審議

「貴様、虚言で言い逃れようってんじゃねぇだろうな。」

ナナシの発言にまたも警戒を強くしたリヴァイ。反対にエルヴィンは至って冷静な表情を見せている。

「私は彼女のその説を信じよう。」
「あ?お前まで頭が狂っちまったか?」
「そうだよエルヴィン。確かに見たこともない技術ではあるけども、可能性があるとすれば、壁100年の歴史以前の技術を受け継ぐ人間であるとか・・・、それでも驚愕的な事には変わりないけどさぁ。」
現実的にありえないよ!と、ハンジが頭を抱える。
「君がそう結論を出した過程を聞いてもいいかな?」
エルヴィンがナナシの目を真っ直ぐに射抜く。
「・・・、私だって信じたくないのが本音。何となく思ったの。この、壁に囲まれた異様な国の存在も知らないし、巨人だって聞いたこともない。私が居たアメストリスもココの住民は知らない。あなた達は知ってる?」

静かに頭を振るエルヴィン。

「そっか。私は目が覚めたらココの森林の中だったわ。そこから少し歩いた村で匿って貰ったのちに、壁の外を目指せるあなたたち兵団の話を聞いてとりあえずトロスト区に来たの。居たのは調査兵団じゃなくて気持ち悪い巨人だったけどね。」

ピクッとリヴァイの眉が引きつる。

「流石にあの壁を超える巨人には恐れを感じた・・・と同時に興味も沸いたけど。賢者の石の保持も無くして再生能力を持つなんてね。あの存在自体が錬金術を否定するもんだし、扉が・・・」

そこでナナシの言葉が詰まる。

そういえば、エドワードが開けた扉で私が扉をくぐるなんて、それこそ術者を無視しているんじゃ?
やはりそこから違和感が生じている。
真理は世の理でもあり神で私でもあり存在しない者でもある。それが意味もなく扉をくぐらせる訳がない。通行料は一体・・・


「おい、扉がなんだ。」
リヴァイの呼びかけにハッと意識を目の前に戻す。

「あー。私もまだ整理がついてなくて。」
真理の扉の説明なんてしたって到底理解して貰えないだろう。扉については誤魔化しておく。
「目が覚める前に夢を見たのよ。扉があってね、その扉に呑み込まれたら頭が痛くなって・・・そしたら、なんやかんやで今に至るってわけ。異世界だとしたら巨人の存在もありえるし、ハァ、改めて認識すればするほど最悪な状況ね。」

ナナシはため息まじりに片手を腰に当てて首を振った。

「まるでおとぎばなしの女の子みたいだね。」
「イカれた妄想話の間違いだろ。」
「な、何よ。私は正気よ。別に信じなくてもいいけどさぁ。」
少しリヴァイを睨みつけたナナシは、エルヴィンへ疑問を投げかけた。

「あなたが団長さん、だよね?過程は以上な訳だけど、どうしてこの現実離れした仮説を信じるって言い切るの?もしかして事例があるとか?あと、あのナイルってやつ等が出て行った後にこの話をしたのは何故?」

「すまない、紹介がまだだったか。私はエルヴィン・スミス。調査兵団の現団長だ。それと兵士長のリヴァイに第四分隊長のハンジ。」
エルヴィンの紹介に合わせて当人達に顔を向ける。
ハンジは軽く手を振る仕草を見せたが、リヴァイは舌打ちをした。
「質問についてだが、勘だ。強いていうなら、そうであって欲しいという私の希望かな。二つ目の疑問は、単に聞かれたくなかったからだ。調査兵団での引き取りが難しくなるだろ?」
「え、元から引き取るつもりだったってこと?」
「そうだな。」

食えないやつ。とナナシは口を尖らす。

「いやー、もし本当なら、異世界人なんて初めて会うよ!よろしく!さっきの話の流れで聞きたい箇所もあるんだけどさ、エレンについては知ってるよね?今そのことで忙しくてね。これからエレンの審議会が行われるんだけど、」
チラッとハンジがエルヴィンを見ると、彼はその先を続けるようにと頷いた。
「君も参考人として参加することになってるんだ。」

