平常心
どうしても消えないトラウマというものが誰にでも一つや二つあるもので。それが目の前に現れた時、自分を保ったままいられる人がどれくらいいるだろう。
それは、いつも考えていないようで、いつでも心の奥底にずっと眠っていた。
私から彼を奪ったもの。大切な大切なものを奪っていった紅色。
「あーぁ、一色さんが大きな声を出すから勘付かれちゃいましたよー」
傷口に布を千切った簡単な包帯を巻いて止血をした後、周りに気配を感じて身を潜めた。
彼はやれやれと言った様子で首を大袈裟に振って見せた。斬られても、敵に囲まれても、上司が泣いていても普段通りな彼に少しだけ落ち着きを取り戻した私は、乱暴に自分の頬を流れる涙を拭った。
「そんな乱暴に擦ると、後から腫れてきちゃいますよー先輩ー」
拭ききれなかった雫をフランが優しく指の腹で拭う。暖かい、生きている体温。
大丈夫だ、彼は死なない。
「ここでは、そんなことをしていたら死んでしまいますよー。どんなときでも落ち着いて平常心を保たなきゃですねー」
後輩に諭された。フランは困ったようにふっと笑って、けだるそうに立ち上がると私の頭をぽんぽんと二度撫でた。
「影にこのままいてください。ミーがさくっと倒しちゃうんでー」
そう言って物陰から出て敵の元へいくフランを、私は手を握りしめて見守ることしかできなかった。