妖精の粉


「どうしてあなたがここに……!」

「なんでって、愛するウェンディあるところに僕はありって言うだろう?これ常識」

 ピーターはそう言って屋根の上で立ち上がったかと思うと、顔に掛けた鼈甲色のゴーグルを少しだけ持ち上げて下を覗き込む。

 あいにく二人の方からは目が見えずに彼の表情を確認することは出来なかったが、口元が緩んでいるところを見るに恐らく笑っているのだろうと見てとれた。

「で、初めましてクリストファー。……いや、この場合は久しぶり、またはまた会ったねとでも言うべきなのかな」

「……俺はお前みたいな変人、知り合いにはいないぞ」

「おや、これは心外だな。僕らは共に気持ちを分かち合った仲じゃないか」

 分かりきったようにそう語りかけるピーターに、クリストファーは心底不快そうな顔を向け隣のウェンディに問い掛ける。

「あれがお前やガキ共が言ってたピーターパンか?あんなに信仰されてるもんだから、てっきりもっとゴツい奴でも出てくるのかと思ったぜ」

「うんうん、まぁそう思うのも無理は無いよね。だって僕、この国の王様だもん」

 そう言ってピーターは大仰に両腕を広げて見せると、そのまま現在彼が立つ屋根の上から二人の元へと“飛び降りた”。

「ピーター!」

「お前、何して……」

 屋根を飛び降りそのまま重力に従って地上へと落下したはずのピーターは、なぜか二人の見上げた先の空中にて“浮いていた”。

「これが僕の秘密兵器、『妖精の粉』の力さ!万物は空を飛び、老いた者をまた若返らせる魔法の粉だよ」

 そう、彼は不可視な糸の上に乗っているわけでも、ましてやマジックもトリックも使った訳ではない。

 正真正銘、浮いていたのだ。

「妖精の粉……?」

 クリストファーが理解出来ないといった様子で首を傾げ、それを見かねたウェンディが説明に入った。

「妖精の粉は、この国の核でもある妖精、ティンカーベルから採取された特別な粉。空が飛べることは知っていたけど、まさか人間を若返らせることまで出来たなんて……」

「だってこんなこと、ウェンディに言ったら確実に全て没収された上に暖炉で焼き払われておじゃんだからね」

 彼はニコニコと小馬鹿にしたようにしてそう言うが、しかし次の瞬間にはその表情を曇らせ「それに……」と呟いた。

「子供のままの方がみんな幸せなんだ。大人になってしまうにつれ、僕らは汚いこの世の現実を知ってしまう」

「それはどういう……」

 陰りを帯びた彼の言葉と表情に、二人はどういうことかとその真意を探ろうとしたが、それよりも早く、当のピーターは先程のようなニヤニヤとした特有の表情へと戻り、二人を見下ろしていた。

「そうだねぇ……。もしもクリストファー、君がこの国の真相にたどり着くことが出来たなら。その時にはこの言葉の意味、分かるんじゃないかなぁ」

「この国の真相……?」

 クリストファーがそう聞き返すと同時に、ピーターは「そう!」と大きく声を上げ、宙を舞う。

 彼の飛んだ後から散らばる星屑のような金色の粉が、周りの街灯の光を浴びてキラキラと光り輝いた。

「この国は君と僕のために作られた仮想で幻想で空想で夢想で、そしてどうしようもない現実の世界なのさ!」

 彼はそう言うとフワリと二人の目の前に舞い降り、地上に着地した。

「それじゃあ、僕はお城にでも帰るとするよ。本当は歓迎パーティーでも開いてあげたいとこだけど……ウェンディ。余計なこと言っちゃ駄目だよ?僕らの約束、破るなんてことはないようにね」

「えぇ、分かってるわ……」

 ウェンディはピーターから目をそらしてクリストファーの方を見つめると、それから大きく息を吸い、決心を決めたように前へと向き直った。

「でも、私はクリスにはこの国から脱出してほしいと思ってる。そのために私は“ここ”にやって来たんだから」

「お前……」

 彼女の言葉を聞いたクリストファーは驚いたように目を見開く。

 だが彼は「そうだな」と大きく頷くと、ビシリとピーターに指を向けた。

「もし俺が帰るべき場所があるならば、俺はこのおかしな国を出て自分のあるべき場所へと帰らせてもらう。お前が言う、この国の真相を解き明かしてな!」

「へぇ……」

 するとピーターは楽しそうにニヤリと笑い、クルリと宙を旋回して空へと舞い上がった。

「それは宣戦布告と取って良いのかい?なら、僕は全力でそれを阻止しようじゃないか!君には君自身を知ってもらう訳にはいかない。辛いことも悲しいことも忘れて、永遠に僕らと一緒にこの国で遊ぶんだ」

 そして彼は、金色の粉を辺りに散らしながら、霧散するようにして周囲の景色に溶け込み消えていった。

 残された二人は一気に緊張が解けたように同じタイミングで溜め息をつくと、顔を見合わせ微笑み合う。

「あいつを見て決心がついたよ。俺はこの国を脱出して、自分のいるべき場所へと帰る。力を貸してくれないか?……“ウェンディ”」

「も、もちろんよ!改めてよろしくね、クリストファー」

 そして彼らは歩き出す。

 この常識の通じない、敵だらけの世界の中で、二人きり。




  



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