白い鴉は黙って沈みながら叩首されました
緑射塔にあるテラスで、シンドバッドが白龍に王宮の構造を話していた。知識交流の場である黒秤塔や、鍛錬場を有する銀蠍塔をはじめとした十二の塔。一代にして築かれた質実剛健な王宮を。
大使としてシンドリアにおいては煌の代表となった白龍と国王の会談に、単なる従者である珂燿は同席は出来ない。おいそれと他人に聞かせられないような話をするのだから、人払いも兼ねて珂燿はテラスの扉の前に詰めながら、憂鬱な溜息を吐いた。
「シンドバッド王は、協力する気はないのだろうに……」
善人の王など、この世界にも存在しない。王は善人にはなれないし、善人が王になってもすぐに倒される。畢竟、シンドバッド王がどんなに素晴らしい為政者であろうとて利用するだけだろう。珂燿の大事な白龍を。
そこまで解っていても、珂燿には白龍を止められない。そこまでの干渉を赦されていない。好きに生きましょうよぉ、と愚痴混じりに願うくらいしか、珂燿にはできないのだ……。
「白龍様は、白龍様のままでいいんですよ」
ビビりでヘタレで泣き虫で……心優しい下っ端皇子のままでいい。真っ直ぐなルフを持ったままで居てほしかった。
しかし……使命を果たせと言われ、戦いぬくことを主は誓った。ならば珂燿はその主を輔けることが今の役目だ。今の、煌を滅ぼすことを望むなら是非も無い。
「狙うなら炎帝と魔女の共倒れなんでしょうかねぇ」
畢竟、求める終わりは正統な皇統が継ぐべきという事になるのだろう。しかし、最大の障害となるであろう紅炎と玉艶は強い。紅炎の兄弟は兄に心酔して強固な絆を築いているし、彼自身が軍部をほぼ完全に掌握している。玉艶とて神官を従え、アル・サーメンの底知れぬ力を有している。どちらも真っ向に立ち向かって勝てる相手ではない。
となれば、共倒れを狙うべきだ。しかし、今はまだ皇太子一派とアル・サーメンの連中は懇意にしている。紅炎ら兄弟の所持する金属器は合わせて六つ。もし……考えたく無いことだが、白龍の姉である白瑛が紅炎側に付けば、それは覇王に匹敵する数になる。
「……………」
しかし、玉艶は何故白龍を皇帝に立てなかったのだろうか。典範においても次期皇帝の正当性は皇帝の子である白龍にある。いかに皇弟といえど、継承権は直系である白龍の下にあるはず……だった。神官連中が推挙し、玉艶が摂政に付けば何の問題もなく白龍が帝位についたはずなのに……。あの頃の白龍はそれこそ純粋に母親を慕っていたから、傀儡に仕立てあげるなど造作も無かったはずだ。
昔から考えてはいるが、いまだに答えは出ない。大いなる知識はあるものの、珂燿にそれを使役する権限は与えられていないからだ。そもそも、人の感情や思惑はその中に含まれていないから使えようが使えまいが同じことなのだが……。
「あの愚物が、いつまで生かしてもらえるものやら」
玉座を飾っている豚が死ねば、アル・サーメンは本格的に動き出すだろう。それまでに白龍は持ち駒を増やしておかなければならない。例えそれが、両刃の剣だとしても。
助力を外つ国に求めるなど愚かにも等しいが、不侵略を掲げる七海連合の長であるシンドバッド王を選んだ所だけは褒めてもいい。
「奇跡の子、か……」
そのような運命の下に生まれれば、運命も乗り越えられるだろうさ。やさぐれそうになった珂燿の前に話を終えた王が出て来た。
素早く礼をした珂燿は、頭にシンドバッドの視線を感じたが何かを言うこともなく彼は去って行った。
「若君、如何でしたか?」
「……行くぞ」
「はい」
次いで出てきた白龍の表情は固い。自分の考していたので中の会話を聞いていなかった珂燿は、これは失敗したか……色良い返事を貰えなかったなと推察する。
はてさて、どうやって慰めようか……そう思いながら、珂燿は白龍の後に従った。
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