清花に促されて図書室の中へと入り各々椅子に腰かけ、彼女の淹れた紅茶を口にし一同はほっと一息ついた。メリーさんは清花の膝の上に座って、優雅な佇まいで自身の顔くらいもあるティーカップを手にしている。



『それで、状況を説明した方がいいですよね?』



 彼女の言葉に勿論、というように全員が大きく頷いた。



「ココはいったいどこなん? 電話で言うとったように、2号館には変わりないみたいやけど…」

「ってかどっから紅茶出したんや? 図書準備室に給仕できる場所あるんか?」

『そうですね。ココは別世界、異次元ともいえる、裏世界…魑魅魍魎の世界と言えます』

「俺ん話はスルーか」



 謙也はがっくしと肩を落として拗ねる。その隣に腰かける財前が「うざ…」とぼそりと呟いた。



『元来、ココはヒトの立ち入るべきではない、立ち入れない場所です。ヒトならざるモノが蔓延る危険領域、とでも言っておきましょうか』

「つまり、幽霊とか妖怪の類のおるところ、っちゅーことか?」

『はい、ざっくり言えばそういうことです』

「Oh,ジーザス…!」



 花菜が手を組んで祈るように天井を仰げば、目の前に座る小春とその隣の一氏も同じポーズをとる。「なんやねんお前ら」とすかさず謙也がつっこむ。彼とて祈りたいのは同じである。



『わたしは今日、以前から受けていた依頼のためにコチラに来たんですが……皆さんは偶然巻き込まれた、といったところですかね』

「依頼?」

『はい。わたしの家は一応霊媒師を家業としているので』



 そういえば以前彼女は家系上、霊媒体質の持ち主と言っていたと一同は思い返す。



「ちゅーことは、なにか。お前んちは陰陽師とかそういう系で、お祓いとかできるっちゅーことか?」

『まあ、そうなりますね』

「安倍晴明とかの?」

『安倍家は有名どころですから、ご存知でしょうね。うちの家系は安倍家と関わりはあるんですけど、結局安倍氏系との地位争いに負けて衰退したんですよ。んーと、安倍晴明の師である賀茂忠行の血筋とでも言いましょうか。祖は修験道を開祖した役小角です、って言ってもわかりませんよね』



 詳細を述べた清花はちんぷんかんぷんと言ったような一同に苦笑して、「話を戻しますね」と付け加えた。



『そういったワケで、世間一般には知られずに裏街道を渡り歩いてきた一族の出なんです。ですからこういう事柄には慣れっこでして、コチラにも何度も足を運んでいるんですよ』

「せやからメリーさんとも知り合いなんか」

「そうよ。私と伯爵の付き合いは結構長くてね、初対面で喰べようとしていたことなんて懐かしいわよね」

『ああ、ありましたねぇそんなこと』



 のほほんと物騒な内容を和やかに話す二人(?)に、「えっ」と周囲は顔を引き攣らせる。そして清花とメリーさんを交互に見やって、本当に大丈夫なのだろうかと心配そうな面持ちになる。それにメリーさんがおかしそうにくすくすと笑う。



「心配しなくても大丈夫よ。いまは驚かせることが生きがいなの、ヒトに危害は加えないわ」

「いやそれ充分危害加えているで」

「あら。花子とか口裂け女達に比べたら私なんてまだ可愛い方よ」



 「花子…」「口裂け女…」本当に存在するんですね、と感心したように呟く花菜はどこか明後日の方を見ている。現実逃避したい気持ちは痛いほどわかるが、いまは現実に向き合わねばなるまい。



「いずれ会いまみえるんじゃないかしらね? 伯爵といれば遭遇率は高いわよ」

「ああ、それ。なんで清花のこと伯爵って呼ぶん?」

「説明すれば長いから、呼び名ということにしておくわ。他にも色々異名はあるんだけど、ねっ伯爵?」

『わたしの黒歴史にも関わるので、あまり口外しないで頂きたいのですが…』

「ふふ、ご免あそばせ」



 まったく悪びれた様子もないメリーさんに、清花が戸惑い気味に嘆息する。彼女の黒歴史について詳しく聞きたいと思う一同だが、現状を考えるとそうもいかない。



「そんで、これからどないすればええねん」



 財前の言葉に、清花は申し訳なさそうに視線を床へと落とした。



『巻き込まれたのが一人二人ならわたしの力で脱出は可能なんですけど、この人数だと流石に…ちょっと無理がありますね。多分、問題を解決するまではココから出ることは不可能でしょう…』

