掌編小説 | ナノ


▼第五十九夜 「眼鏡の人」

子供の頃、屋敷にはいろいろな人の出入りがあった。
私もたまに同席させられて大人しくしていたんだけど、ある日、少し薄気味悪いと思った人がきたの。

暗めの色の和服を着こなして、お付きの人に傘を持たせたその人は、ぱっと見た雰囲気は品がいいんだけど…いつも貼りつけている笑顔が、子供ながらに怖く感じていた。
だって、目は笑っているのに、口はいつも笑っていなかったから。

呉服屋らしいその人は、お父様に持ってきた着物を広げて見せていた。
私が部屋の外からちらちら気にしているのが分かったのか、お父様にあっちに行ってなさいと叱られたんだけど、その人は子供でも一儲けできると思ったのかもしれない。
とてもにこやかとはほど遠い、落ち着きすぎた声音でこう言った。

どうぞお嬢様もお近くでごらんになって下さい。

私はすぐに逃げようとした。
ちょうどお茶が運ばれてきたところで、退路が塞がれてしまった。
成り行きで入ることになったんだけど、自分の裾につまづいて、そのお客さんに抱きつく形になってしまって…。

たぶん、商品に傷がつかないか、心配したんだと思う。
メガネが外れて飛んだのにも気づかず、その人は怖いくらい真剣な目で着物を確認した。
それから、眼鏡を拾い上げてからようやく、私の方を見た。
笑顔で、大丈夫でしたか、って。

――子供ながらに、あの眼鏡に笑顔が貼りついていた気がして…何だかとても怖かったことを覚えてる。

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