マギ | ナノ


当意東夷遠いとうい

 シンドバッド王に御目通りを。
 王宮に到着早々に珂燿はそう申し出ていた。余裕が無いと取られかねない行動だが、白龍がそう望むのだから仕方が無い。珂燿としては、あの王には出来る限り近寄りたく無いのだが……そんな我が儘など言えるはずもなかった。
 こちらでお待ち下さい、とクーフィーヤを被った青年に言われていた部屋で白龍のことを考えながら珂燿が待っているとノックも無しに扉が開けられた。

「ジャーファルさ……あれ?」

 褐色の肌をした健勝そうな男だ。なめし革のように張りがある皮膚の下に鍛えられた筋肉がある。軍人の見本の様な素晴らしい身体つきだが、下がった眦が愛嬌を足して雰囲気を和らげていた。

「あー、すみません、気付かなくて」
「いえ」

 気付く気付かないの問題ではないが、まあ気にすることではないかと珂燿は業務用の対応で済ませ、青年の帰りを待つ。
 探し人もいないのに部屋に入ってきた褐色の男は、なにやら落ち着きなく珂燿の様子を伺っていた、そして……。

「あんた、さ。この前煌の城で少し話したよな」
「……よく覚えていらっしゃいましたね」
「いや、暗い髪が多い煌で珍しいって思ってたんだよ」
「………………」

 話し掛けられた。
 笑いかけて来る男には悪いが、珂燿には眼前の男の記憶は全く無い。珂燿の頭のメモリは白龍でいっぱいだし、後々のためにシンドリア王の事さえ覚えていればいいかな、ぐらいで宴の給仕をしていたのだ。
 だから護衛の顔など覚えようが無い。たとえ、世間一般では美形と呼ばれているような男でも、白龍でなければ珂燿にとっては芋に等しい。

「ああ、緊縛趣味のお方」
「は?」
「いえ、なんでもありません。ほほほ」

 煌では婢僕が貴人と目を合わせる事はよろしくないとされているので、基本的に接待をする時には顔を見らずに視線を上げても首までで止める。褐色の男の首に巻いてある鎖を見て、そういえば、と珂燿は記憶を蘇らせた。
 シンドリア王一行が煌を訪問した時、回廊に惑わされた男性を道案内した記憶があった。たしかその人も褐色の肌で、首に鎖を巻いていたし、分銅を引きずっていた。王の供として煌の首都まで来た彼だ。名前は相変わらず解らないけど。

「なぁ、良かったら今度銀蠍塔……修練場を見に来ないか?」
「そうですね……機会がございましたら」
「そうか。すげぇやつ見せてやるからな!」

 男が得意げに笑った時に、シンドリア王への拝謁を頼んだ青年が戻ってきた。

「お待たせしました、王がお会いに……シャルルカン? 何故ここに」
「いや、別にサボってたわけじゃ! ジャーファルさんを探してたんですよ」
「私がここにいないのは一目で解るでしょうに、なぜわざわざ部屋の中にいるのですか」
「申し訳ございません、私の話相手になっていただいておりました。今に帰って来られるでしょうから、ここにいてはどうかと提案を……」
「そうですか……」

 勿論嘘だ。真っ赤な。二人の名前だって珂燿は今知ったくらいだ。めんどくさそうだったから適当に丸くなるような話を作っただけである。
 珂燿の言葉にそうそう、と脂汗をかきながら同意するシャルルカンを胡乱げに見る青年。何か言いたそうにしていたが、客人の前だから口を噤んだようだ。許可を頂いたなら早々に白龍を呼んで来ようと珂燿は二人に礼を取った。

「では、私は主公を呼んでまいります」

 煌の一団が宿泊を許された塔に向かう途中、珂燿はちらりとシンドリアの空を眺めた。南国の青い空が広がっているが、気分は優れなかった。シンドリア王の光の強さにあてられているし、山脈も無い小さな島では満足に気を巡らせる事も出来ないからだ。
 白龍の部屋に戻ってきた珂燿は、ノックの手を止めた。扉の中から、何やら賑やかな声がするのだ。友人なんて本国にもいないし、皇女が来るとも思えない。なんだろうかと思いながら入室のノックをして中に入れば、そこには白龍の他に、金髪の少年と青髪をターバンで巻いた子供がいた。
 ぴりぴりしていた白龍の雰囲気も、柔らかくなっている。ただの儀礼的な訪問客ではなさそうに見えた。

「お客様ですか? わ、か」

 年頃も近いし、まさかの友人誕生? 珂燿は二人の姿をよく見ようとして、息を止めた。

「うわぁー! 美人なおねいさんだー!」
「お邪魔し、待てアラジン! いきなりはまずい!」

 アラジンと呼ばれた子供が、しまりのない顔をして珂燿へ向かって来ようとした。ジュダルのように長く編まれた子供の三つ編みを、金髪の少年が捕まえて止めていた。
 珂燿は離しておくれよ、と抗議する子供から目が離せなかった。なぜ気付けなかったのだろうか、シンドリア国王の光が強すぎてたせいか……いや、もうそんなことはどうだっていい。やっと、やっと見つかったのだから……。

「珂燿!?」

 ぎょっとしたように白龍が叫んだ。珂燿に接近しようとしていた二人を差し置いて、彼女に駆け寄る。表情は崩さずに、両目からはらはらと涙を零す珂燿を見て白龍は狼狽えた。

「な、ぇ、おい。いきなりどうした? どこか痛むのか?」
「お、う……王」
「おう?」
「っ!?」

 白龍の疑問の声を聞いて自分を取り戻した珂燿は一気に身体の支配も取り戻す、涙もすぐに止まった。しかし、零した涙や言葉は戻らない。
 なんとか、なんとかごまかさなくては……。珂燿は姑息な手段を取った。

「痛みではありません。皇子に、友人が出来るなんて……予期せぬの事象に涙が」

 ううっ、と口元を覆い隠し、大仰に泣き真似をしてみせる。その姿に呆気に取られた白龍だが、すぐに涙がくだらない理由だったと思ってくれたようで憤慨した。

「珂燿、お前は!」
「御祝いを! はっ、しかしここは他国の王宮ですし赤飯とか炊けますかね?」
「炊くな! そんなもの!」

 上手くごまかし、主公の怒りも解いたら、珂燿は気をしっかりと持って二人の少年に挨拶をした。金髪の少年はアリババ、青髪の子供はアラジンと名乗った。

「御歓談の邪魔をしてしまい申し訳ございませんでした。主公がシンドリア王に拝謁しますので、今は失礼させてくださいませ。お二人さえよろしければ、これからも主公と親しくして頂ければと思うのですが……」
「勿論ですよ。俺達の方こそよろしくお願いします。な、アラジン」
「うん。僕はおねいさんとも仲良くなりたいな」
「……はい、仰せのままに」

 深みのある青い瞳の中に、灰色の女が映っている。
 その中に宿る光を見て、彼は知恵を手に入れていたのかと珂燿は悟った。そして、正体を知っても普通の人のように扱ってくれるアラジンに、珂燿は心から感謝した。

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