報告書


避難したその後、ミカサやアルミン、エレンと関わりのあった人たちが順次呼び出され、事情聴取が行わられた。エレンとトロスト区で起こった出来事の取り調べである。
その中でエレンとは別に、『普通では有り得ない存在』としてある1人の少女の名があがった。

『ナナシ』
そう書かれた文字を、男が指でなぞる。

男は執務室のデスクの前に佇んでいた。
彼の名はエルヴィン・スミス。調査兵団第13代団長である。
その様相は金髪碧眼。制服の下には、鍛えられたしなやかな筋肉美が隠されていることだろう。
乱れなくセットされた髪型には、彼の生真面目さが伺える。

彼は報告書から目を離さないでいた。

奪還作戦に参加した兵士の殆どが殉職。そのため目撃者が少なく有力な証言がない。
リコ・ブレツェンスカの報告書によると、何もないところから氷や柱、槍などを形成し、巨人討伐への補佐をしていたという。
しかも、兵士でも訓練兵でもない少女と記述されている。
一体何者なのだろうか・・・。

エルヴィンはそこで一旦思考を止める。
彼の元へ2人の人物が近づいてきたためだ。

「それ、例の子の報告書だね?その子、うちに来ないかな?」
「正気かクソメガネ。外から来たという証言が本当なら新種の巨人かもしれねぇ。エレンとかいうガキみたいにな。」

髪をハーフアップにしたメガネの女性と、目つきが鋭く背の低い男の言葉に、ようやくエルヴィンは資料から目を離した。

「私は良いと思うんだけどなぁ。新種の巨人だったとしても協力的だったと記されてるし、エレン・イェーガーに加えて、巨人の解明に一歩近づけるとは思わない?ねぇエルヴィン。」

「私はどちらも調査兵団での引き取りを考えているよ、ハンジ。加え、非常時になれば即座にリヴァイ、君が対処をすればいい。」

「・・・チッ。この世は非常時だらけだぞ。」
「ハハ。確かにそうだな。しかし、調査兵団の中で人類最強と謳われる君にこそ任せられる。すまないが拒否権はない。」

リヴァイと呼ばれた男は盛大な舌打ちを鳴らし、眉を歪ませながら執務室の窓際に移動し壁に寄りかかった。

「そろそろナイルが来る頃だ。ハンジにリヴァイ、念のためすぐに拘束できる準備をしておいてくれ。」



ーーーーコンコンッ
執務室の扉が鳴る。

「ナイルだ、入るぞ。エルヴィン。」
「あぁ。」
短い返事を聞いて2人の人物が入って来た。
1人は憲兵団師団長ナイル・ドーク。不揃いにカットされた短髪に顎髭を蓄え、その顔には疲労が浮かんでいる。

「ピクシス司令、わざわざ足を運んでいただき恐縮です。」
「それには構わんよ、エルヴィン。」
もう1人は南側領土最高責任者ドット・ピクシス。先のトロスト区奪還作戦では柔軟な判断力で指揮し、見事作戦を成功させた。

「早速だが、エルヴィン。例の少女を連れて来ている。」
ナイルが扉へ合図を送ると、女兵士に連れられた少女が現れた。
「その報告書を書いたリコ・ブレツェンスカと、」
「初めまして、ナナシよ。あなたがトップね、会えて嬉しいわ。」

前に出て挨拶するナナシに、リコは眉間を寄せながら自らの腕を後ろに下げた。
よく見ると、下げたリコの手には鎖が握られており、それはナナシの手首へと繋がっている。
繋がれた鎖を引かれて後ろへよろめくナナシに、エルヴィンが口を開く。

「君は調査兵団へ入団を希望しているとか。入団させるには少しばかり、いや、大分情報が少なくてね。ピクシス司令の推薦や君に助けられたという兵士の証言と、危害はなく好意的であることから審議会は行われないが、我々は君を信用していない。」

「俺はエレン同様審議会にかけるか、すぐさま処分するべきだと総統に掛け合ったんだがな。」
ナイルという男は、異端な存在は排除すべきだという保守的な思考の持ち主らしい。

