46瞬目

耳に入る騒めきが、だんだんと大きくなる。周りで人が忙しく動いているようだ。

体が揺れている。浮遊感と、背中に奇妙な安定感を感じて、またも寝そべっているのだと理解する。光に慣れるまでまばたきを繰り返し、目を開けると――。

ダークブロンドの女の子とばちんと目が合った。

「……あんた、生きてたの?」

頭がふわふわしていて、質問されたことよりも見覚えのあるこの女の子が誰であったか思い出すことに専念してしまう。

どうしたのルーナ、という声が聞こえて、揺れが和らぐ(おそらく移動していたのを止めたらしい)。すると女の子の顔の横にもう1つ顔が並んだ。彼のことはすぐに思い出す。ネビル・ロングボトムだ。ロングボトムはわたしと目が合うと、「え」と間抜けな声を出した。少しの沈黙が流れてから声を張り上げる。

「ハリー! ハリー! この人、生きてる!」

こちらに近付いてくる足音がして、すぐにハリー・ポッターがわたしの顔を覗いた。

「良かった……生きてたんだ……!」

生きてる……?

そうだ。
わたし、死んだと思った。

ついさっきまでヴォルデモート様といた……あの白い部屋は何だったんだろう……? また夢……?

ヴォルデモート様は……?

起き上がろうとすると、やんわりと肩を押されて止められる。自分の状態を確認すると、担架で運ばれているところだった。

「覚えてますか? 僕とリドルの呪文を受けたんだ」

頷くと、ポッターは困ったような顔で軽く微笑む。

「本当に無茶な人ですね、あなたは」

褒められてるのか叱られてるのか分からなかった。

「あの……、ヴォルデモート様は……?」
「生きてる。でも油断できない」

生きてる……!

まずは安堵して、しかし良い状態ではないということに胸に何かが詰まったような焦燥感に襲われる。再び起き上がろうとして、またも止められた。ポッターの表情は真剣なものに戻っていた。だからといって引き下がれることではない。抵抗しようと伸ばした手を捕まえられる。

「横になっていて」
「いえ、傍に行かせて下さい」
「あなたは診てもらった方がいい。生きてるけど、確かに死の呪いを受けてた」
「でも、」
「お腹に赤ちゃんがいるかもしれないんでしょう?」

ポッターの言葉にはっとした。
まだいるのかも分からないが、もしいたとしたら何か影響を受けているかもしれない。死んでしまったりなんてしたら……後悔する。

焦燥感を押し殺し、腕に込めていた力を抜くと、ポッターは安心したように短く息を吐いた。そして手を放してくれる。ポッターが合図すると、担架は再び動き始めた。

「あの、でも、彼に何かあったらすぐに教えてくれませんか……?」

ポッターが頷く。視界から彼が消えて行くと、わたしはゆっくりと肩の力を抜いて担架に身を任せた。

すぐにベッドがたくさん並んだ医務室のようなところに到着し、隅の空いているベッドに横にされる。他のベッドは埋まっていて、怪我人や見舞う人々で室内はざわついていた。看護師だろうか――忙しく動き回っていた女性が近付いてくる。彼女はわたしを運んでくれたロングボトムともう一人の青年にお礼を言うと、カーテンで周りを覆って彼らを追い出した。
起き上がらせられ、すっかりぼろになった服を剥かれ、魔法で布巾にひとりでに体を拭かれながら、彼女には傷ついたところを消毒され薬を塗られる。矢が掠めた腕の傷がジリジリと染みるくらいで、呪文が当たった場所は何とも無かった。寝巻のような服を着せられ、与えられた熱々のドリンクを口にすると体は芯からあたたまった。

事情を知っているのだろう、このまま簡易的な検査に入っても良いか確認され、尿を採取される。カーテンから彼女が出て行くと、一人の空間になったことに気が抜けてベッドにぼすんと横たわった。見慣れぬ天井が見えて、胸の辺りがそわそわする。いや、検査したことにそわそわしているのかもしれない。

