薔薇

ヴォルデモートと庭に出るのは今日で4度目だ。今のところ週に2度くらいのペースでこの体力増強という名目の散歩は行われているが、わたしはちゃっかり心の中でこのイベントをお散歩デートと呼び、心を浮つかせている。

マルフォイ邸の豪奢な庭の中には植物園があり、多種多様の花々から所謂マグル界では見たことがないような不可思議な植物まで揃えられていて見所いっぱいだ。その中でも色とりどりの薔薇が集められている円型の広場があり、特にそこの手入れは注力されているようでロマンチックに整えられていて、それはそれは見事なもの。元平凡なOLで現在しもべのわたしでもお姫様になったような気分にさせてくれるので、庭の中でもお気に入りの場所だった。

ヴォルデモートはそれに気付いているようで、散歩の最後にそこで足を止めることが定番になりつつある。その紳士な扱いにわたしは嬉しいやら照れるやらで、かと言ってそのことに言及するのは野暮な気がして、心をそわそわさせながら薔薇を見て回るのだ。

「あ……!」

今日も散歩の最後に薔薇を楽しんでいると、初めて見る種が目に留まる。その発見を伝えたくて中央に設置された白のベンチに腰掛けるヴォルデモートの方へ振り返ると、彼は真っ直ぐにわたしを見ていたようでバチンと目が合った。そのことを知ると、見つめられていただろう全身、つむじから足先までが緊張して体が硬くなる。そんなわたしの様子までも愉しむように彼は目を細めた。そのまま動かないものだからますます戸惑って頬が熱くなる。しかしすぐにアクションを起こしたのは自分の方で、彼は次の行動を待っているのだと気付き、慌てて新顔の薔薇を指差した。

「こ、れ。前は無かったですよね?」
「そうだな。その色は初めて見る」
「綺麗ですね……」

それは青い薔薇だった。
夕方と夜の合間に見える群青色。

青い薔薇を生むことは不可能と言われる中、開発に試みる大企業が青とは言えないような青い薔薇を開発していたような気がする。しかしこんなにも鮮やかな青い薔薇を目の前にしてしまったら、もうそれは青には到底見えないだろう。其れ程までに見事で完璧な青色にうっとりと目尻を下げる。

吸い込まれるように魅入っていると、いつの間にか隣に来ていたヴォルデモートにスマートに腰を抱かれて心臓と肩が跳ねてしまった。いくら肌を重ねていても彼には免疫がつかないままで、いつまでも恋する乙女のような反応になってしまう。うぅ。

「……そういえば、ナルシッサが部屋に持ち帰ってはどうかと言っていたな」
「え、それは……すごく素敵ですけど……」
「では遠慮するな。どれがいい?」

いきなりの嬉しい話に心を躍らせながら、お気に入りを探す。すると少し上の方にあった1本が見事なフォルムだったのでそれを指差すと、ヴォルデモートは杖をナイフのように使ってその薔薇の茎を切った。彼が更に杖を振ると、切り離された薔薇の茎がリボンに巻かれる。そして、わたしにその一輪を差し出した。

……どきどきする。

わたしができないことを代わりにやってくれたこととか、リボンを巻いてくれたこととか、花を差し出してくれていることとか。
それだけでこんなに舞い上がって、幸せになってしまう。

「ありがとうございます」

ヴォルデモートから薔薇を受け取ると、リボンの触感。そこで、もしかしたら棘が刺さらないようにと持ち手にしてくれたのかもしれないと気付いて、心があたたかいもので充たされた。

ふわりと舞う良い香りを楽しみながら、暫くにまにまと薔薇を見つめていると、ヴォルデモートが口を開く。

「次はどれだ」
「え?」
「好きなだけ持ち帰ればいい」

1本でもこんなにありがたいのに、これ以上貰ったら逆に申し訳なくて辛い…!

「あの、これだけで大丈夫です」
「……相変わらず慎ましいな、お前は」

呆れてるような、でもどこか優しく聞こえる声色でそう呟きながら、彼は杖を仕舞った。

――――部屋に戻ると。

ナナシは自分が世界で1番幸せ者であるかのような顔をしながら、屋敷しもべが用意した花瓶に薔薇を飾った。巻いてやったリボンを捨てもせず、上手いこと花瓶に結び付けている……何とも面映ゆいものだ。

俺様の部屋に花が飾られるなど、久しいこと。
目にする度に妙な気持ちになるが、鬱陶しく取り去りたいという訳ではない。ただ、ナナシが大切にしている花が自分の部屋に飾られているということが、なんとも理解しがたい感覚をもたらす。

朝と夕方、毎日欠かさずに水を替えるナナシに半ば感心するが――1週間も経てば花は萎れてくるものだ。

もう少しで別れかと嘆きながら薔薇を見つめるその横顔を見兼ね、ナナシの隣に立つ。

この世界では、花が枯れることを嘆く必要は無い。

「元に戻すか?」
「え?」
「魔法を使う」

ナナシは驚いた顔でこちらを見上げたあと、再度薔薇を見た。あの日摘んでやったそれは花弁の一部が褐色に変わり、瑞々しさを失っている。
しかし、その姿を切なげに見つめながらもナナシはYESと言わずに黙っている。

