放送室の中へと乗り込んだ清花は、入口付近の照明スイッチを手当たりに探し灯りをつける。ぱっと明るくなった室内に、先ほど吹っ飛ばした扉はものの見事に放送を流すための機器にぶち当たっており、いつの間にか流れていたはずの校内放送も止まっていた。



「あれ、なんや結果オーライ?」と謙也がほっと安堵の息をつく。

「器物破損にはなるやろうけどな」

「異次元空間に器物損壊罪なんてあるんやろか…」

「そもそも法律すら存在せんと思うけど…」



 清花の背後でちらほらとそんな声が聞こえるが、彼女は護符を構えたまま吹っ飛ばした扉へと近づいていく。そして背後で様子を伺っていた一同のなかで、千歳と銀を呼んだ。『銀さん、千歳さん』



「どうかしたと?」

『すいません、ちょっと扉退かすの手伝ってくれませんか?』

「ああ…それはかまへんが」



 そういい、よいしょ、と扉を持ち上げて壁へと立てかけた二人にお礼を言い、清花は肩に乗る奏の頭をひと撫ですると奏は「きゅう」と鳴いて鼻先を倒れた椅子へと向けた。『…そこか』と彼女は護符を投げつければ、瞬間ばちん!と符が弾けて枚数を増やし椅子ごと形のない何かを包み込んでいく。
 それに呆気にとられる一同は「いったいなにが起こっているんや」とただ目の前の光景を見つめることしかできない。清花はやれやれと嘆息するとそれに目を向けたまま一、二歩と後ろへと下がった。



『無人の放送室、とはよくいったものだね』

「きゅっ」

「え…ええと、清花? その御札まみれの椅子……っちゅーか人型みたいなんは、その、」

『御察しの通り、有人の放送室というところでしょうね』



 やっぱりかー!と頭を抱える謙也に花菜は「マジでいたんすね…」と白石の後ろに隠れてその袖を握っている。「ミイラ男みたいになっとんなぁ」としみじみ呟く一氏に財前が「キョンシーのがしっくりきますわ」と返答する。そんなやり取りを眺めていた清花は、みんな短時間でだいぶ慣れてきたなあと適応能力の高さに笑うしかない。



「まあ、そんな感じで二つめクリアっちゅーことやろ」

「せやね。まあ、テケテケ達に比べればマシやったわ」

「追いかけられる恐怖もなかったしなぁ」

「じゃあ次はどないする?」



 そう、白石が尋ねたときだった。妙な気配を感じとった清花は全神経を集中させれば、奏と詩が唸り声をあげる。その様子に異変を察知した一同もまた身構え、メリーさんが「伯爵」と清花を呼ぶ。



「さっきからそこらで様子を伺っていた低級霊共が集ってココへ向かっているわ」

「な、なんやて!?」一氏の悲鳴にも似た声が上がる。

「低級って、でも集って…」

「弱肉強食なのよ、霊界も。だから弱い奴ほど群れをなして襲ってくるわ。伯爵、場所を移動した方が賢明よ」



 メリーさんの判断に、清花はひとつ頷いて見せる。



『ええ、わかりました。メリーさん、花子さんの気配探れますか?』

「花子のところで匿ってもらうのね。わかった、やってみるわ」

「姉ちゃん花子さんとも知り合いなんかー?」



 金太郎がきらきらとした期待の眼差しを向ければ、清花は苦笑しつつその頭を撫でた。



『花子さんも昔馴染みでね。メリーさんとは親友なんだよ』

「いやもう交友関係からして色々ツッコミどころ満載やな…」

「もはや清花が超人にすら思えてくるわ…」

「他には!? どんな知り合いおるん!?」

『そうだねぇ……まあ色々いるんだけど、とりあえず、一先ずここから離れましょうか』



 追いつかれると厄介なんでね。と言った清花は近づきつつある気配と音を気にすれば、花菜の頭上で気配を辿っていたメリーさんがカッと目を見開いた。「一階の女子トイレよ!」



「三階やないんかい!!」



 思わずツッコミをいれた謙也に、メリーさんは「花子って気紛れなのよねぇ」としみじみ呟く。そんな二人(?)に一氏が「漫才はあとや!いまはとにかく急ぐで!」と喝を入れて(謙也は脛蹴りを頂いて床に転がり悶絶していたが、その様子を財前が携帯に収め足蹴にされるという可哀想な光景が繰り広げられたので花菜と清花が割って入ってその場を収めた)一同は一階の女子トイレに向かって走り出した。



ガラガラガラガラ……



「…? …なんの音や」

「変な音やね…」



ガラガラガラガラ…



「なんかローリングしてません?」

「回っとるて言えや、ローリングてなんやねん花菜」

「咄嗟過ぎて回ってるって出てこなかったんですもん!」

「だからてローリングはないやろ…」



 妙な音が後ろから追ってくるように聞こえている中、清花はいったい何の音だろうかと聞き覚えのない音に首を傾げる。すると隣を走っていた財前が「あぁ、わかったわ」とひとり納得するので、一同は「は?」と彼に耳を傾け清花も『え、なに?』と尋ねる。



「多分さっきの奴や、放送室の」

「「「え?」」」

「アイツ椅子に縛りつけたやろ。その縛りつけた椅子、キャスター付いとった部分までは御札に覆われてへんかったから、自力で追ってきてるんちゃう?」

「「「………」」」



ガラガラガラガラ



 財前の説明に一同は苦笑いを浮かべてそろりと背後へと視線を向ける。そこには放送室で護符縛りを受けた姿の見えない霊と一体化したオフィスチェアが追ってきており、よくよく目を凝らしてみれば護符まみれのそれが前屈みの体勢で必死に両足を前後に動かし爪先を床に擦らせてこちらへ一生懸命に進んでくるという、なんとも笑える姿に一同は失笑を堪えるように顔を前方へと向けた。
 しかし金太郎はどうにも耐えられなかったのか大笑いで、それにつられたように花菜も噴き出してしまう。「ぶふっ…あれはない、っすよね…!!」



「必死過ぎて、もう、アカン…!!」

「しかも前屈み過ぎて後方持ち上がって若干浮いとったから、下手すれば地面に顔からダイブやでっ…」

「くっ…今度校門でそれやってみるかっ」

「いや意味わからんのですけど。わざわざオフィスチェアに乗って登校とかありえへんわ〜」

「ぶはははは! 絶対目立つでそれぇ!!」

『……皆さん、相手の神経逆撫でしてどーするんですか』



 清花ははあ、と溜息をつけばメリーさんが「血気盛んねぇ」と朗らかに笑った。





無人の放送室?

第二章 四天宝寺の怪談




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