50誓約

意識が戻って……わたしはヴォルデモートとキスをしていた。白い駅で重ねたそのままの感触だったものだから、現実に戻ったと気付くのが遅れる。彼に覆い被さるようにしていた体をそろりと離し、見つめる。

ヴォルデモートの姿が変わっていた。髪や眉は生えていないままだが、写真で見た学生時代の姿がそのまま成長したような顔立ちで、鼻が高く、唇も以前よりはふっくらとしている。肌の色も元々色白だとはいえ、前の骸骨のような白さよりは健康的に色付いていた。

魂が元に戻ったんだ……。

光が眩しいのか、まばたきをする姿がたまらなくいとしく、苦しかった。喜びや幸せは多過ぎると、苦しくなる。自分の胸の中だけに収めておくのが難しくて、溢れる。涙となって。

生きてる……!

ヴォルデモートの目の焦点が合い、視線が重なる。

「おかえりなさい、ヴォルデモート様」

自分の涙は放って、彼の赤い瞳から流れた一筋の涙を親指でそっと拭った。現実で、彼の涙には見ることも触れることも初めて。
……でもずっと、彼の魂は泣いていたのだと思う。漸く拭うことができた……。

「――、――っ」

ヴォルデモートが口を動かし、喋ろうとするような動きを見せる。しかし喉が枯れているらしく、声にならない。

「これを」

ポッターから差し出された水を受け取り、少しずつヴォルデモートの口に流し込んだ。拘束された状態では起き上がれないので、横になったままだ。そのせいと、自分で喉に何かを通すのは久しぶりだからか、咳き込んでしまう。溢れた水を布巾で拭い、彼の体をさする。

咳が落ち着き、呼吸を整えた後、ヴォルデモートはわたしの方へと首を動かした。

再び、目と目が合う。

「……ナナシ……」

身体が内側から震えた。
今、目覚めて最初にヴォルデモートが口にした言葉が自分の名前であることが、感動的でならなかった。

「はい」

ヴォルデモートの手に触れながら、返事をする。ガチャリと拘束具が音を立てて、指と指が絡まる。

「生きてるのだな……おまえも……私も……」

1つ大きく頷くと、ヴォルデモートは瞳を揺らした。濡れた瞳がとても綺麗だった。

「それだけでいい……」

紡がれた言葉に、胸の中がじんわりと暖かくなり、熱を増していく。
幸せとか、よろこびとか、愛とか。良いもので満たされていく。

わたしもです。

わたしも、あなたと生きることができれば、それだけでいい。

またも目頭が熱くなってしまって、想いは言葉にできなかった。でも言葉にしなくても伝わっている気がした。

「……トム・リドル。今の言葉に偽りは無いか?」

わたしの少し後ろに立っていたポッターが、ヴォルデモートに問い掛ける。ヴォルデモートはポッターへ視線を移すと、「ハリー・ポッター」と静かに彼の名を呼んだ。

瞳の赤が落ち着き、黒が混じっていく。元は黒の瞳だったのだろう。
なんとなく、彼が冷静になったのだと悟った。宿敵である二人……場の緊張感が増していく。

「その女性と生きることができれば、他に何も望まないか? 永遠の命も、最強の杖も、マグルの殲滅も……」

ヴォルデモートはポッターから視線を外し、再度わたしを見た。

「ああ」

あんなにも追い求めてた……それなのに何よりも、わたしを選んでくれるなんて。

堪らなくなり、彼の手をきゅっと握る。手の形は変わることなく、青かった爪は人間らしい色に戻っていた。

「では誓えるか? これから先、人を殺さないと」

ヴォルデモートは暫し黙る。そして、わたしに触れていない方の腕を動かした。

「誓おう」

ポッターはヴォルデモートが動かした腕の拘束を外し、その手をとる。ヴォルデモートは手に力が入りづらいのか、ゆっくりとポッターの手を握り返した。驚いた顔をしながらも、シャックルボルトが歩み寄ってきて、結ばれた両手の上に杖の先を置く。

