夜伽
ヴォルデモートの部屋に来てから、1番困るのは眠るときだ。
この部屋にはベッドが1つしかない。
ここは前に与えられていたしもべ用の部屋ではなく、あくまで彼の部屋。ベッドを勝手に使うのは申し訳ない。使ってもいいとは1度言われたが、やっぱり申し訳ない。
なので彼が帰ってこないときはソファで夜を明かし、彼が居るときは彼を待つ。問題は後者なのだ。彼が居るとき。ありがたいのは先に寝ていろと言われること。1人で寝て大体1人で目覚める。困るのは……一緒に寝るときだ。本当に気恥ずかしい。ソファから誘導されたり、突然抱き上げられたり、先にベッドに向かった彼に呼ばれて手招きされたり……そのときは何かしらの戯れがあるものだからますます恥ずかしい。
夜が近付くとどきどきしてしまう。いつか心臓がもたなくなる。
……あれ、ソファで待ってるとそういう意味で待ってると思われてるのかな?
そうだったらもっともっと恥ずかしくなってしまう。これからどうしよう。でも勝手に使うのはやっぱり無理だし。ああ。
今夜はありがたいパターンで、先に寝ていろと言われて1人でベッドに居た。
しかし今日は昼まで眠りこけてしまったので珍しく目が冴えてしまって。サイドランプを点けて本を読もうとしつつも集中力が切れ、こんなことを考えてしまっていたわけである。
「眠らないのか?」
声を掛けられ、顔を上げる。見ればヴォルデモートがデスクから離れ、こちらに近付いているところだった。デスクのランプが点いたままなので、休憩だろう。きっとまだデスクワークが残っている。
ヴォルデモートは外で会議やら研究やらと活動しているらしいのに、この部屋に帰ってきてもなお報告書や難しそうな文献を長いこと読んでいることがほとんどだ。きっとそうすることが当たり前で苦ではなく、習慣になっている。トム・リドルの監督日誌を見ても思うが、彼は根が真面目で勉強熱心で、向上心や知欲に溢れているのだろう。
「目が冴えちゃってて」
「あれだけ寝ていればそうなるな」
「う……」
それに比べてわたしは寝てばかりでみっともないな……と反省しているうちに、ヴォルデモートはわたしの横に空いたスペースに膝を乗せる。彼が眠る為に空けていた広い方ではなく、わたしの方に空いた狭い方に。当然ながら体が触れる。
触れるどころか覆い被さられる。
あれ。
「どうする?」
どうするって。
あれ、もしかして。
「……夜更かしでもするか?」
骨ばった大きな手がわたしの横顔を耳ごと包み込む。1つ1つの指が肌に触れる感覚にぞわりとした。彼の瞳の奥がぎらりと光って、ああこういう目をしているときは、欲しているときだ、と分かってしまう。この目にわたしは弱い。呑み込まれてしまう。体の芯が、疼いてしまう。
でも今日はもう、既にしていた。夕食後に2人で寛いだその流れで。今はシャワーも浴びて清潔なベッドに居る。できることならこのまま汗をかきたくない。
――という気持ちが口に出た。
「もう、したのに、」
すると、ヴォルデモートはわざとらしく目を見開いて。
「何をだ?」
「えっ」
「俺様はただ、夜更かしと言っただけだが……」
「……」
「想像したのか? 先程の行為を」
…………やられた……。
顔が熱くなっていく。
だって、夜更かしだなんて言われたら。触れられて、そんな目で見られたら。絶対そういう意味だった。そういう顔してたのに。
……でも先にほのめかしてしまったのはわたしだ。
ヴォルデモートはさも楽しそうに赤くなったわたしを見下ろしている。
とても意地悪な顔なのに、きゅんと胸の奥が鳴く。
つくづく、この人が好きだ。
「お望みならば」
でも、ちがう……。ちがうのに〜!
もう片方の手をわたしの頭の横について、ヴォルデモートは顔を寄せてくる。ああ、キスなんてされたらおしまいだ。というか、始まる。
してやられた悔しさと、もう1度シャワーを浴びるのが面倒だという気持ちが、わたしを足掻かせる。
考えろナナシ。
夜更かし……夜更かしですることと言ったら……。
「あっ!」
唇を塞がれてしまう一歩手前で声を上げると、ヴォルデモートの動きがピタリと止まる。
その隙にわたしは言葉を続けた。
「ゲームしません?」
少し顔を離して、目を細めながらこちらを見据えるものの、ヴォルデモートは何も返してこない。こいつは何を言ってるんだと訝ってるような……中断されてなんとなく機嫌を損ねたような……おそらくどちらも合っている。
沈黙と視線が突き刺さって痛いので、慌てて説明を付け足す。
「あの、ドラコ様が持ってきてくれたものの中に、オセロとかチェスが」
そうなのだ。ドラコが持ってきてくれた本や菓子類にボードゲームがいくつか混ざっていた。1人でできるようなものでもないし、なんと夜更かしにピッタリなことだろう。
「夜更かしに。どう、ですか」
…………。
しかし、彼の沈黙は続く。
どうしよう。くだらなすぎた?
