掌編小説 | ナノ


▼第三十二夜 「桃の木」

僕は死の森で一度、死にかけました。
ネジが駆けつけてくれたおかげで、どうにか戦闘は終わりましたが…しばらく意識は戻らなかったんです。
その間に、不思議な夢を見ました。

そこは霧深い山のようでした。
視界が開けずに、一歩一歩、確かめるように進んでいくと、そのうち大きな桃の木を見つけました。
樹齢何百年とも思えるその大きな木は、かなり老木であるはずなのに、手の届くところまでたわわに実が成っていました。

ひとつ、食べるといい。

声のした方には、ご老人がいました。
身につけているものも髪も、すべてが白いという印象でした。
いつの間にか僕と同じように木のそばに立って、桃を手に取っていたのです。

差し出された桃を受け取りましたが、さすがに怪しく、食べる気にはなりませんでした。
僕はかわりに、そのご老人に、ここはどこかと尋ねました。
ご老人は言いました。

ひとつ、食べるといい。

まるでこちらの質問などなかったかのように、まったく同じ調子で桃を勧められ…背筋が凍った気がしましたよ。
ここにいてはいけない、そう思って、急いで木から離れて走りました。
走っている途中でまだ桃を持っていると気づいて、思いきり遠くへ投げ飛ばしました。
それからはひたすらに帰れるように祈って、走って、走って、次の日になってようやく、目を覚ましました。

――あの桃を食べていたら、きっと僕はここにいなかったんでしょう…。

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