「真っ暗な校舎って不気味ですね……」



 非常灯の灯りが照らす廊下を歩く花菜が、びくびくと視線を彷徨わせながら呟いた。



「そういえば、お前こいつの親戚なのに仕事に携わってへんの?」



 何気なしに思い出したかのように財前が尋ねれば、「ああ」と納得したように花菜が笑う。



「親戚って一概にいっても、あたしは先輩の母方の親戚なので関わりがないんです」

『父方の家系がこっちの一族でして、花菜は全く関係ないんですよね。ただ幼い頃から一緒にいたせいか、霊感が備わっちゃったみたいで』



 そーいうことです、となぜかえへんと胸を張る花菜に「へぇ」と相槌を打つ財前。「親戚関係っちゅーのも複雑やなぁ」とぼちぼち呟く謙也の肩にはメリーさんが座っている。



「そういえば、テケテケとトコトコってどこ走ってると?」

「校内大激走いうくらいやからねえ…2号館か3号館のどっちかやろ」

「でも俺らが最初に出くわしたん、トコトコちゃう?」

『え、もう会ったんですか? なら、話は早いですね。それから解決しましょうか』

「初っ端からえげつないもん見ることになるな…」



 うげえ、と言わんばかりに顔を歪める財前に、同意とばかりに何人かが頷く。清花はそれに苦い笑みを浮かべた。



『まあ、どれも最悪ですけどね。それにテケテケって最初に目があった人しか狙わないみたいですよ』

「「「Σはぁあぁああ!!?」」」



 清花が添えたおまけに対して、メリーさんと財前を除く全員の絶叫が廊下に響き渡った。



「ほんまお前そういうこと最初に言っとけや…」

『だからいま言ったじゃないですか…』

「ほんなら体力勝負やな」

「スピードなら負けへんで!」

「じゃあケンヤってことで決まりやな」

「Σはぁあああ!!? ちょ、白石ィ!?」

「わー! 謙也先輩助かります!」



 花菜は満面の笑みを謙也に向けてお礼を述べると、謙也はたじろいで何も言えなくなってしまう。「阿呆なお人やなぁ…」と財前が清花の隣で呟いていたことは、彼女の胸中にしまっておく。
 するとがらりと廊下に漂う空気が変わったことに気づき、清花の両肩に乗っている子狐達が唸りはじめた。彼女はまずい、と言わんばかりに歩んでいた足を止めて耳を澄ます。



テケテケテケテケテケ




『お出まし、か……皆さん、全力疾走で三階に上がりますよ』

「どうやら来たみたいやで」

「ですね」



 花菜の語尾が悲鳴になってしまったのは、一瞬で千歳に俵担ぎされたからだろう。全国レベルのテニス部の体力もとい腕力は凄まじい。



「清花姉ちゃーん」

『なに、金太郎君?』

「姉ちゃんって、結構体力あるんやなー!」

『そりゃ、こんな状況何度も経験してるからね!』



 若干息を乱しながら話す清花に比べ、体力馬鹿もとい野生児である金太郎は息ひとつ、ペースすら乱していない。一同は迫る音に脅えながらも三階へと続く階段を駆け上がる。



テケテケテケテケテケテケテケテケ




 音は、既に気づかぬうちに真後ろまで迫っていた。流石にまずいと感じた一同は先ほどよりもスピードアップを図る。



「浪速のスピードスターに敵うはずないっちゅーねん…!!」



 そういい、謙也はなんの好奇心が働いたのかちらりと後ろを見てしまった。
 そこには上半身だけの女が片手に鎌を持ち、猛スピードでコチラを追ってきていた。女が追ってきた道は、裁断された腰の下から流れ続ける血に塗れている。テケテケは謙也と目が合うとニタァと瞳を細めて嘲笑う。謙也は全身から嫌な汗を出し、込み上げてくるものを抑えて悲鳴を上げた。



ぎゃああぁああぁぁああぁああっ!!!!