……ついに分かる。
結局ヴォルデモートに伝えることのないまま、彼の敵である人たちに検査を任せているなんて、なんだか不思議な成り行きだ。

なんとなしにお腹を撫でたり、深呼吸してみたり。それでもじっとしていれなくて、サイドテーブルに置いたドリンクを飲むため体を起こそうとしたところでシャッとカーテンが開き、肩が大袈裟に跳ねる。

「おめでとう」
「――え?」
「あなた、妊娠していますよ。疲れているでしょうから母体の検査は眠ってからにしましょう。ゆっくり休んで」

そう言って女性はカーテンの外へ出て行った。そしてカーテンの外の騒めきに一喝する。室内が静かになっていくのを、どこか違う次元の出来事かのようにぼんやりと聞いた。

しばらく茫然としたまま、動けない。何て言われた? 頭の中で女性の言葉を反復させる。理解はしている筈なのに呑み込むのに時間がかかってしまう。

恐る恐るお腹に手を当てた。触る感覚は同じ筈なのに、先程とは何かが全く違う。

この中に、命がある。

ヴォルデモート様との子ども。
ヴォルデモート様と実らせた、命。

じんわりと目頭が熱くなった。鼓動が高鳴る。それは、不安から来たものではなくて。ただ、自分の中にもう1つ命があって、それが愛する人によってもたらされたということに、感動していた。遅れて幸福感が湧き上がってくる。

ヴォルデモート様に会いたい。
早く会って、伝えたい。

分かる前は伝えることがあんなに不安だったのに、今は伝えたくて堪らない。上がってしまう口角、滲み出る涙……変な顔をしながら、わたしは一人ベッドの中で泣いていた。

そうしているうちに眠ってしまったらしい。気がついたら看護師さん――マダム・ポンフリーというらしい――が食事を持ってきたことで目が覚める。食事を頂き、様々な検査を受けた。母体は全く問題なく、妊娠の経過は順調のようで、ほっと息を撫でおろした。

「ナナシ?」

ベッドで休んでいると、カーテンの外から名前を呼ばれる――ポッターの声だ。

「ヴォルデモート様に何かあったんですか?」

勢いよくカーテンを開けてそう聞くと、目を丸くしたポッターが立っていた。一寸間が空いて、ポッターはフッと吹き出すように笑う。そんな彼にぽかんとしていると、ポッターは「ごめんなさい」と笑ったまま謝ってきた。

「いつもリドルのことばかり聞くから」

……そういえばそうかもしれない。少し顔が熱くなった。

「あなたに会わせたい人がいるんです」

そう言って、医務室から連れられる(マダム・ポンフリーは少々渋い顔をしていた)。ポッターと共に城内を歩いていると、ふとセブルスに客間へ案内されたときのことを思い出し、不思議な気持ちになった。今思うと信じがたい状況だ。あのとき、彼はどんなことを考えていたんだろう。

しばらく歩いて、ポッターが怪獣の像の前で止まったので見守っていると、彼は像に語り掛ける。

「上に行ってもいいですか?」
「ご自由に」

すると驚いたことに怪獣が動き出し、少しふらつきながら横にどいた。背後にあった壁が割れ、螺旋階段が現れる。どききれなかった怪獣をなかば乗り越えるようにしながら、わたしたちは壁の中に入った。ゲームの隠し扉のようでわくわくする。登ろうとすると階段は自動的に動き出し、エスカレーターのように上へと運んでくれた。辿り着いた先にあった樫の扉をポッターが開く。

そこは、円形の美しい部屋だった。奇妙な銀の道具があちらこちらに置いてあり、おかしな物音を奏でている。壁にはたくさんの肖像画が並んでいた。皆、眠っているように見える。

ポッターは椅子の後ろに掛かっている一番大きな肖像画の前にわたしを誘導した。

「ダンブルドア先生、この人です」

長い銀の髪に立派な銀の髭をたくわえ、半月形の眼鏡をかけた老人の肖像画。

ポッターが語りかけて少しの間が空いてから、老人がまばたきをし出して、ドキリとする。そして、ゆっくりとわたしと目を合わせた。

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