七不思議の一つ目を解決したテニス部一同は、次の事件を解決すべく二階の放送室へと向かっていた。
 だいぶ士気が削がれたらしい謙也の腕を、ルンルン気分のいまにもスキップでもしだしそうな金太郎が引いている姿はどこか愛らしいが、謙也は既にメリーさんのトラウマにでもなったのか、花菜の肩の上で休憩している彼女を怯えた目で見つめていた。
 そんな謙也の背を――正確には腰辺りを軽く蹴った財前は、鬱陶しいというように溜息をつく。



「いつまでウジウジしとるんですか。ユウジ先輩やあるまいし……次は放送室っすよ、気合入れてください」

「おまっ、あんなん見せられて、正気でおる方が無理やろ!」

「おい財前なにどさくさに紛れて俺の名前出しとんねん」



 ひくりと口角を引き攣らせるユウジを一瞥することもなく、財前はスルーする。



「せやかて、しゃあないやん。ココに巻き込まれた時点で正気も糞もありまへん。ええ加減、そろそろ覚悟決めてください」

「財前肝座っとるな…お前」

「俺かてメンタルだいぶやられとりますよ、これでも」



 それでも平然としていられるのはどうしてだ、と謙也が涙目で財前に視線を送れば至極面倒そうに彼は息をはき、そしてちらりと先頭切って歩く清花を見た。



「…それでも、皆でおるから平気なんやと思います」

「……財前、お前………デレたな」



ゲシッ!



「った…」

「ホンマ、どつかれたいんですか?」

「もうどついとるやん!」



 ぎゃあぎゃあと騒がしい後方を一瞥して、清花は目的地へと歩を進める。その隣を歩く白石が後方に対してまったく、というように微苦笑を浮かべれば清花が申し訳なさそうに眉を下げて謝罪を口にした。



『すいません、巻き込んでしまって…』

「清花が悪いわけやないやろ。そんな落ち込まんとき」

『でも、皆さんを危険な目に遭わせてしまっていることは事実です』



 少なからず罪悪感を抱いている清花が気落ちしたように肩を落とせば、白石がその肩をぽんと優しく叩いた。清花ははっとして床に落としていた視線を白石へと向ければ、彼は部長としての穏やかな表情をしていた。



「清花。そう一人で背負わんで、もっと気楽に考えや。現に俺らがこうして無事で騒いでいられるんも清花のおかげなんやで?」

『…はい』

「うちらは誰一人として清花のことを責めるつもりはないし、苦しめようとも思うとらん。むしろ大切な仲間やから守りたいて思うとる、清花がうちらを守ろうと思うようにな。せやからそんな気張らんでええねん。清花がそんなんやったら、みんな元気なくなってまうやろ?」

『部長……。そうですね、気持ち、切り替えます』



 白石の言葉にほんの少し心が軽くなったような気がした清花は笑ってみせると、彼も満足げに笑って頷いて見せる。そんな二人の様子を背後で見守っていた千歳は「青春やね〜」と目を細めて、そしてちらりと背後を一瞥する。
 相変わらず不愛想な顔で謙也の文句を右から左に流す財前の瞳は清花を映しており、その表情はどこか拗ねているようにも見えて千歳は微笑ましく思った。



「千歳先輩? どうかしました?」



 不思議そうに見上げてくる花菜の頭を「なんでもなかよ」と撫でた千歳は、進路方向へと視線を戻した。
 するとザザッ…というノイズ音が聞こえ、一同の歩みがぴたりと止まった。様子を伺うように耳を澄ませば、キーンという耳鳴りの音が聞こえて思わず皆顔を顰めていたり耳を塞いだいりする。



「これ、校内放送か…?」



 銀の呟きに「せや」と謙也が返答する。謙也は放送委員会に所属し、当番や委員会がない日でも頻繁に放送室に足を運んでいるので音には敏感なのだろう。清花はひっそりと「ああ…また謙也さんフラグ立ったな」と心の底で思った。



ピーンポーンパーンポーン♪



……ザ…ザザ………


「な、なんやの……」

「いったい何の知らせやっちゅーねん」


……〜♪〜〜♪♪〜♪〜♪♪♪〜〜♪


「お、音楽…ですか?」

「これ聞いたことあるけど、なんて曲やったっけー?」

『ベートーヴェンのピアノ曲バガテル「エリーゼのために」、ですね』

「清花やけに詳しいな」



 思わずツッコミを入れた一氏に、清花は「クラシック好きな友人がいましてね」と答えた。それにしてもクラシックを流すとはなかなか優美な幽霊なんじゃないだろうか、と一同が思案する中、花菜がそういえばと思い出したように口を開いた。



「音楽室の怪談に、死を呼ぶ演奏っていうのありましたよね。「月光」とか「エリーゼのために」とかの曲が流れてきて、それを4回聞くと死ぬっていう」

「「「………」」」

「ん? あれ? 皆さんどうかしました?」

「…花菜。お前時々空気読めへんよな」



 ハハハ、と乾いた笑いを浮かべる一氏に「笑いごとじゃないやろ!」と小春の鋭いツッコミが鳩尾にヒットし、「Σぐふっ」と彼は身悶えする。清花も妙なところで詳しい花菜に感心し、ほど近い放送室の方向を睨みつけるように見つめた。
 もし花菜の言った怪談が、これに当て嵌まっていた場合は洒落にならない。なら4回繰り返される前に止めなければ、と清花は『急ぐべきですね』と一同に声をかけて真っ先に走り出す。それに慌てて一同が続き、彼女の後を追いかける。
 真っ先に清花に追いついた自他共に認める浪速のスピードスターこと謙也は、「なんか策はあるんか!?」と尋ねる。清花はそれに『いえ、なにも』と即答すれば「ハア!?」と素っ頓狂な声が上がる。



「だって、無人の放送室やろ!? 室内は絶対に危険やぞ! 音止めるにしたって一筋縄じゃいかんやろ!!」

『そこは浪速のスピードスターで放送委員の謙也さんにマッハで止めて頂きます』

「せやからどうやって…」

『そこは気合いで乗りきってください』

「猪木かて乗りきれんわ!」

『だいじょうぶですよ、いまスピードに乗ってるんでそのまま乗りきれますって』

「なに上手いことかけとんねん!!」



 そしてそんなやり取りをしていれば放送室が目前になり、清花は肩に乗る奏から護符を受け取ると小さく呪文を唱えそして放送室の扉に投げつけた。『《烈破!》』
 護符はぺたりと放送室の扉にくっついた瞬間、爆発を起こして扉が室内へと吹っ飛んでいく。それに背後に控えていた謙也が顔を引き攣らせ、いつの間にか追いついていた一同もまた唖然と扉を破壊した清花を見つめている。財前が小さく「元ヤンいうより破壊魔ちゃうんか…」と呟けば花菜が「まだ清花先輩の方が可愛い方ですよ…」と返した。





元ヤンもとい破壊魔説浮上

第二章 四天宝寺の怪談




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