逆さま

調査兵団入団後2日目。
現在、ナナシの頭には血が上っていた。

「おーい。大丈夫か?」

5m程上からナナシを呼ぶ声が聞こえる。
安否確認を声をしているその人物は、名をナナバという兵士。
本日初めて顔合わせした彼女の印象は、中性的な顔だちでサバサバした性格の持ち主というところだ。
得体の知れない少女に対し警戒をしつつも、一応は心配してくれるらしい。
ナナバがナナシの目の前に降り立つ。その光景は目の前の景色と一緒に逆さまになっていた。
かれこれこの光景を彼女が見るのも10回目に差し掛かかる。
いい加減、正常な景色を拝みたいところだ。

「逆に大丈夫そうに見える・・・?」

宙吊り状態が大丈夫なわけがなかった。

−−−−−−−

時を遡ること2時間前。
朝食を済まし寮へ戻る途中、ナナシはハンジに呼び止められた。
寮へ迎えにいく手間が省けた。などと言ってナナシの予定など聞かずに引きずっていく。
連れてこられたのは団長室だった。
扉を開けるハンジの背後から室内を覗くと、朝日が差し込む中コーヒーを嗜むエルヴィンの姿があった。
一応軽く敬礼をしてから室内に足を踏み入れる。

「おはようナナシ。朝食は済ませたかい?」
「え、ええ。話って・・・?」
まさか優雅な朝のひと時を迎えているとは思わず、どもってしまった。東方司令部のあの忙しなさと汚さはない。
カチャンとカップとソーサーが重なる。

「君には早速訓練に入ってもらおうと思ってね。基礎体力の測定で問題がなければ、そのまま立体機動装置の実習に入る。訓練場へ行けば、君を見るよう言ってある兵士が居るだろう。」

「あ、あのワイヤーで飛べる装置か。気になってたんだよね。」
整備など各自でやるならば当然仕組みの理解は必要だ。分解できるかどうか、そこも教えて貰わねばいけない。などと思案していると、エルヴィンが2つ目の要件を切り出した。

「馬は乗ったことはあるかね?」
「うま?動物の?ん〜。歩く程度になら。」
その返答を聞くとハンジがエルヴィンに向けてため息をこぼした。
「そっか、だとしたら、馬の訓練も必要みたいだね。」
歩く程度の経験値じゃ、私は使えないらしい。少し眉が寄ったナナシにハンジが説明をしてくれた。

「ナナシ、ここでの移動手段は馬が主流なんだ。もちろん、壁外調査も例外なくね。だから、調査兵団としては馬と立体機動装置が扱えないと・・・」
確かにここへ来て車を見掛けていない、この分じゃ機関車も無い世界なのだろう。
「自分の死ぬ確率が上がるってわけね。」
「そういうことだ。次の壁外調査は一ヶ月後。それまでに人並みには扱えるようにしておいてくれ。以上だ。」

団長命令だ。しかし時間が無い。
一ヶ月後もしかしたら・・・なんて考えたくはないが、ナナシは訓練と並行してこの世界のことも詳しく調べなければいけないのだ。
必要な情報を得て元の場所に戻れるならそれに超したことはない。

「それじゃあ私と訓練場へ行こっか。昨日軽く案内はしたけど、迷われても困るからね。」
ハンジが訓練場まで付いてきてくれるようだ。正直、ナナシはまだ施設がうろ覚えだったので助かる。
彼女に続いて部屋を出ようとした刹那、エルヴィンが声をかけてきた。
「そうだナナシ。ここでの敬礼は右の拳を心臓の前に、左腕を後ろに組む形だ。」
そういえば先ほど入室時に軽く敬礼をしたが、それは右手をおでこの前に置く、ごく一般的なものだ。どうやらこの世界ではそれさえも違うらしい。エルヴィンに言われるままに拳を心臓へと置く。

「こ、こう?」

「ああ。あっているよ。」



その後、訓練場にて私の訓練に付くナナバ、ゲルガーと挨拶を交わし、基礎体力の測定を終えた。
結果として基準点をまあまあ満たしたということで、冒頭に戻る。

立体機動装置。これがとんでもなく難しく、ナナシは苦戦していた。
全身の各所に張り巡らされたベルトで身体を固定しつつ、それを利用しガスの噴射に合わせて体重をかけることで空中での移動を可能にさせている。
更に、ワイヤーを周囲に突き刺し落下を防ぎながら進行しなければならず、そのワイヤーはブレードのグリップで操作するという。
ちゃんと狙いを定めなければ、ワイヤーは空を切り、落ちる。
今日は、筋肉痛で眠れないと確信した。