「…見たんやな」

『…本当に見るとは思いませんでした』

「好奇心に勝るものはないってことね。馬鹿ねえ」

「関西人に馬鹿は禁句やでメリーさん!」



 財前と清花が溜息交じりに毒づく中、謙也の肩に乗りながら追ってくるテケテケを眺めているメリーさんは余裕そうだ。謙也を除いてある種の安堵に「結果オーライ」と思いながら駆け続ける一同も、体力の限界が近づいてきていた。
 三階の曲がり角で、清花は『カーブつけて曲がって下さい!』と声を上げれば皆それに従う。すると曲がり切れなかったテケテケはそのまま影に激突する。



「いまのうちに逃げるで!」



 白石の号令に従いその場を急いで離れ、どこかの教室へと逃げ込み皆は荒れた息を整える――金太郎に限っては論外だが。息を整えながら清花は壁に背を預けて外の様子を伺うように耳を澄ませる。



『……まだ、来ないようですね』

「けど、いつまでもここにいるわけにもいかんやろ」

「ばってん、どうすることもできんたい」

『んー……時速百五十近いあいつとスピード勝負は避けたいですからね。多分、テケテケとトコトコを引き合わせれば問題解決とでもいいましょうか…』

「でもトコトコに会ったの、一階ですよ?」

『問題はそこなんだよ。双方共に校内大激走なんてことしちゃってるから、ぐるぐる追いかけっこ状態で埒が明かないの。…いっそのこと、もうぶった斬ろうかな

Σ清花ちゃん!?



 普段ならば絶対に口にしないようなバイオレンスなことを口走る清花に、騒然とする小春とその他諸々。あの財前ですら驚いて口を引き攣らせている。それにメリーさんだけがおかしそうに笑い声を立てた。



「あらあら、なぁに。伯爵ったらみんなに本性隠してたの?」

『ちょっと人聞きの悪いこと言わないでもらえますか。一、二年前の暴走期の名残と言ってください。花菜もそんな目で見ないの』

「だって清花先輩、てっきり皆さんにもこういう面見せてるもんだとばかり思ってましたよ? まあ、昔に比べたらオブラートに包むようになったのかなーって」

『おー…花菜もオブラートって単語覚えたんだね、偉い偉い』

「Σ清花先輩酷い! 馬鹿にしてる!」



 うわぁああんと涙目で清花を睨みつける花菜をよしよし、と千歳と金太郎が慰める。



「へぇ…清花って元ヤンだったんかー」

『謙也先輩まで変なこと口走らないでください納得しないでください。しばきますよ

…人格障害や

「ふ、ふふふっ…伯爵は悪霊に対しては非道だけど、ヒトに対しては優しいから大丈夫よ」

「え、いま俺しばく言われたばっかやねんけど」

「それは謙也の人権がないっちゅーことや」

「Σ人権!?」

「謙也さん、静かにしてください。外に音ダダ漏れや」



 ぴしゃりと言い放った財前に謙也は泣く泣く押し黙る。清花はどうしたものか、と考え込み、そして一つの案が浮かび上がる。



『…ひとつ提案なんですが、』

「おん、なんや」

『テケテケの狙いは謙也さんですよね? じゃあ少しの間謙也さんに囮になってもらって、わたし達はトコトコを探しに行きませんか。トコトコを見つけ次第謙也さんと合流ってことにすれば、大勢で逃げ回ることもないかなーと』

「Σ清花の鬼! 悪魔!! 俺を見殺しにする気か!」

『誰もそう言ってませんよ。謙也さんは体力のある金太郎君とペアを組んでもらって、守備としてメリーさんと詩をつけます。詩と奏は通信手段も備わっているので、いつでも状況が把握できます』

「お…おん」

「鬼ごっこみたいやな! 楽しそう! 謙也のことはワイに任せとき!」

「捕まったら地獄行きの鬼ごっこやけどな」

「ていうか、金ちゃん男前すぎて謙也先輩…」

「先輩としても威厳があったもんじゃないですね」



 はっと鼻で笑う財前に、既に謙也は精神に大ダメージを負いすぎて教室の隅に体育座りだ。そんな謙也の腕を金太郎が掴んでずるずると引っ張ってくる。「うわぁ…怪力」とは口に出さずともその場の全員が思ったことだろう。



「じゃあ、この作戦で行こか。ケンヤ、金ちゃん、検討を祈るで」

「おう! ワイやったるでぇ!」

「三途の川が目の前や……」

「謙也はん、目の前は廊下やで」





テケテケとトコトコ 1

第二章 四天宝寺の怪談




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