「問題っちゅーんは、その、やっぱ、」

『ええ…ご想像の通りです』



 つまり、悪霊退治やお祓いの類ということだ。先日白石の除霊を見たばかりの彼らにしてみれば、実際に目には見えなかった“それら”を目にすることになるのだろうと思うと気が重い。清花としても偶然とはいえ巻き込まれてしまった彼らを同行させるのは忍びない、と眉根を寄せる。



『流石に皆さんを危険な目には晒せません。ココで待機していてください』

「えっ…ちょ、清花?」

「先輩何言っているんですか! 巻き込まれた以上、放っておけませんよ!!」

「せや! 花菜の言う通りや! 姉ちゃんワイらもついてくで!」

「いくらエキスパートや言うても、心配なことには変わりないたい」

『でも…、』



 危険を冒してまでついてくるという、強い意思を示す瞳を向けてくる一同に清花は言い淀んでしまう。すると「心配いらないわ」と下から声を掛けられ、清花はメリーさんへと視線を落とせば、彼女は安堵させるように微笑んでいる。



「わたしが彼らのフォローに回るわ。みすみす危険に晒すような真似はしないわよ」

『メリーさん…』

「昔のあの威勢の良さはどこへ行っちゃったのかしらね。随分弱気になって…まあ、物事を理解してきたっていうことなんでしょうけど」

『あの頃の無鉄砲さに比べれば、わたしもだいぶ大人になったということですよ。…わかりました。同行を許可しましょう』



 『ただし、わたしの言うことをちゃんと聞き入れてくださいね』と添えた清花に、金太郎と花菜はガッツポーズを見せ、他はほっと胸を撫で下ろす。それを見たメリーさんは目を丸くして「あらあら」と愉しげに弧を描く。



「ずいぶんと手強そうなオトモダチね、伯爵」

『皆さん一筋縄じゃいかないですよ…』

「ふふ、愛されているのよ。大切に思うからこそ強情になるの。ね、坊や?」



 そうメリーさんが同意を促したのは、彼女の目の前に座る財前だ。彼はやれやれと嘆息すると、清花を真っ直ぐに捉えて「…そういうことや」と口にした。それがどこか不機嫌そうに見えて、清花が首を傾げれば財前は「まったく…」と悪態づく。



「人に散々心配かけよった挙句、巻き添え食らって悪霊退治なんて…どないやねん」

『ご、ごめん……』

「謝るくらいなら事前に連絡くらい寄越せや阿呆」

『……、仰る通りです。すいません』

「反省するんが遅いわボケ」



 容赦ない言葉を投げかける財前に、清花は言い返すこともできずにただ謝るしかない。そんな二人のやりとりを見ていたメリーさんは何度か瞬きをしたのち、掌を口に添えて驚いたように呟いた。



「まぁ……伯爵をこれほどストレートに言い負かせる相手を始めてみたわ。坊や、只者じゃないわね」

「そりゃ四天宝寺の公認夫婦やからな!」

「誰が公認夫婦やねん。謙也さんどついたろか」

「器量もあるみたいだし、伯爵アナタにピッタリの相手じゃない。三姉妹が喜ぶわよ、きっと」

『やめて下さい。咲舞さくま達に言ったら取り返しつかないんで』



 言い広められる…と顔に苦渋の色を示す清花にメリーさんは「残念ねぇ」と朗らかに笑い、財前はテーブルの下で謙也の脛を蹴った。謙也は「いてっ」と小さく悲鳴をあげてやや涙目で財前を睨んだ。



「それで、問題解決の詳しい中身は聞いてもええんか?」



 やや躊躇いがちに尋ねた銀に、清花は少し悩むような素振りをしたのち、一つ頷く。



『まあ本来は仕事なので内容を明かすわけにはいかないんですが、この際ですし、教えておいた方がいいでしょうね。今回の内容は、四天宝寺の怪談及び七不思議の解決です』





魑魅魍魎の蔓延る世界

第二章 四天宝寺の怪談




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