マギ | ナノ


燃え尽き炎帝と足蹴皇后

 二人して寝室に帰って来た頃には、言葉は出なくなっていた。
 面倒な侍女たちはとっくに帰らせていたから、紅炎は豪奢な服を自力で脱ぐ。珂燿がそれを手伝いはしたが、彼女も疲れているようで余計な言葉を出すこともなく淡々としていた。

「はぁ……」

 夜着のように薄い衣一枚になり、紅炎はどっかりと椅子に腰を下ろす。座りっぱなしで尻が痛かったのを思い出したが、牀に寝転がろうと立ちあがる気力はすぐには湧きそうになかった。これなら騎馬して丸一日行軍していた方がましなくらいだ。
 体力底なしの珂燿も、気疲れには敵わないらしく、髪を解いただけの彼女は賢くも牀に座って足先をもぞもぞと動かしていた。
 何をしているのかと紅炎は半目で眺めていたら、ぽとり、と襦裙の下から皇后の靴が落ちた。行儀の悪いとたしなめるには紅炎も疲れ切っていたし、その気だるい動作には妙な色気があって目が離せなかったからだ。

「…………………」

 それに、緋色の襦裙のしたからちろちろと覗く細工師が磨き上げたような爪を付けた足を見ていると、どうしたことか、枯渇していた立ちあがる気力がわいてきたではないか。
 どこから生まれたのかは検討が付く衝動の赴くままに、紅炎は俯きがちな珂燿に大股で歩み寄ると、その細い足首を掴んで持ち上げた。

「ひわっ!?」

 紅炎の突然の行為に珂燿は何の抵抗も出来ずに、牀の上にひっくり返った。
 いや、抵抗は一応できていた。大腿の半ばまで捲れ上がった襦裙を手で押さえ、三角地帯が露出するのをなんとか防いでいたのだ。紅炎は珂燿の反射神経に内心で舌打ちした。

「あ、あの、何を……!?」

 珂燿の青い目はこぼれんばかりに見開いていた。
 紅炎は妻なのだから隠す事でもないと直球を投げてやる。

「煽られた」

 160km/hのストレートだ。

「唐突ですねまた! さっきまでへたばっていたくせに!」
「若さだな」
「……三十路突入寸前って若いんですか?」
「若いだろう」
「貴方がそう思っておられるならそうなんでしょうね、貴方の中では。しかし、煽られたからと言って何故このような暴挙を?」
「見え隠れしているものがあれば、暴きたいのが男心だろう」
「見え、隠れ……? 私は何も隠していません」
「爪先を襦裙の裾から出したり引っ込めたりさせていた」
「そ、そんなので!? ……我が君がおっしゃれば、側室連中は嬉々として付き合いますとも。そして、その中まで広げて奉仕してくれますよ!」
「お前は男心を解っていないな。見せられたいのではなく、見たいんだ」
「母親の襦裙の下に興味を持ち始めた年齢じゃあるまいし! 襦裙捲りなんて許されるのは童子までです!」

 疲れている珂燿の沸点は低くなっていた。それはそうだ。
 良いじゃないか、駄目です、見たい、見るだけじゃすまないでしょう、皇帝なんだが、私は肩書と結婚したわけではないので、先端だけなら……と、こういった犬も食わない問答を続けるうちに、珂燿の限界が訪れた。
 目を吊り上げて、紅炎に掴まれていない足を振り上げる。
    ヘンタイ
「こっの昏君!」

 見目の珍しさから、また魔窟のような禁城で主を守るために様々な事をしていた経歴のある珂燿だ。無理強いされた事等、それこそ両手でも数えきれない。だからこそ意に沿わない相手への対処法も熟知している。
 繊細な細工だった足先は立派な武器となり、男の顎を精確に、無慈悲に狙った。
 しかし、紅炎も負けてはいない。加冠と同時に戦場に出て、そのまま覇道を駆け抜けてきたのだ。伸びた珂燿の足を、肘で即座に迎撃する。

「っう!?」
「…………痣になるか?」

 受け止めた紅炎の腕の方にも若干のしびれが残ったが、珂燿の方が被害が大きかったらしい。
 顔を顰めた珂燿の、二撃目を放てずに宙に浮かせていた足を紅炎は捕まえた。さて、これで紅炎は珂燿の足を二本とも捕まえられたわけだが……。
 相変わらず大腿の根元で襦裙を押さえていた珂燿は、その事実に気付き白い顔を青くした。
 ヘンタイ
「昏君に三十路、だったか?」
「……なにがですか?」
「先ほどそう言われた気がしたのだが」
「なんと、我が君にそのような事を宣う者がいたのですか!?」
「ああ、いたぞ。命知らずな奴だと思わないか?」
「全くですね!」

 あははは、はっはっは、と乾いた笑いが二人の間で交錯した。
 そして、現状に耐えきれなくなった珂燿が、世にも情けない顔をしながら謝罪した。

「ご、ごめんなさい……!」
「謝っただけで許してもらえるのは童子までだとは思わないか?」

 あれれ、なんだろうこの何処かで聞いたような言葉は……。
 楽しさのあまり疲れの吹き飛んだらしい夫は、傲慢にも見える笑みを浮かべる。この国は夫婦間でも行為を強要したら婦女暴行は成立したっけか……と生きる法律である男の妻は無意味な現実逃避をせずにはいられないのだった。

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