マギ | ナノ


燃え尽き炎帝と荷花皇后

 椀蓮が卓の上に置かれている。花の色は白と紅。小さな椀であるのに二種類も蓮を植えているとは粋な腕だな、と蓮を覗き込みながら珂燿は自分の間違いを知った。
 一本の茎に二つの花が咲く並蒂蓮だ。しかも、色違いの。
 珂燿は素直に驚いた。一本の茎の先端に、一輪の花が咲く蓮。並蒂蓮自体が珍しく尊ばれる花だというのに色違いとは……。だからこそこうして皇帝の居室に飾られる栄誉にあずかれたのだろう。背中合わせのように咲く白と紅の蓮……それが意味するものは瑞兆と、それから……。

「気に入ったか」
「ええ。珍しいものが見られました。献上品ですか?」
「ああ」

 珂燿は、紅炎の顔色を伺った。いつものように、やる気の無さそうな半眼は眼前の蓮をただの珍しい蓮としか見ていない。
 花木に造詣は深くないと紅炎は言っていた。ならば、彼はきっと野戦の時に必要になる程度の知識しかない。だから、知らないのだろう。
 このように見事な蓮だというのに、解されないのは憐れだ。花にとっても、造り手にとっても。

「我が君。並蒂蓮は、その姿から比翼連理と同じ意味を持ちます。それから、この花の色は取り分けて珍しい色違いです。紅と、白の」
「……なるほどな」

 風雅には興味が薄い紅炎も、ここまで助け舟を出されれば理解した。紅炎は、献上の口上を述べた者が、高々色違いの蓮で何故あそこまで誇らしげにしていたのかが皆目判らなかったが、なるほどそういうことか。
 皇帝とその后に献上するに、これほど相応しい蓮は無いということだ。

「白の花弁が数枚、紅に染まっているな」
「……」

 一輪は炎の色をした紅。一輪は外側が僅かに青竹色を帯びた白……しかし、白い蓮は花弁の数枚の根本が紅に染まっていた。
 蓮の基本の色は赤か黄。並蒂蓮自体が一代限りの変異種である。元来は紅の並蒂蓮となるべきだった一輪が色素を失ったのだろう。
 紅炎の武骨な指が、繊細な手つきで蓮に触れる。書物ばかりを扱う少しかさついた手が、瑞瑞しい白蓮の花弁を撫でる。

「っ……」

 何故か自分に触れられたような錯覚に陥り、珂燿は恥ずかしさをごまかす為に色の仕組みを口に出してしまった。

「残念ながら、白い蓮が紅に染まるのではなく、紅い蓮が色を失い白くなるのですよ」
「ほう、そうなのか」

 そして、紅炎の眼に爛爛とした光が宿ったことを見て、頤を捕らえられた珂燿は光の速さで後悔した。

「ならば、また元の色の染め直すまでだな」
「…………」
「何か言いたそうだな?」
「ち……血染めにならないことを祈ります」
「……くっ。安心しろ、軍場でもないのだからそういった気分ではない」
「閨に限っては我が君の言は信用できません……以前は喉笛を食い破られるかと思いました……」
「あれは煽るお前が悪い」
「簡単に煽……なんでもありません。五体満足で終れるなら私は文句なんてありません……!」

 小さく噴き出した紅炎は、灰白の花を捕まえて暫くは余計な口が聞けないくらいに染め上げてやった。

 稀代の蓮は、どうやら遺憾無くその効果を発揮したらしいと珂燿は身を以って教えられた。

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