ネバーランドについて、彼女は語る


 先程とはまるで違って、通りの中は静けさに包まれていた。少し霧が出てきたのか視界は狭くなり、時折ギギギと巨大な何かが軋むような音がやけに遠くの空から聞こえてくるようにも思える。

「おい、一体どこに向かってるんだよ。そろそろ教えてくれても良いじゃねぇか」

「だから、ちょっとは静かについてきてって言ってるでしょ!あの子達に見つかったらどうするのよ!」

「そっくりそのまま返してやりたいセリフだよ、それ……」

 クリストファーは呆れたように溜め息をつくと、おもむろに立ち止まりグルリと辺りを見回した。

 広いこの通りの中にいるのは今や自分とウェンディの二人だけ。先程はあんなことがあったために一応彼女についてはきたものの、未だに少し彼の心の中には何かが引っ掛かっていた。

 ――絶対にこいつは何かを隠している……。きっと俺の消えた記憶に関する何か重要なことを……

 すると、そんな彼の思いに比例するかのようにウェンディが振り返り、少し微笑みを混ぜながらに問い掛けた。

「もしかして、まだ私のこと疑ってる?さっきも言ったけど、私はあなたを助けに来たのよ。この永遠の国から……」

 そして彼女は語り始めた。

「教えてあげるわね、この国のこと」





「ここはネバーランド。またの名を“永遠の国”」

 ウェンディは歩調を少し遅めながら、ゆっくりと説明を始めた。

「この国では本来、十五歳を過ぎた人間は国内に入れないルールになってるの。中には隠れて住んでいる人もいるけど、基本的には十六歳を迎えると“大人”とみなされてここを追放される」

「なるほど、通りでガキしかいないわけだ」

 今の説明で少し理解した。クリストファーは呆れたように額に手を置くと、こんな状況に立たされた自分を心の底から呪うかのように大きな溜め息を吐き出す。

 二人が歩く舗装の整った道路の脇に立つのはケーキ屋、パン屋、おもちゃ屋、ケーキ屋……そしてやはり次はパン屋だった。

 彼はチラリと横目でそれらを一瞥すると、この馬鹿げた並びの店達に納得のいったような声を上げる。

「確かにそれならこんな状況にも納得が行くわけだな。……で、その追放された“大人”達ってのは一体どうなるんだ」

「追放された者はピーターパンの城に連れていかれるの」

 そう言ってウェンディは遠くに聳え立つ城を指差した。

 先程はよく分からなかったが、どうやらその城には装飾が施されているのか、所々に電球やライトによる色とりどりのイルミネーションが見える。そして、先程から聞こえる『ギギギ……』という鉄と鉄が擦れるような謎の音も、どうやらそこから聞こえているらしい。

「連れていかれた人たちがその後どうなったのかは分からない。あなたなら何か分かってると思ったんだけど、やっぱり分からないわよね……」

「は?だって俺は初めてここに来たんだぜ。……多分。なのにこの国の仕組みが分かるわけが無いだろ」

「初めて?本当にそう思ってるの?違うわ、ここに私とあなたは前に………」



「それ以上のことを話すのは、さすがの僕でも目に余ることになるよ。ウェンディ?」



「!ピーター……!」

 ウェンディが何かを言いかけたその時、突然上から降ってきた少年の声に二人は思わず振り返った。

「あれが、ピーターパン……」

 振り返った先に建つケーキ屋の屋根上、そこに立っていた少年はクリストファーの反応を見ると、楽しそうにニヤリと笑った。




  



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