「これから?」


−−−−−−−


ナナシはエルヴィンとリヴァイの後ろで傍聴していた。

連れて来られた審議場には組織のトップであるダリス・ザックレー総統をはじめ、各上役の人物が集められていた。
その中には、ナナシの知っている顔もチラホラ見受けられる。
審議場の中心には、腕を縛られたエレンが膝を付き困惑した表情を見せていた。
そんな彼を取り囲み進行している議題は、彼の『巨人化』に対しての処置方法だ。
組織の大半がエレンの処分を求めている状況の中、エルヴィン率いる調査兵団は、巨人の力を利用するためエレンの引き取りを提案した。
引き続き壁外調査を行う姿勢に対し、1人の男が壁の扉を完全封鎖するべきだと唱える。
しかし、その提案は思わぬところから否定を受けることとなった。

「神より授かりしローゼの壁に、人間風情が手を加えると言うのか!!」

声を荒げたのは、黒装束に彫りの深い顔立ちの男性。
周囲の人間はシラけた視線を送るか、我関せずといったところだ。

「ね。あのうるさい人は誰?カルト的発言だけど、壁ってもしかしてあの壁?」
ナナシは小声で隣にいたハンジに聞く。
名をニック・ディアス。
どうやら彼は、壁を崇めるウォール教の司祭を務めていて、兵団所属ではないが、特別に立ち合いが認められ参加しているという。
「ふーん。どこにでもイカれた信者ってのはいるんだね。面倒臭そ。」
ニック司祭はまだ話を続けているが、ザックレー総統が話を戻した。
「エレン、君に質問がある。報告書の記載に<巨人化直後、ミカサ・アッカーマンとその場に居た少女を目掛けて3度拳を振り抜いた>とある・・・」

エレンはそこで初めて知ったというようにミカサの方を振り返った。

「そこでまず、その場にいた少女の話を聞こうか。ナナシといったかね、証言を。」

そのために呼ばれた訳か。と理解したナナシ。面倒だと思いながらも、エレンが処分されないようにしなければと口を開いた。
「えー、ナナシです。」
前に居るエルヴィンの背に隠れていた姿をあらわにし名乗りを上げると、視線が一気に集中し顔が引き攣る。
エレンも例外なくナナシへ視線を向けた。

「(作戦時にいた子だ。なんで調査兵団のいる席にいるんだ?)」

ナナシに対してのエレンの記憶は、巨人になる前に少し話をしたくらいだった。

「襲われたのは事実です。ミカサへの攻撃も目にしてます。攻撃自体は単調で回避出来るレベルでした。また、自我を取り戻した後に危険性はなく、目的を達成することもでき、更に力をコントロールできるよう強化すれば利用価値はあるかと。彼が自我を取り戻した過程や、保っていた時間などを調べる必要はありそうです。」

ザックレー総統の目が訝しげにナナシを見つめる。ついさっき兵団へ入団したばかりの素性の分からない女なのだ。ともあれ審議会の進行を止めることは出来ないので、その視線は一瞬で次の証言者、ミカサへ移った。

「では次にミカサ・アッカーマンは?」
緊張した面持ちでミカサが返事をする。
「ナナシの証言通り、事実です。しかしそれ以前に私は2度、巨人化したエレンに命を救われました。」
それは巨人と榴弾から意図的にミカサを守ったという証言だった。
次いでナイルがその事実にミカサの個人的見解が多く見受けられると述べる。
加えて、2人の過去に正当防衛ではあるが強盗を刺殺しているという情報を持ち出し、人間性の問題を主張した。そして審議場の空気がだんだんとざわめき、ミカサも巨人なのではという疑いの声が飛び交い始める。
その疑いの声はもちろんエレンの耳にも届いたいた。

「違う!・・・いや、違い、ます・・・・・・」

エレンが思わず否定の声をあげる。
「オレは化け物かもしれませんが、ミカサは関係ありません。無関係です」
反抗的な態度のエレンにナイル等の顔に怒りの感情が現れ始めるが、追い討ちをかけるようにエレンは更に続けた。

「巨人も見たことないクセに何がそんなに怖いんですか?力を持ってる人が戦わなくてどうするんですか。生きるために戦うのが怖いっていうなら力を貸してくださいよ。この腰抜け共め・・・。」

