舞葬(ドラコと夢子)




家の後ろに深い深い森がある。春にはさわさわと涼しげに揺れる、夏には陽射しに喚起する、秋には見事な紅金に染まる、冬には木枯らしにすすり泣く、鬱蒼としているようで閑散としている、開放的に見えて閉鎖的な、不思議な場所だ。
一応それは誰かの親の、もっと言えば私の友達の親が所有しているものだったらしいのだが、私達にして見ればそんな言葉の境界線など不必要に等しく、学校が終わればすぐに鞄を放り投げ、飽く暇もなく草々を掻き分け砂利を跳ねて、連日のように遊びに出掛けていた。

とは言っても、別に猛獣の類や幽霊や、俗に言う「よくないもの」がいるわけではないから、親達はせいぜい、無茶して怪我をしないように、私達に言い聞かせることしか出来なかったのである。
──ああでも、一つだけ、まるで怪談話みたいにきつく言い聞かされたことがあった記憶がある。薄暗い玄関を開ける一瞬の前に、必ず言われていたそれは、今でもしっかりと、覚えている。それが、

「『きつねのろうそく』、か?」
「そう、」
「どんなものなんだ?魔女のお前が注意するようなものなら、化け物か何か…」
「まあ最後まで聞いて、」

それで、私達は「きつねのろうそく」とは何かを、毎日想像していたのだ。何しろ親達は名前だけしか教えてくれなかったし、近所の人に聞いても良く分からなかった。だから私達は幼いがゆえの旺盛な想像力を惜しげなく発揮して、自分勝手な推論を次々とまくし立てていた。恐ろしい魔法使いだとか、その場所特有の不可思議な現象だとか。一番有力だったのは、彼が唱えた神隠しのきつねバージョンという説だったか。
いつぞやかは忘れてしまったけれど、ちゃんと覚えている。いつか必ず、「きつねのろうそく」を見つけようなんて、二人の中ではちゃんと約束していたのだ。

「ある日私は、お祖母様からもらった、大切なバレッタを落としたの」
「バレッタ…?ああ、あれか、」
「貰ってすぐの頃だったからかなりショックで、泣きながら夜の森に行ったわ」
「怖くなかったのか」
「怖かったわよ。だけどそれよりも、怒られることが何より怖かった」
「逆だろ普通…」
「でも一人では怖かったから、途中で彼の家に行ってついて来て貰ったの。彼ったら怖がりな癖に虚勢を張って、おもちゃの杖を持って一緒に来てくれた」

けれど、夜の森を私達は知らなかった。つい半日前まで、自分の庭みたいに走り回っていた場所なのに、温かくて優しい明るかった白い森は、冷たくて意地悪で、黒ずんでいるように暗かった。
私の手にはびっくりする位に冷や汗でべとべとしていて、途中何度も手が滑って、彼の背中にぶつかった。そのたびに彼は転ばぬよう踏ん張っていて、ますます私の中の申し訳なさは募っていた。
月は丸く、星は白く、空気は青く。
けれど私達はそんな闇の中を、ただ無様にふらふらさ迷っていた。

「──そしたらね、光があったの」

ぽぅと、死んだ螢よりもか弱い、まるでそう、ろうそくが吹き消される一瞬の瞬きのような、灯りと呼ぶにはちょっと勢いに欠ける位の光が、咲いていた。
…本当は「生えていた」、の方が正しいのだけど、幼い私達の目にはちょうど、月光花のように美しく見えたから。
バレッタはそこに落ちていて、その光をまとめて反射していた。私達は喜んでそれを拾って、そして家に帰った。

「──でも、この話はそれで終わりじゃないわ」
「『きつねのろうそく』?」
「そ。後から調べて分かったんだけど、『きつねのろうそく』ってあるきのこの属名なの。細長くて先端が赤くて、別名『きつねのえふで』とも言われてるわ」
「へえ、そうなのか」
「元々ああいう風に光るものではなかったらしいんだけど、魔法界にあるんだもの、突然変異でそうなったみたい。
ああ、この話の落ちだけどね、」
「?落ちがあるのか」
「ええ、その後ね、」

私は、彼には内緒で、そのきのこを持ち帰ったのだ。赤いところがキラキラして綺麗なそれに、あの頃の私も、そして今の私も、未だに魅入られたままだ。

「私、彼にそれを食べさせたの」

おもちゃの杖を振り回しながら歩く彼を、ふざけた風を装って、後ろから羽交い締めにした。何するんだよって照れたみたいにこっちを振り返った彼の口元に、『きつねのろうそく』の先端についてたべとべとが、ルージュみたいに跡をつけたのを覚えてる。お母様がしているような、真っ赤で綺麗なルージュと同じ。
ごぐん、って嫌な音がして、彼はそれを飲み込んだのだ。何をされたか気付いた彼は、びっくりする位の力でしがみつく私を振りほどいて、ゲーゲー吐いた。でもしばらくしたら、今度は彼は地面にひっくり返ってぐるぐるのたうち回りながら、きっと『きつねのろうそく』が溶けたんだろう、真っ赤なキラキラした何かをゲーゲー吐き出して、ガクガク震え、

「彼は、『きつねのろうそく』に溶かされちゃったの」

ごぐん、と嫌な音を立てて、ドラコはそれまで美味しそうに食べていたきのこのソテーの皿をまじまじと覗き込んだ。
赤くてキラキラした綺麗な何かが入っていやしないだろうか、そんな顔をした。
私はにっこりして彼にキスしてあげた。
さあて、あなたはどんな真っ赤に染まるのかしら?楽しみだわ。ふふふ。



(『きつねのろうそく』に気を付けなさい。あれは真っ赤でキラキラして綺麗だから、きっとお前は魅入られてしまうよ)



舞葬

(美しさを秘める刹那を求め続けた末路がこれでは、)



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