トコトコを拘束した清花一行は急いで謙也達のいる三階へと向かう。メリーさんのブチギレた声が聞こえた後、なぜか通信が切れてしまったのでどこにいるか不明なので手当たり次第に三階を捜索するしかない。しかし現在、一同の駆け足に交じってまた良からぬ音が響いていた。



「…清花ちゃん、なんかさっきの音に似た音するんやけど、気のせい?」

『じゃないですね。ちょっと吹っ飛ばして撒いただけなので、追って来たんでしょう』

「冷静すぎやろ!」

「…しゃあないっすわ」

『え、財前君?』



 走る足を止めてくるりと後ろへと振り返った財前は、暗闇へと目を凝らして刀印を構えた。そしてカタカタという不気味な音と共に欽ちゃん走りの骨格標本が姿を現す。



「《臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前》」



 素早く九字を切った財前からぶわりと破邪の力が放たれ、骨格標本を一瞬にて木端微塵にしてしまう。それに唖然とする一同の元へと戻った財前に、清花が薄く笑って『流石だね』と声をかけた。



「はぁ……久々に使ったけど、めんどいな、これ」

『二ヵ月ぶりくらい? あのときは低級霊だったからねぇ』

「え、なに。財前ゴーストバスターだったん?」

「ちゃいますよ。前にも言いましたけど、俺は視えてまうんで厄介事にもよう巻き込まれるんですわ。自分の身は自分で守らなやられるんで、こいつに最低限のことは教わったんすわ」

「そういうことです。霊媒体質なんて、格好の餌食ですからね」

「せやからメリーさんにも喰われそうになったんか……」



 納得と頷く一同に、清花は小さく笑うと『急ぎましょう』と促した。するとガッシャアアアアアンという硝子の割れる音が聞こえ、一同はびくりと肩を跳ねあがらせて一斉に音の方へと視線を向けた。



「いいいいまの…!」

「花菜ちゃんどもりすぎやで!」

『あー……間違いないです。メリーさんです』

「いったい何が起きてるんや…」

「とりあえず、謙也はんと金太郎はんが無事か確かめなアカンな」



 そういいトコトコを俵担ぎにした銀に、彼らは音の方へと走り出す。トコトコは既に抗う気はないらしく、大人しい。長すぎる廊下を駆ける一同は、段々怒声と悲鳴と奇声が耳に届き始めて、思わず表情を引き締める。



「あ、あれ…!」

「金ちゃん! ケンヤ! 無事か!?」



 花菜の指さす方に廊下の端に身を寄せている金太郎と謙也がおり、白石が二人を呼べば真っ先に謙也が反応を示した。その顔は恐怖で引き攣っており、白石を認識した瞬間ぶわっと両目から滝のような涙を流して叫んだ。



白石ィィィイイイイイイ!!!

「ケンヤ、落ち着き! いったい、なにが、」

起きなさいゴルァァアアアアア!!!!

「えっ…、」



 地を這うような低い罵声に、白石も謙也にかけようとしていた声を慌てて引っ込める。そしてなぜか鎌を手にして瞳を輝かせて微動だにしない金太郎と、その隣で笑みを引き攣らせる清花の視線の先を辿る。そこにはドレスの裾を真っ赤に染め上げ、テケテケの頭部をこれでもかというくらいに踏みつけまくっているメリーさんがいた。



なにをこれぐらいでくたばってんのかしらぁ? えぇ?!

ぢょ、ま゛っ…ぐるじ……ぃ!

天下のテケテケともあろうものが情けないわねぇ!! 化物の風上にも置けないわ! オーホッホッホホホホホホ!!!!

ぐぇええ゛っ…!! 死ぬ、じぬっ…!

なにを馬鹿なこと言ってるのよ! もう死んでるじゃないの!! オホホホ!!



 R15では済まされそうにない光景に、表情を消して白石はなんとか口を動かした。



「…………、清花、あれ、なに」

『ご覧のとおり、容赦なくテケテケを踏み潰すメリーさんです』

「………金太郎、それ、なに」

「テケテケの大鎌〜!」

「………ケンヤ、どうしてこうなった」



 自身の腰に縋りついて泣き喚く謙也をべりっと剥がした白石は、謙也の気持ちが痛いほどに伝わってきて己も同じように泣きたいとさえ思った。小春と一氏はお互いに抱き合って「ユユユユウ君!!」「こここ小春ぅ!!」と震えているし、銀と千歳は目を逸らして明後日の方を向いている。花菜と財前は顔色を悪くしながらもそれを眺め、金太郎に至っては「メリーさん恰好ええなあ!」と清花にニコニコと笑顔を向けている。
 清花は金太郎の神経の図太さに半ば感嘆しつつ息をはき、刀印を顔の前で作ると『《封縛》』と唱える。すると双方の動きがぴたりと止み、メリーさんが視線だけを彼女達の方へと向ける。その血走った瞳を見た彼らはごくりと生唾を呑み込んで身を竦ませるなか、清花はやれやれと肩を落としてメリーさんへと向き直った。