「いいから黙って全部オレに投資しろ!!!」

エレンの叫びに審議場はシンとなり、一瞬にして怒りから恐怖の表情へ変わった。
ナイルの指示で兵団員が銃を構え発砲準備をする。が、銃から煙が出るより先に、エレンの歯がぶっ飛んだ。
リヴァイがエレンの顔面を蹴り飛ばしたのだ。
一呼吸も置くことなくリヴァイはエレンを蹴り続ける。
誰も予想できなかった展開に唖然とする一同。
助けに入ろうとするミカサを引き留めるアルミンと、調査兵団員だけが状況を理解しているようだった。
「これは自論だが、躾に一番効くのは痛みだと思う。今お前に必要なのは言葉による教育ではなく、教訓だ。しゃがんでるから丁度蹴りやすいしな。」
リヴァイはエレンの頭を足で踏みつけにしながら、審議場全域に聞こえるようにエレンに語りかけ始めた。そこでナナシも状況を理解し、思わずヒュ〜と場違いな口笛を響かせてしまう。
「なるほどね、あんた等も策士ねぇ。」

これは、恐れる対象物を調査兵団は管理出来るという印象を誇示し、身柄を渡さないための演出だった。併せてエルヴィンが本題を持ち出す。

「総統、ご提案があります。エレンが我々の管理下に置かれた暁には、その対策としてリヴァイ兵士長に行動を共にしてもらいます。」
「ほう、できるのかリヴァイ?」
「殺すことに関して言えば間違いなく。問題はむしろ、その中間がないことにある。」
そんなリヴァイを睨み続けるミカサを見て、ナナシは意外とミカサは感情を抑えることができるんだなと思った。
ミカサにとってのエレンは、ナナシにとってのキンブリーに近いものがあると感じていたからである。もし、キンブリーが作戦であっても目の前で一方的になぶられでもしたら、相手を殺すだけじゃ足りないだろう。
その後会議は進み、次回の壁外調査にエレンを連れ、彼が人類にとって有意義な存在かを証明するというエルヴィンの提案を呑んだ。調査兵団引取が確定したのだった。

−−−−
場所は変わり、控え室。
部屋に置かれたソファには、エレンだけが座っていた。

そんなエレンへ、エルヴィンが今回の件についての謝罪を申し出る。
その向かいではハンジがリヴァイへ兵法会議での苦言をこぼし、ミケは窓の外を眺め続けていた。
そこに青白い光がほとばしる。

「濡れたタオルできましたよ〜っと。はい、エレン少年。」
「え。あぁ、ありがとな。・・・いや!なんだよ今のは!」
何が起こったか分からず返答が遅れるエレン。
「そっか、エレン少年の前で使った時は巨人だったから覚えてないのかな?ま、今度詳しく話すよ。今は早く顔を冷やしたら?ブサイクだよ。」
「っ、なんだよそれ・・・。」
納得のいかない顔をしてナナシから受け取ったタオルを患部に当てる。
それはまるで氷水に浸ってたかのように冷たく、一瞬だけ体が揺れた。
次いでリヴァイがエレンに話しかける。
「なぁ。エレン、俺を憎んでいるか?」
そう問いかけながらもソファへ荒々しく腰を下ろすリヴァイ。その際に組んだ足の先がナナシのスネに当たり、舌打ちもプラスされた。
エレンはそんな彼にビクつきながら否定の意を表す。
「ほんとに躾られてるじゃん。」
「限度ってものがあるでしょうリヴァイ。歯が折れちゃったんだよ。」
「解剖されるよりかはマシだと思うが。」
全く悪びれない態度のリヴァイに、ほら、と言って大事にガーゼで包まれた歯を見せるハンジ。会議が終わった後、真っ先にエレンから抜け落ちた歯を取りに行き、興奮した表情で戻ってきた事をナナシは目撃していた。

「そうだ、ナナシのその術で歯は戻せないの?」
「んー。そもそも医療分野には長けてない技術だからねぇ。止血くらいならできるかも。」

口開けてみて、とエレンを催促し覗き見るナナシ。
その眉間が徐々に皺を作っていくのを見て、エレンも一抹の不安を覚える。

「・・・歯、生えてるんだけど。」

ナナシの言葉に一同は、冗談だろ?と思ったに違いない。現に皆の顔がそう物語っている。

「ねぇ、やっぱ解剖してみない?」
真顔でエレンの口から視線を逸らさず言い放つナナシ。
当然エレンは驚きの表情に変えるが、リヴァイが座ったまま彼女の膝裏を蹴る。
ナナシは折りまがった膝からその場に崩れ落ちた。


この日はこれで解散する運びとなり、各自持ち場へ戻る。
ナナシは明日、調査兵団本部の案内をしてもらうことになった。そのため、一先ず本部近くの寮へハンジと向かう。




余談だが、控え室から出る際の追い越しざまに首筋の匂いを嗅がれた。
ナナシにとって、今日1番の嫌な出来事となった。


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