「昨日、医者に行きました」 「どっか悪かったのか?」 「まぁ」 「腹?」 「いえ」 「足?」 「いえ」 「何処だよ」 「頭です」 「…マジで」 「マジです」 「あー…どんな感じに?」 「シリウス様を錯覚だと思う自分が居て、私はそれを振り払おうとするのです」 予約した時に準備をするものを事細かに説明して居て助かった。診察室に入った途端、屈強な男達が二人がかりで羽交い締めにしてくれたけれど、動く腕を止められる筈も無く一人は顎を、一人は鼻を粉々に砕いてしまった。目玉を血走りぎょろつかせて居た顔を見る限り、そこら辺の破落戸みたいだったから、もしいつか闇討ちされたらどうしよう。一応報酬は顔面修理してもお釣りが出る位にあげたから、今までそんな事は無いけれど。 「その自分はシリウス様を現実の人物と見做して、現実と幻想の見分けがつかなくなって居るらしく、お陰で私はその自分に全力で反抗します」 「俺目の前居るんですけど」 「顎と鼻を卵みたいに潰してやりました」 「お前意外と鬼畜な事するよな」 イイデスカアナタハジブンノモウソウニトリツカレテイルダケナンデス。巨大な肉の塊の様になった人達に押さえ込まれ、暴れて居る隙に鎮静剤を打たれ、体という体から力という力が抜けて行った。 実際鎮静剤はかなり痛い。打たれる時の痛みではなくその脱力感が言い知れぬ程精神的に辛く、見えない怪物に足先からムシャムシャ喰われて居る気分になる。 指から腕を舐る様に、耳は次第にピアスを10個連続で開けても痛くない程に。 自分を鎮め、私は安堵して行く。後はただ、雨の様に降り懸かる必死なセラピストの声を濾過して、寝かされたベッドのシーツを濡らして行くだけなのだから。 「私が信じられなくなりそうなんです」 「信じとけよ、何も間違えてねーから」 「…夢でなければ、良いのですが」 「何も心配する必要なんかねーよ」 「…」 「見える物が総てだろ。 少なくともそう考えてりゃ、幸せだ」 「、」 「…行くぞ」 「はい」 「離れんなよ」 「…はい」 今行きますと呟いて、舌を噛んだのは三日前。口内に命の味が溢れかえるのを感じながら、それでも私は幸せなのだと叫んでみせた。 世界に間違いなど無いけれど、少なくとも今の私の世界だけは黒ずんで、暗闇の様に光って居るのだろう。 それで良かった。私は幸せだった。 彼から離れて何処かへ向かう方が、私にとっては何倍も怖かったのだ。 幻葬 (あなたと出逢い過ごしてきた日々が全て幻だったと言うの) ×
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