何かが、行われようとしている。

「何を……?」

不安になって尋ねると、ポッターが口を開いた。

「『破れぬ誓い』だ。今から行う誓いを破れば、死ぬ」
「死ぬ……? まって、」
「ナナシ」

抗議しようとしたわたしを、ヴォルデモートが制する。

「おまえはどう思う? 私が殺めることを」

それはずっと、悩み苦しんできたこと。

……答えは出てる。

「わたしはあなたのすべてを受け容れます」

「……でも。でも、本当は……人が傷付くことが怖いです。それに、あなたが傷付くことがいやです。体も、心も……魂も…………」

ヴォルデモートは殺人により自らの首を絞めていた。魂を削っていた。
白い部屋で見た傷付いた赤ん坊のような姿。自らの行いを悔いて苦しむ姿。

……見たくない。もう、あなたにそんな思いはさせたくない。

それが、わたしの気持ち。

「ならば守ってみせよう」

絡ませていた指――少しだけ力を込められる。そのまま、しっかりと手を繋ぐ。

……それだけで、こんなにも幸せになれる。

ずっと前に手を重ねられ、細胞レベルで交わっているのだと喜んだことがあった。
――今、本当に、そうであるような気がする。手を繋いでいるだけでヴォルデモートと深く交わっているような感覚。

わたしが落ち着いたのを確認すると、ポッターはすうっと深呼吸して、結んだ手を握り直した。そしてヴォルデモートを真っ直ぐと見つめる。

「では、トム・リドル。これから先、自らの私利私欲の為に、禁じられた3つの呪いを使用しないと誓うか?」
「誓おう」

杖から炎が細い舌のように飛び出してきて、赤い紐状になり、まるで蛇のように二人の手の回りに巻き付いていく。

「そして、人を殺さないと誓うか?」
「誓おう」

二つ目の炎が飛び出し、はじめの炎と絡み合う。細い赤の線が重なり、二人の手を結び付けた。
ポッターの合図でシャックルボルトが杖を離すと、炎は二人の手に吸い込まれるように消えていく。完全に見えなくなると、二人はゆっくりと手を離した。

宿敵である二人が手を繋いで誓いを結ぶ――――その光景は不思議で、なんだか嬉しくもある。
本当の意味で、争いが終わったような……。

二人は炎が吸い込まれた手を眺めていて。暫らくしたあと、ポッターがヴォルデモートに向き合った。

「……リドル。おまえによって引き起こされた被害回復の為、僕たちに協力してくれるか?」
「相変わらず甘い奴だ、ハリー・ポッター」

ヴォルデモートは手を眺めたまま、口を開く。

「何故『破れぬ誓い』のときにそれを聞かなかった?」

確かにあのとき聞いていれば、ヴォルデモートは頷いていたかもしれない。それにどちらにせよ、ヴォルデモートの協力を確固たるものとできていただろう。

ポッターは真っ直ぐにヴォルデモートを見つめたまま、言葉を紡いだ。

「……おまえを信じたいからだ」

ヴォルデモートは目を見開き、手からポッターの方を見る。わたしもポッターを見つめてしまった。

両親を、仲間を殺されて、それでもヴォルデモートを救おうとして、信じようとしている。甘いと言えば甘いのだろう。
でもわたしは、この人間味のある甘さが――ハリー・ポッターの優しさが、好きだ。

「頷いてもらう」

シャックルボルトが沈黙を破り、前に進み出る。

「魔法省暫定大臣のキングズリー・シャックルボルトだ。トム・マールヴォロ・リドル、おまえを一生、魔法省魔法法執行部闇祓い局が管理する」

「おまえの杖もこちらで管理する。こちらが杖を提供したときのみしか、おまえは魔法を使うことを許されない。また、闇祓いの手が届くところに住居を用意した。そこで生活してもらう」

『住居』という表現に目が丸くなった。確か、別の償いの道を探すとポッターは言ってくれていたが、監獄や死刑の代わりはどうなったのだろう。

ヴォルデモートも同じく疑問を感じたようで、眉間に少し力を入れている。

「……監獄ではないのか」
「ああ、住居だ。出入りがこちらで把握できる仕組みで、外出も制限があるので、監獄と似たようなものだが……それを了承するならば同居人がいても構わない。そして……いいかリドル。ハリーが言う協力とは、働くことだ――――闇祓いとして」

更にポカンとしてしまう。
同居人がいてもいい……? それに闇祓いって、さっきヴォルデモート様を管理する魔法省の人たちだと言っていた……魔法省にヴォルデモート様を引き入れるってこと……?

