■
タイミングを見計らって教室から出た一同は、教室の前に謙也と金太郎を残して先へと進んだ。向かった先は二階。先ほどの白石達の話を聞けば、まだ二階にいるか、それとも三階へ進んだかのどちらかしか考えられないと踏まえた結果だ。
≪清花、白石、聞こえとるか? 聞こえとるよな!!≫
『謙也さん、心配しなくても震えている音まで聞こえていますよ』
肩に乗る奏の薄ら開いた口から聞こえる謙也の声に、清花はやれやれと乾いた笑いを浮かべて返答する。離れてからというもの、謙也はずっと片割れである詩を通してこの調子で話しかけてくるものだから笑いすら通り越して呆れを覚えていた。
だが一般人にしてみれば、心霊現象真っ只中で取り残されるなど恐怖以外の何物でもない。しかし生憎四天宝寺の独特の雰囲気が、それを清花の頭から抹消させてしまった。
「金ちゃんごめんなぁ。
ケンヤのお守りなんかさせてもうて」
≪Σお守りてなんや!≫
「
事実でしょうよ」
≪
財前!!≫
≪
謙也のお守りも愉しいでぇ! 普段見れんような格好なっとる!≫
「なにそれ気になるわぁ」
「皆さん、謙也先輩の心抉りすぎですよ…」
謙也が少し不憫に思えてきた花菜が救いの手を差し伸べるかのように仲裁に入れば、奏の口から「花菜様女神様…!」と何とも言えない情けない声が聞こえたので清花はさらっと無視を決め込む。時折メリーさんの愉しげな笑い声が聞こえてくるので、向こうはきっと大丈夫だろう。
「にしてもトコトコおらんね」
「ていうか思ったんやけど…絶対テケテケよりトコトコの方がグロいんやないか?」
「うぇっ、ユウジ先輩なんてこと言うんですか!」
花菜が顔をこれでもかというくらいに歪めて、一氏を睨みつける。
「せやかて、花菜。よぉく考えてみぃや。まだ女の顔があって人間らしいテケテケと、
断面バッサリ下半身露出狂が歩いているのとどっちが気持ち悪い?」
「
………後者っすね」
「いやなんで下半身露出狂になってんねん」
「テケテケ女っすよ、公然わいせつ罪もええとこやないですか」
「ユウジ先輩、想像力豊かなんですねっ!」
「いや妄想力の間違いちゃう?」
「Σ小春!?」
「やれやれ、せからしかね」
≪ええなー! そっちも楽しそう! ワイもそっち行きたいー!≫
≪Σ金ちゃん行かんといてぇええええ!!≫
≪
謙也クンたら。私だけじゃ不満なの? ふふふ≫
千歳の言う通り、確かに騒々しいを通り越して喧しいくらいだ。
仮にも依頼を受けてこの場にいる清花は、ここまで賑やかな状況と人数で依頼をこなすのは初のことなので少々緊張感を欠いていた。だからその音に気づくのにも遅かった。
カタカタカタカタ『…! なにか、近づいてきてる…』
「えっ、」
カタカタカタカタカタカタカタ「トコトコやったりしてな」
「…いや、どう考えても足音ちゃいますよ。これは、」
「軽い叩きつけるような音、ばい」
瞬時に反応できなかった自分に一つ舌打ちをする清花は、自身の後ろに全員を下がらせると太腿へと手を伸ばす。するりとスカートの下へと手を忍ばせると、そこからびっと何枚か符を取り出した。そして一枚を構えると瞳を伏せて耳を澄ませ、そして護符へふっと息を吹きかけた。
『《
オン、ハンドマダラ、アボキャヤニソロソロソワカ》』
呪を唱えると同時に符を見えない廊下へと投げつければ、近づいていた音が見えない何かに衝突する音と、ガラガラと音を立ててそれが崩れていく音が聞こえた。
「な、何が起きとるんや…!」
銀の後ろに隠れていた花菜がひょこりと顔を出して、清花の対峙するそれを目を凝らしてみる。そこには形無しになった白いもの――骨がばらばらと落ちていた。
「ほね……?」
「骨格標本、やね」
冷静な判断でそう答えた小春に、清花は背を向けたまま頷く。その瞳は決してそれから離さず、手で印を形作りじっとそれを睨みつけている。するとガタガタと音を立てて骨が一ヵ所に集まると見る見るうちに人体を形成していく。清花はそれを見つめながらふっと息をはいた。
『皆さん、いますぐ回れ右で走ってください。時間を稼ぎます』
「時間稼ぐって、清花、」
『あまり長いこと持たないんですよ、急いで』
「ここはこいつに従ったほうがええです」
財前に促された一同は一斉に背を向けて走り出す。それと同時に清花が呪文を口にする。
『《
バサラ、ヤシャ、ウン》』
瞬間、骨格標本が吹っ飛んでいく。清花は呪文を唱え終えたと同時に背を向けて彼らのあとを追いかける。すると今まで成り行きを聞いていた謙也が「ちょ、清花なにが起きとるん!?」と心配そうな声で問いかけてきた。
『ちょっとした障害に出くわしただけですよ、心配いりません。そちらは、だいじょうぶですか』
≪こっちは心配いらへ≪
危ない謙也クン!!≫≫
『メリーさん!?』
どん!と何かに衝突したような音が聞こえて、清花は慌てて悲鳴をあげたメリーさんを呼ぶ。しかし、すぐに返答は返って来ない。
『メリーさん、何があったんですか!?』
≪
……心配いらないわ、伯爵。ちょっとコバエが煩いだけよ≫
『…、メリーさん。声のトーンが低すぎます、何かありましたね?』
≪
ふ、ふふ…ふふふっ……。このクソアマッ、調子乗ってんじゃないわよ!!!≫
ガキャアアアンという金属音のあとに謙也の悲鳴と金太郎の嬉々とした声が聞こえ、清花は『
嗚呼…』と思わず顔を引き攣らせた。なにがあったか定かではないが、彼女はこれだけは分かる。短気なメリーさんをキレさせた馬鹿がいる、ということだ。
メリーさんがキレてしまったのなら、差し詰め問題は謙也のメンタルだけだろうと嘆息して彼の無事を祈る。ようやく彼らへ追いついた清花が『皆さん無事ですか…』と声をかけるが、最後の方はほぼ消えてしまったと言っていい。彼女は目の前の光景にぱちくりと瞬いてしまう。
「確保しといたで、これ」
疲労感を醸し出す財前がぐいっと親指を向けた先には、じたばたと動く脚を両腕でがっちりと拘束する銀がいた。いったいこの数分の間に何があったというのだろうか。物言いたげな清花の表情を読み取ったのか、白石がこれまたいい笑顔で説明した。
「運よくついさっきそこの角でぶつかってな。チャンスとばかりに小春とユウジの
シンクロ飛び蹴りで倒して、千歳と財前が両脚掴んで
床に叩きつけまくって、大人しくさせて銀が拘束してくれとるんよ」
「だいぶ大人しくなったけんねー」
「いい汗かいたわぁ」
「ええ仕事したなあ」
「先輩達、大手柄ですねっ!」
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時…」
『
………ポケ●ンゲットだぜ的なノリですか?』
「足なんぞゲットしても嬉しないわ」
案外この人たち強い、と清花は胸中で呟き、そしてどうしても気になっていたことを口にした。
『…それ、
男の人の脚ですよね?』
「せやな」
「テケテケって、実はオカマなんかな…」
「花菜ちゃん、
うちに熱い視線送らんといて」
「すいません、つい」
テケテケとトコトコ 2
第二章 四天宝寺の怪談