マギ | ナノ


燃え尽き炎帝と赤貧皇后

 珂燿、馬は好きか?
 紅炎から不意にそう尋ねられ、首を傾げながら珂燿は答えた。

「馬、ですか? 好きですよ。タテガミとか美味しいですよね」
「……食材としての馬ではなく、移動方法としての馬なんだが」
「えっ!? あっ、大好きです! そちらの意味でも、ええ。絨毯なんぞよりよほど……」

 盛大な勘違いに耳まで赤らめて、ごまかすような笑みを浮かべた妻に、紅炎は予てより思っていた事を吐き出した。

「お前は……何気に食い意地が張っているな」
「張っておりません。そのように言われるのは心外です」
「いいや、張っている。俺は知っているからな。お前が管理している苑の隅で野菜を育てている事を」
「!? な、何故それを……紅炎様はあの苑に入った事がないはずでは!?」
「華妃に聞いた」
「華妃……っ! 貴方はなにがあっても中立の立場を崩さないと思っていたのに」
「密告紛いのことをされたわけではなく、ただの世間話で……いや、よい」

 紅炎が挙げた名前に、珂燿は思わず項垂れた。奥疾医をしている、東洋美女を形にした才媛である紅炎の妃は、珂燿の味方ではないが、敵でもない……とある種の信頼を置いていたというのに。……とんだ伏兵だった。

「『なにやら薬草園というより菜園が苑の一角に出来ていたのですが、禁城は篭城にそなえているのでしょうか』と聞かれた時に俺が何を思ったか解るか?」
「……出来た皇后を持ったなぁ」
「本気で言っているのか?」
「いえ、すみません。戯れ言です……でも、ですね、医食同源とも言いますし、つまり広義では薬草でありますし、蔬菜として使う物の方が多いといいますか……」
「それだけではない、献上された瓜とてそうだ。お前が食べていたのはもう実ではなく皮の部分だったろう」
「あ、あれはまだ食べられる部位です」

 珂燿はそう反論するも、紅炎の弾は尽きない。

「果てはその皮の塩漬けを食卓に並べられた時だ。俺の国はここまで貧していたのかと思わず絶望しかけた」
「単なる塩付けではありません! あれはヌカヅケといって京妃の国の伝統的な、立派な料理です。それに、我が君とて悪くないと仰っていたではありませんか!」
「食えなくはない、だ。旨いとは言った覚えは無い」

 東の島国出身の妃が連れて来た料理人にヌカドコなるものを分けてもらい、珂燿が手ずから政務の間に手入れをしていた。毎日手入れが必要なそれは、非常に手間がかかるのだ。だというのに、こうも無下にされては、珂燿とてかちんと来る。
 紅炎がそう言ってくるのなら、珂燿にだって考えというものがあるのだ。

「…………じゃあもう紅炎様のご飯は作りません」
「いや、待て、何故そうなる。何も不味いや作るなとまでは言ってないだろう」
「言ったも同然ですとも! 紅炎様なんて、紅炎様なんて……帝国の威信をかけて数百の料理人の手によって贅をこらされた栄養たっぷりの毒味をされてぬるまったものを食べていればよろしいんだ!」
「………………」

 なんというか、言っている本人は罵倒のつもりかも知れないが、内容が贅沢過ぎて殆ど罵倒になっていない。

 普通なら思わず頷きたくなるだろうが、煌の民としてそうするには一つだけ問題点がある。熱い料理は、熱いうちに食べたい。
 紅炎も煌の民にもれず、そう思っている。それに、重い宮廷料理に飽きた時は珂燿の作る庶民的な料理はありがたい……と、口に出した事は無いが紅炎とて思っていたのだ。

「…………すまん」

 このような事例において、男の立場が圧倒的に弱いのはどこの家庭でも似たようなものらしい……。

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