールデンウィークがやってくる。四天宝寺の桜が咲くのは三月の下旬で、四月の初めには満開に花が咲き誇る。そして中旬から下旬に掛けては散る時期に辺り、校庭に植えられた桜の殆どは散ってしまっている。



「蔵リンの言う通りやな。けど、ひとつだけまだ散ってへん満開の桜が存在しているんは知ってた?」



 小春の一言に、一同が「え?」と驚いた表情になる。



「毎年その桜だけは中旬から下旬頭まで満開に咲いているんよ。なんだか随分古い桜らしくて、学校の歴史本に載ってるんやで」



 その説明に「ほう」「へぇ」と関心の声が上がり、そして話は奇怪な内容へと突入することになるのだった。





女子トイレの花子さん

第二章 四天宝寺の怪談




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