燃え尽き炎帝と秋日皇后
季節は移ろい、河岸ともなれば涼風が吹き始めていた。色づき始める山よりも先に、鄙を彩る紅を珂燿は見つけた。
「我が君、見てください。向こうの岸辺に曼珠沙華が咲いています」
「石蒜か、もうそんな時期か。確かあの花の根は」
珂燿に言われ、紅炎も対岸に咲く花を見た。葉と花が同時に咲かぬ事から、葉は花を想い、花は葉を思う想思花とも呼ばれる紅い花。
「毒があるのだったな」
「食べられるのですよね」
「………………」
「………………」
「毒だろう」
「毒はありますが、それを恐れていては蕨も蒟蒻も河豚も鰻も杏仁も食べられません! 煌の男たるもの、机と親以外は食う気概でないと。我が君がちゃちゃっと灰を作ってくだされば、私が幾らでも毒抜きをしてみせます。それに、毒に中っても華妃がいるではありませんか!」
食欲の秋真っ盛りな珂燿の頭は、春が来た頭よりも質が悪いと思ったが、よく考えなくても季節は関係なかった。いつもの妻だ。散歩を切り上げて、紅炎はさっさと城に帰ろうと決めた。毒を盛られるくらいなら仕事責めにされる方がまだましだからだ。
「帰るぞ」
「ああ、待ってください! 向こう岸に行きましょうよ。ほら、上流に橋が架かっているではありませんか」
「……皇帝に毒を盛ろうとして、首と胴が離れない女はお前くらいのものだ」
「だから、ちゃんと毒抜きをしますってば」
石蒜を採取する前に、なんとしても珂燿を城に帰さなければならない。でなければ後日の食卓が危険だ。紅炎はどうすれば珂燿の関心を逸らせるか考えた。そして一つの妙案が浮かぶ。
目には目を、歯には歯を、食べ物には食べ物を。
「献上品に葡萄があったぞ」
「葡萄!」
「石蒜か葡萄か好きな方を選べ」
「なんという二択……!」
「そこで悩むお前がわからん……」
食べるまでに10日程要する毒物と、瑞瑞しく甘い果実。比べる方が怒られそうなものだが、それでも珂燿は後ろ髪を引かれるようにちらちらと対岸の紅を伺っている。
「葡萄は干しても美味しいですし……」
「お前が石蒜を掘り起こしている間に処理をするとしよう」
「ひ、酷い……! 目の前にちらつかせておきながら、結局食べさせてくれないだなんて」
「共に帰ればいいだけの話だ」
「うぅ…………はい」
呻いたが紅炎に続き、珂燿の足も禁城へ向いた。隣に並び、珂燿は紅炎を見上げる。
「曼珠沙華は明日にでも採りに行くことにします」
「……秋が終わるまで監禁されたいようだな」
「なんという不穏な発言をなさるのですか!?」
「お前にだけは言われたくない」
秋が終わろうとも、河豚の旨い冬が訪れ、雪が溶ければ蕨が芽を出すのだが……果たして二人はどうなるのだろうか。
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