ーーきつい。

「はぁ。私向いてないんじゃない?もっと楽に飛べる改良方法を研究する方がよっぽど合ってそうかも。」
「それは是非お願いしたいところだね。ま、最初のうちは皆こんなもんよ。」
ナナバに降ろしてもらいながらため息をつく。『全身の筋肉を意識して使いな。』とアドバイスをくれるが、そのアドバイスも10回目を迎えていた。
その様子を木の上から見下ろすもう1人の兵士、ゲルガーがかったるそうに空をあおぐ。
「なんだってこんな素人を次の壁外調査に連れてくんだよ・・・。こんな子守さっさと終えて酒が飲みてぇぜ。」

彼のこれは4回目。
こちらも出来る限り頑張っているというのに、その言い草にはナナシも少し頭に来てしまった。

「そんな上から観察してないであなたもアドバイスくらい言ったら?子守役なんでしょ!」

木の上から少々不機嫌な空気が伝わってくる。
この男ゲルガーは、ナナシの立体機動装置の訓練1回目を見てからずっと木の上にいる。
加えて体力測定時から不満の声をあげていたことから、訓練に付き合う気がないらしい。
いきなり世話をしろと指示を受けたんだろう、側から見ればナナシは「怪しい女」なわけで非協力的になるのは理解はできる・・・だが、態度だけならまだしも、物理的にも上からモノを言われる状況がなかなかに、ナナシを不愉快な気分にさせた。

これまで彼に与えられた情報で有益だったものは、体力測定の記録の読み上げのみ。
何故エルヴィンは彼をナナシに付けようと思ったのか。
上手く立体機動装置を乗りこなせないうえに、訓練を受ける立場として遠慮してたが、それをやめることを決めた。とりあえず、地面へ近づいて頂くことにする。

ナナシは手を合わせ、彼の居る木に手を付く。
その光景を2人は不思議そうに眺めていた。
「まさか、木を這い上がるつもりじゃねぇだろうな?」
ゲルガーは鼻で笑いながらナナシを見下ろした。
彼らに直接錬金術を見せたことはない。なのでこの行動理由について理解できず、呆れ顔を浮かべた。

ーーふふ、油断していろ。

ピシィっと錬成反応が幹を一直線に登り、ゲルガーの居る場所まで到達する。
到達までの時間は1秒もかかっていない。
ゲルガーが目下で光を認識した時には、既に巨大な木造の手によって握られていた。
握られた勢いのまま地面へ降ろされる。このままいくと頭が潰れるだろう。
「うあああああ!!!何しやがる!!!!」
「ゲルガー!!!」
混乱と怒りをあらわにしながら叫ぶゲルガーと、予想だにしなかった事態に動けずにいるナナバ。
2人とも、木から巨人の腕が生えてきたと一瞬錯覚をし、そして最悪の結果を想像した。


が、覚悟していた衝撃も、想像していた絵図も2人には展開されなかった。

「メイドイン私の絶叫マシーン、楽しかった?」

ゲルガーの顔を見てニタニタと笑う。
その身体は木に捕まれたまま逆さまに地面へ落とされるすんでのところで停止していた。自慢のリーゼントが微かに地面と接している。
「クソ、念のためブレードも装備しておくんだった!アンタ、やっぱり・・・!」
今にも素手で飛びかかって来そうなナナバ。
それを見てナナシは否定の言葉を述べるがニタニタ顔は収まらない。
「違う違う、違うよナナバ!私はあなた達の役に立ちたくて、真・剣・に!この装置を扱えるようになりたいんのよ?それなのに彼は高みの見物、あんまりじゃない。なんにも私に協力せずにただ居るだけなら、私の訓練が終わるまでずっとそのまま逆さまでいても問題ないわよね!」
彼女の顔が勝ち誇った笑みに変わる。

「アンタの訓練を見るのは団長からの命令だし、ちゃんと指導するわ。・・・トロスト区の一件後に突然入団した理由がなんとなく分かった。でも、こんな真似もう1回でもしてみろ。そん時は敵とみなす。」
ナナバはナナシを睨みながら親指でゲルガーを指さす。
「訓練は、アイツを離してからだ。」
木に掴まれたままのゲルガーは、してやられた状況と逆さまな状況が相まって、真っ赤になっていた。


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