詰まる息


 
 
ザーっと鳴る海の音。目を瞑ってその音だけを聞いていると、大丈夫だ。君の居場所はここだよ。と言われているような気がして、安心できた。



「うぉい…そろそろ帰ってこい」

「私は、まだ忘れられないの。このままだとザンザスの期待に答えられないの。私を拾ってくれたのはザンザスだけなのに。」

あの日、汚い私を拾ってくれたザンザスは私の全てになって、彼のためならなんだってできると思っていたのに。私はザンザスの期待に答えられない。期待に答えられない部下などいらない。私は必要ない。

「めんどくせぇぞぉ…今は別にお前はヴァリアーにいるだけで、」
「私は、かわいいかわいいってそこにいるだけでいいお人形さんじゃないの!!ザンザスの役にたてなきゃだめなの、いつか、もし、ザンザスに嫌われて捨てられたら、わたしはっ、わたしっ…」

ずっと堪えていた涙が頬をつたった。スクアーロは悪くないのに、スクアーロに怒鳴っても仕方がないのに。悪いのは戦えない私で、スクアーロはただ慰めに来てくれただけなのに、ザンザスに捨てられたら、と思う不安と焦りに駆られて怒鳴った私の頭をガシガシと乱暴に撫でたスクアーロは、そのまま私の身体を持ち上げ、目の前に在る水の中に私を放り込んだ。

気管の中に潮水が流れこんできた。

「っゲホッ‥っはぁっ…」

苦しい。胸が苦しい。助けて。ここにいるんでしょ?ねえ。

「別に忘れろとは言わねぇ。でもいつまでここに囚われてもお前が前に進めないだけだぁ。ちょっとは頭冷やせ」

「っ勝手なこと、言わないでよ!私が彼を覚えていなきゃ、彼のもとに来なきゃ誰が彼を想ってあげるっていうのよ!!」

私のせいで死んでしまった彼には、何もなかったのだ。私以外。親も友達も仲間も、誰もいないのだ。ザンザスが拾ってくれた私とは違う。私しかいないの。

「誰もここにはいねぇぞぉ。お前が大切に思ってるやつは、ここにはいねぇ。」

一瞬息が止まる。
まとわりつく水はただの水で彼はここにはいなくて、ここに囚われていたのは私だけで。

「奴を殺してしまったことを後悔してるなら次は誰も殺さねぇように強くなればいいだろぉ」

「スク、ア…ロ…」

「でももう、ここに奴はいねえ。お前だけがここに残って後悔して、今の仲間をまた救えなかったら意味ねぇじゃねえか」

息が詰まる。これは水の中に居るから?




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