「ま、私も同じで信じられないよ。あの巨人も、あんた達のことも。」
「では何故入団を希望する?」
「巨人への興味と、一番は自分のためよ。壁の外に出たい。」

ーー外?訓練兵の証言では外から来た可能性有りとあったが・・・。

1つ引っかかるがエルヴィンは質疑応答を続ける。

「何もないところから氷や柱を形成させるとあるが、これはどういったものだ?」

「それは錬金術と言って、等価交換の法則に成り立つ学問と術式を用いた技術なの。原則として、1の性質のものからは同じ1の性質のものしか錬成できない。」

ナナシは手を合わせて鎖に手を当てる。
「こんなふうに、ね。」
パキンッと音を立てて鎖はちぎれ、錬成反応を出しながらナイフへと姿を変えた。
すかさずリヴァイがナナシの腕を蹴り上げ、ナイフは宙を舞い後方でカランと音を立てた。
「いったいな。何もしないってば。」
「余計なことをすれば殺す。」
そう言って素早く背後に周りナナシの両腕を背中で拘束する。

「あー、どうぞ。んで!錬金術は物質の構成を理解して、分解、再構築してでき上がり!ってわけ。構築式を理解できずに錬成すると失敗するし、術者に身体的被害が及んでしまう場合もある。便利な術だけど、術者の力量が如実に出るの。」
「氷というのは?」
「それは私の作った錬金術で、大気中の水の分子量を凝縮して錬成してるの。大気中だと、大体4m3の範囲しか錬成できないわ。プラスで水があれば、より質量のある氷を錬成できる。つまり雨の日は最強ってこと。」

リヴァイに拘束されたままだというのに、すごいでしょー!私強いよー!使えるよー!と笑うナナシ。

「ピクシス司令。トロスト区奪還では彼女の功績はいかがでしたか?」
「全滅するかとも思われていた精鋭班も、彼女のおかげで助かっている。立体機動装置が扱いにくい平地において突起物を作り、応戦しやすい環境を形作ったとか。」

トロスト区へ駆けつけた際に調査兵団が見た不思議な突起物。ナナシの所業だと分かったエルヴィンは何かを考えるように顎に手を置いた。

ーー扉付近にあったアレは彼女が作り出したものだったか。
やはり、処分するには惜しい技術だ。

エルヴィンは顎に当てていた手を下げ、真っ直ぐにナナシを見た。

「最後の質問だ。“君は、何者だ?”」

その質問に、きょとんとした表情になるナナシ。

「なにそれ、人間よ。」
「フッ、そうか。であれば、入団を許可しよう。」

挑発的な笑みを浮かべる彼女へ、調査兵団入団の許可をくだす。
対して彼女の態度は変わらず、「よろしく」と告げた。
リヴァイに拘束を説くようにと指示し、ことの結末が確定したのでナイル、ピクシス司令、女兵士が執務室から退室した。
室内に居る兵団はエルヴィンとリヴァイ、ハンジのみ。
鎖を外し手首をさすっているナナシに、エルヴィンが語りかける。

「先ほど最後と言ったが、すまない。もう一つ質問を追加する。」

彼女は、まだ、隠している。

「ここは、どこだと思う?」

エルヴィンの言葉を聞いて弾けるように顔を上げ、目を見開いた。

「この世界を、君はどう思う?ナナシ。」

「な、なにを・・・」

ナナシは引き攣った顔で誤魔化そうとし、リヴァイやハンジは何のことこか検討がつかず頭にハテナを浮かべていたが、リヴァイが何か感づいたのかナナシに体を向けた。

「そういえば、さっき壁の外に出たいと言っていたな。報告書には外から来た可能性ありとあった。・・・貴様、なにか隠してるのなら、さっさと吐きやがれ。」

エルヴィンは異質なナナシの存在になにを思っているのか。

ナナシは確かに、ココへ来てから思っていたことが一つある。心のどこかでそうではないかと、違和感がずっと頭の片隅にあって、その違和感は嫌な仮説を掻き立てていた。
でも現実にそんなことはありえない。

“ありえないなんて事はありえない”

今となっては懐かしさを覚えてしまう声が蘇る。

そうだ。ありえないなんて事はありえない。
一つの可能性を自分の思い込みで潰してしまうことがどんなに愚かな行為か、錬金術師としてナナシはよく理解している。
しかし、理解はしても信じたくはない。

早くしろ、と言いかけたリヴァイと、エルヴィン、ハンジへ、意を決してありえない仮説をナナシは口にする。



「ッ、異世界だと・・・思う・・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・・・え!?え、ええええええ!?!?い、異世界って、異世界ぃ!?」

数拍置いて、ハンジの体が大きく揺れた。


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