でも、実は前から誘ってみようとは思っていた。だって久しぶりにやりたかった。でもこれはタイミングを間違えたらしい。というか、やっぱり……怒らせた?
自分のやったことに怖くなってきて、ずっと腕の中にあった本をぎゅうっと抱き締める。
それを見て、ヴォルデモートは「はあ」と小さく溜め息を吐いた。
「……いいだろう」
「えっ」
そして意外にも、お咎め1つなく了承の返事。
念願のゲーム…! しかもヴォルデモート様と? わーい!
心の中で小躍りした。
早速準備しようと本をサイドテーブルに置き、ベッドから出ようと体を起こそうとするも、ヴォルデモートは上に覆い被さったままだ。
どうしたんだろうと彼を見上げると。
「但し」
両手で顔を固定されて。
「やるべきことを終えてから……な」
「む、!」
そのまま唇を塞がれた。
すぐに離れてホッとしたのもほんの一瞬で、彼の舌が閉じられたわたしの上唇と下唇の合間を滑る。ぬるりとした感触にぞくぞくして熱い息を漏らすと、息が漏れ出た僅かな隙間に舌が入り込んでくる。
……始まってしまった。
さっきの諦めたような溜め息は演技だったとしか思えない。これからボードゲームをするなんて露とも思えないほどの、深いキスだ。頭を固定されているのでわたしは抗えることはなく、彼の好き勝手に頭の向きを変えられて咥内を蹂躙される。
「ん……うぅ……、はぁ……」
彼はまず舌を絡み取ってわたしを溺れさせた。酸素が薄くなってぼうっとしてきたところで歯や咥内を舌先で擽り、疼かせる。そうやってじわじわと熱が籠っていく。
彼はスプリットタンなので、舌先でなぞられると2点が刺激されていることがはっきりとわかることがあった。それが堪らなくくすぐったくて、気持ち良くて、でもそんな風に軽いタッチではなく2点が潰れて1つに感じるほど押し付けてほしいと、求めてしまう。
「ぁ……っ」
しかし舌は押し付けられるどころか、引いていく。追いかけるように唇を開いてしまうと、ヴォルデモートは息を吐くように笑った。
そして今度は唇を食べるようなキスをくれる。彼は上唇を軽くはさんで刺激したあと、下唇の柔らかな触感を楽しむように何度も食べた。ふいに、唇を咥えられたまま軽く引っ張られ、離されると、自分の意に反してぷるりと震えて唇が戻る。離れてしまったことがもどかしくてたまらなくて。わたしはついに、ずっと枕を掴んでいた手を離して、彼の肩に縋ってしまった。
「ナナシ……」
言葉を放ったことにより生まれた振動と息が、唇に伝わってくる。
「……もっと欲しいか?」
ここで止める気はさらさら無かっただろうに、ヴォルデモートはわたしに問うた。暗に、ゲームよりこちらの方がいいだろう、ってことだったんだろう。
でもわたしの頭はもうゲームのことなんてこれっぽっちも無くて。
頷いたら彼に頭突きをすることになってしまうからと、こちらからYESのキスをしてしまったことにより、ヴォルデモートの理性を吹き飛ばしてしまうことになった。
よく考えれば、ただ「はい」と返せばいいだけだったのに、わたしのばか。そもそも簡単に流されてるし、ちょろすぎる。ああ……。
結局その日の夜はボードゲームになんて触れることもなく、夕食の後なんかよりももっともっと激しくされて、わたしは腰を庇いながら本日2度目のシャワーを浴びざるを得ないほどになった。
陽の光に起こされて、目が覚める。ヴォルデモートはもう横にはいない。乱れたシーツに昨晩の情事を思い出して、下腹部の奥がきゅんとした。恥ずかしくなって、顔を洗ってスッキリしようと決め、ベッドから起き上がる。
ふらふら歩き始めて。ふと見つけた光景に、わたしは目を見開いた。
――ソファの前のローテーブルに、チェス盤がセットされている。
どうやらヴォルデモートはゲームに付き合ってくれるつもりらしい。
……今夜はいつもとはまた違った気持ちで、ソファで彼が仕事を終えるのを待つのだろう。
彼が用意してくれたのであろうチェス盤に触れて、わたしは口元を抑えた。うれしくてうれしくて、にやけが止まらない。しかしながらチェスのルールがうろ覚えであることに今更気付いて、わたしは慌ててルールブックを探すのだった。
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