何を迷う必要がある?
俺様が杖を一振りすれば、お前の憂いは消えるというのに。

「……大丈夫です。このままで」

その答えに、今度はこちらが驚く番だった。

ナナシの性格上、枯れゆくものを救えるならと、YESを選択すると思っていた。

「枯れてもよいのか?」

俺様の問い掛けに、ナナシはまた悩み出す。悩むくらいなら魔法に頼ればいいものを、一体どんな理由があると言うのだ。

かく言うナナシ自身もどう伝えたらいいのか難しいらしく、言葉を選び、詰まらせながら、答えを紡いでいく。

「……ずっとこのままだと、それが当たり前になっちゃう、ような。枯れるところまで見届けて、この花の良さがわかる、ような……気がして……」

……何を、言っている?

美しいままであることが当たり前になるのは良いことではないのか。
枯れた花を見て何が分かる。

刹那的な美しさを、求めているのか?

「えっと、当り前になっちゃうと、こう、じっくり見なくなっちゃう気がするんです」

……そのものの扱いが軽んじられるのが、嫌なのか。

無言になった自分に焦ったように説明を付け足す姿が小動物のようだ。つい頭を撫でてやれば、ナナシは恥ずかしそうに下を向いた。

「説明が下手ですみません……」
「いや、言いたいことは分かる。しかし理解に難儀しただけだ」

そのような考え方など持っていなかった。
より良いものを、より良い状態で、より良い方へ。それが良いには決まっている。

――しかし、そうできることが当然ではないということなど考えもしなかった。良いものが何故良いのか、良くある理由や経緯を慮るなど――。

「お前はいつも、俺様には考えつかないことを言ってのける」

沢山の花々より、一輪の花。
永遠に美しいままより、枯れる方へ。

俺様なら姿は関係無いと言い。
自分が死ぬより他人が死ぬ方が怖い。

死を選ぶほど、俺様を愛している。

「面白い」

……ああ、ナナシ。
お前は奇跡のような女だ。

この俺様が目的も無く、自分が持たぬ他人の考えを理解しようとしたのだからな。

ナナシの頭に置いていた手が、ナナシが頭を動かしたことを感知する。薔薇へ向けていた視線を移してやると、ナナシは真っ直ぐにこちらを見上げていた。

「……あの、もう1つ理由があって。実はそっちの方が大きい理由なんですけど」
「何だ」

ナナシは心なしか頬を色付かせ、両手を重ねてもじもじとさせながら、遠慮がちに唇を動かし始める。

「またお庭をご一緒して……今度はヴォルデモート様にお花を選んでもらいたいな……って」

……そう、子供がおねだりするような小さな声で述べ。
唇を結び、恥ずかしそうに目を伏せる。

心臓を撫で回されるような感覚に、ああまたこれか、と眉を寄せた。

第一の理由が、俺様と薔薇園で過ごす時間を、再び繰り返したかったから、だと。

……なんだ、この愛くるしい女は…………。

図らずしてこのような、男を悦ばせるようなことを言ってのけるのかと思うと、驚きさえも覚える。

――それとも図っているのか。
俺様しか男の体を知らない癖に、何処でその様な甘言を覚えた。この屋敷に来るまでに、お前はどんな男と、どの様に接してきたのだ。心を奪われたことはあったのか。触れられたことはあったのか。

お前の瞳を覗き、お前の全てを知りたい。

過去でさえ――お前の全てを、我が物にしたい。

「……、……?」

またも黙り込んだ自分をナナシが不安げに見つめていることに気づき、横道に逸れそうになった思考から脱して、その髪を梳くように撫でてやる。

「……構わない」
「! よかった」

緊張した表情を崩し、ナナシは花が咲く様に笑った。

……ああ、1つお前の考えが理解できた。

沢山の花々より、この一輪さえあれば、それで良い……。

「不思議な女だ、お前は」

考え方も。行動も。愛とやらのかたちも。
今まで出逢ったどの女とも違う。

何が違うかは上げようと思えばきりがなく、形容し難いが……。

ただ、どの女よりも、この俺様を乱す。
誰よりも欲しく、傍に置きたい。

暈かした言葉で俺様の真意など汲めるわけもなく、ナナシは目を丸くする。

「えっ。どのへんがですか? 初めて言われたかも……」
「……そんなに変わっているのにか?」
「う……悪口ですね」

違う、と返してやるのはここまで感情を乱された後では癪だった。
……故に、その顎を持ち上げ、尖らせた唇を吸ってやる。正直な返事などしてやるものか。

ナナシは何をされたかを理解すると、真っ赤になった顔を両手で隠して「ずるい」と小さく呟いた。

…………ずるいのはどちらだ。

(青い薔薇の花言葉:奇跡、夢が叶う、神の祝福)

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