掌編小説 | ナノ


▼第六十四夜 「飛び降りの名所」

里の外に任務に出かけたときのことです。

依頼人の目的地は、山越えをした先にあるらしく、そのときはちょうど皆で登山をしていました。
護衛をつけたくなるのもうなずけるほど、薄暗い山でした。
しばらく歩いてから休憩、となったときに、僕は崖を見上げていました。

背中をあずけて休む、その背後が切り立った崖だったのです。
右手の方から回り込めば簡単に上れそうでしたが、今回は通らない道でした。

上に行けば、いい景色が見られただろうなあ。
いっそ休憩中にひとっ走りしたい気持ちでしたが、そんな僕を心配してか、依頼人があまりそちらを見ないように、と忠告してきました。

自分の近くを離れるな、ならまだ分かるのですが…。
どうしてそんな言い方をしたのだろうと思っていたら、その理由はすぐに分かりました。

崖の上に、人影があったんです。
そしてその影が身を乗り出し…反射的に助けようと動きかけましたが、その前にまた依頼人に止められました。

あれは落ちてこない。
途中で消えるんだ。

依頼人曰く、大昔にそこで飛び降り自殺をした人が、毎日何度も、繰り返し飛び降りをするのだそうです。
何度も何度も、死の前の恐怖と向き合い、つらかったときの気持ちから一歩も進めずに捕らえられる…。

――生きているときに、助けてあげられる人がいたら、よかったんですけどね。

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