「……本気で言っているのか」
「勿論、正規の闇祓いたちと同じ待遇ではない。監視の意味も込めた対応だ。主に闇の魔術や犯罪行為の情報提供、残党たちの後処理をしてもらうだろう。不服か?」

ポッターもシャックルボルトも表情は変わらない。本気の話であるようだ。

……まさか、こんな道を用意してくれるなんて。
ヴォルデモート様と暮らすことができる……!

「いや…………感謝する……」

ヴォルデモートが了承すると、話はとんとん拍子に進められていった。どうやら新しく闇祓い局局長にハリー・ポッターが任命されたらしく、これもまた彼の計らいであることが読み取れた。

その日の夜、ヴォルデモートは拘束されたまま同じ場所で過ごすこととなった。まだ体力が回復していないことと、誓いを立てたと言えど最初から完全には信用できないことで、暫くはこのままの生活になるそうだ。

わたしはできる限り傍にいることを決め、彼が眠りにつくまで隣に座っていることにした。

やっと二人きり。
勿論、闇祓いや慰者たちに見張られてはいるが、落ち着いて二人で過ごすことができる。
しかしせっかくの時間だというのに、ヴォルデモートに様々なことを問われ、説明ばかりになってしまう。戦いのとき別れてしまったあと、わたしがどのようにして大広間まで来たか。ハンスのこと。呪文に打たれたあとに居た白い部屋のこと。ヴォルデモートの魂に会ったこと。何故わたしが生きているのか――ダンブルドアに解説してもらった話をすると、ヴォルデモートは顔を歪めた。その表情が口煩い親を思い出すかのようなもので、少しだけ笑ってしまう。

そして、ホグワーツでどう過ごしていたかに話題が移り――1つの悩みが浮かんできた。

……まだ、伝えられていない。

「どうした?」
「……え」
「おまえは分かりやすい」

前にも憂いていることを見透かされたことを思い出し、顔が熱くなる。そんなに分かりやすいのだろうか。

ヴォルデモートの眼差しが優しくて、お腹がなんだかあたたかくて。勇気が湧いてくる。

……伝えよう。

「あの……どう思われるかわからないのですが……」

「……わたし……お腹に、赤ちゃんがいるんです」

言い切るとまた不安になってくる。沈黙の時間が長く感じて、怖い。

ヴォルデモートは僅かに目を見開き、わたしを見つめたままだ。

「ヴォルデモート様から頂いた子なので……産みたいんです……。いいですか……?」

子供ができた仮定の話なんてしたことがないから、ヴォルデモートが子供に対してどう考えているか分からない。

いらないと言われたらどうしよう?

「ナナシ。来い」

言われたままに距離を寄せる。しかし「まだだ」と促され、寝台に手を置き、なかば覗き込むようにしてまで近付く――すると、拘束されている筈なのにヴォルデモートは器用にわたしの手首を掴んで。体が前のめりになる。

そしてヴォルデモートはバランスを崩したわたしの顔を追い――――唇を塞いだ。

柔らかな感触。やはり蛇のような姿のときよりも肉厚な唇は、密着感が前とは異なった。鼻がぶつかるので顔が斜めに重なる。
でもキスは変わらない。わたしの中に入り込んできて、味わい尽くすような攻め方……電流が走って、蕩けてしまいそうなキス。

久しぶりの深いキスに一気に身体中が熱くなる。離れたときには顔が紅潮していたのか、ヴォルデモートはわたしを見て口角を上げた。その表情に胸がきゅんと疼く。

もう……ずるい………。

「っ……、見張られてるのに……」
「足りな過ぎるくらいだ」

ヴォルデモートは目を細め、わたしの唇を名残惜しそうに見つめた。

「子におまえとの時間を奪われる前に、存分に触れておかねば」

言葉の意味を理解するのに時間がかかる。

産む前提で話してる……?

ぽかんとしていると、「分からないのか?」と尋ねられた。じわじわと理解して、何も言えなくなって、ただ首を横に振る。
喜びが身体中を巡って、目に涙が滲んできた。

ああもう。泣いてばかりだ。

……でも、なんて幸せなんだろう。

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