『メリーさん。落ち着いて下さい』

「…あら、伯爵。遅かったじゃないの、危くテケテケを殺っちゃうとこだったわ!」

もう殺ってますよ。それで、いったい何があったんですか』

「ああ、それがね……」





■  □  ■






 ――数刻前。



≪ちょっとした障害に出くわしただけですよ、心配いりません。そちらは、大丈夫ですか≫

「こっちは心配いらへ「危ない謙也クン!!」」



 どん!と強い力で背中を押された謙也は勢いよく壁へとぶち当たる。瞬間、ヒュン!と風を切って謙也のいた場所へ大鎌が吹っ飛んでき、床へと突き刺さった。持ち前の反射神経で謙也との衝突を避けた金太郎が、慌てて大鎌を引っこ抜けばテケテケテケテケテケと音を立ててやってくるそれを視界の隅に捉えた。



≪メリーさん!?≫



 痛みで顔を歪める謙也の肩の上の詩から清花の悲鳴に似た声が聞こえてくるが、三人ともそれに返答している暇はなかった。ふわりと金太郎と謙也を守るように立ちはだかったメリーさんは激走してくるテケテケにふっと笑う。≪メリーさん、何があったんですか!?≫



「……心配いらないわ、伯爵。ちょっとコバエが煩いだけよ」

≪…、メリーさん。声のトーンが低すぎます、何かありましたね?≫



 と先程とは打って変わって冷めた声のメリーさんは金太郎の手から大鎌を抜き取ると、瞬間テケテケの目の前へと移動した。突然目の前に現れたメリーさんに驚いたテケテケは慌ててブレーキを掛けるが、遅かった。
 凶悪な微笑を浮かべたメリーさんは身の丈よりも遥かに大きい大鎌を振り被った。



ふ、ふふ…ふふふっ……。このクソアマッ、調子乗ってんじゃないわよ!!!


ガキャアアアアンン!!


ぎゃああああああああああ!!!!!

「おおーっ!!」





■  □  ■






「というわけなのよ」

「「「……………」」」

『そんなことだろうと思いましたよ…』



 清花ははあ、と大袈裟に溜息をつくと銀へと声をかければ、彼はトコトコを抱えたまま彼女の隣へと立つ。するとテケテケの目の色が一瞬にして変わり濁声で「お゛み゛ぐん…!!」と叫べば、トコトコがびくりと震えてじたばたと暴れ出した。



「お、おみくん……?」

「えっ、おみくんて言うん? てかトコトコやないの?」

お゛みくんおみ゛くんおみぐんかえせおみくんなんでおみくんお゛みぐんおみくん



 狙った獲物は逃がさないとばかりに瞳をぎらつかせ、縛術を解いてでもトコトコを手にしようと暴れるテケテケを、縛術を解いてもらったメリーさんが容赦なく踏み潰す。「うるさい、黙りなさい」



「うう゛っ…、お、み゛くん……かえ、せぇっ!」

話を聞きなさいこのおブス。これがアンタの脚なの?」

「違う、わ゛たしの脚じゃない…」

「えっ」

「えっ」

「おみくん大好き…大好きな、脚…はぁはぁ…お゛みくんの脚は最高……はぁはぁ……、おみくん結婚してぇえええ!

………ただの変態やないか



 辛うじて口を開くことできた財前のツッコミに、愕然とドン引く一同は頷くことさえできなかった。清花は現実逃避とばかりに片手で顔を覆った。



『おみくん…って御御足のこと、ね。……あー…銀さん、それ、テケテケに投げてください』

「承知した」



 暴れまくるそれを銀が「そぉーっっれっ」と投げ飛ばすと同時に清花がテケテケの縛術を解けば、飛んできたトコトコをがっちりと受け止めるテケテケ。そして踏み潰されて晴れ上がった顔をその脚へと頬ずりし、満足そうにデレデレと鼻の下を伸ばす光景に「これぞ本当のホラー」と花菜がぽつりと呟いた。





テケテケとトコトコ 3

第二章 四天宝寺の怪談




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