42告知

矢がそこまで迫った、そのとき。

「ナナシ様!!」

小さなシルエットが目の前に飛び出してきて――肉を貫く鈍い音が耳を襲う。その衝撃に思わず目を瞑ったが、何かが自分にもたれかかるのを感じて、目を開くと。

「え……?」

マルフォイの屋敷にいる筈の妖精――ハンスが、苦しそうに体を震わせていた。

「どうして、っ、ハンス!!」

ハンスを抱き寄せると、細い肩を矢が貫通していた。 驚いて固まってしまうと、ハンスは自分で刺さった矢へと手を伸ばし、呻きながら抜いていく。あまりにも痛々しくて、何も出来ない。

「……ウ……戦いが激しさを増しそうだと悟られた、ドラコ様に呼ばれ……ハッ……あなたを、お守りするようにと……ハッ……」

ドラコ様が……?
でも、ハンスが怪我を……。

矢の怪我は小さいものの、血がたらたらと流れ出てくるのが分かった。服の裾を破って巻き、出血箇所の位置を高くしてみるも、効果は無いように見える。手がねとりと血で濡れて、身体の力が抜けてしまう。

矢を抜かない方が良かったのではないだろうか。それとも、血が止まらない毒でも塗ってあったのだろうか。

どうすればいいか分からない。血の止め方も、これ以上の処置も、どうすればこの戦場からハンスを助け出せるかも、何も思いつかなかった。

また、見てることしかできない。

そんな……。

そんな……!!

「!」

再び矢が降ってきて、ハンスを守るように抱き締める。巨人たちの戦いやケンタウロスたちの襲撃で城の前は混乱を極め、もはやポッターの仲間たちや死喰い人に関係なく城の中に退却せざるを得ない状況だった。悲鳴や雄叫びが行き交っていて、身体が強張る。
このままここにいれば、矢に当たるか巨人に踏まれるかケンタウロスに蹴り飛ばされるか、だろう。でも怖くて動けない。ヴォルデモートもどこにいるか分からない。この様子だと巻き込まれて城の中だろうか。無事だろうか。

「……うっ!」

矢が腕を掠めて鋭い痛みに呻くと、ハンスが腕の中でもがいた。でもこれ以上彼に怪我をさせたくなくて、無理矢理に抱き込む。暫くすると、出血の影響かハンスの意識が朦朧とし、体の力が抜けていった。どうしよう。どうしよう。

――するとそのとき、何か、布の様なものを被せられる感覚がして――しかし不思議なことに視界が奪われることはなく――誰かに後ろから肩を引かれ、悲鳴を上げる。

「落ち着いて! 僕だ! ハリー・ポッターだ!」
「……っ、ポッター……??」

振り向くと、死んだはずのポッターが、すぐそこに居た。

同じ布を2人で纏っているような近さだ。丸メガネも、着ていた服も、傷も、先程までそこに横たわっていた姿そのまま。禁じられた森にやって来たのが偽物だとかそんなことでは、きっと、無い。

心臓がドクンと脈打つ。

もやもやとした嫌な感覚が、全身を血液と共に回っていく。

ヴォルデモート様は、ポッターを殺せなかった――?

「ここは危険すぎる。中に入ろう」

ポッターは茫然とするわたしの腕からハンスを引き取り、わたしを立ち上がらせ、背中を押して、城の方へ誘導した。周りの人々には、わたしたちは全く見えていない様だった。そのまま人の流れに押されるようにして玄関ホールに入り、壁伝いに進む。
続々と人が入ってきて、人波は大広間に流れ込んでいた。あちらこちらで敵同士の一騎打ちが始まっており、大理石のホールは砂塵が舞っている。

「どうして、」
「ヴォルデモートが僕を殺すことは不可能だったんだ」

言いながら、ポッターは杖を振った。杖の先にヴォルデモートの姿が見えてハッとするが、どうやら近くにいた仲間を助けていたらしい。

ヴォルデモートは呪いを飛ばし、指令を出しながら、大広間に入るように後退していく。行ってしまう。

「ヴォルデモート様っ」
「駄目だ! 巻き込まれる!」

彼を追おうとしたところをポッターに止められ、前のめったそのとき。背後の扉が蝶番を吹き飛ばすほど勢いよく開かれ、その衝撃に体が止まった。扉からはハンスと同じ姿の妖精たちが次々と飛び出してきて、奇声をあげながら戦いに参加し始める。

遅れて、女性らしき妖精が救急箱を持ってキョロキョロしながら出てきた。それを見つけて、ポッターは透明の布を少しめくると、その妖精の肩をトントンと叩く。

「ウィンキー!」
「ハリー・ポッターッッ?!」
「お願いだ! この妖精の手当てをしてあげて」

ウィンキーと呼ばれた妖精は、ポッターの姿に驚いてポカンと立ち尽くした。

「ハンスを、助けて下さい、お願いします!」
「……ッ! か、かしこまりました」

一刻も早くハンスの手当をしてほしくて、ポッターの横から顔を出し懇願すると、ウィンキーは再び肩を跳ねさせる。しかしぐったりとしたハンスを見て、首を縦に振りながら彼を受け取ってくれた。

扉の奥へ運ばれていくハンスを見て、ほっと胸を撫で下ろす。急所は外れているし、止血が済んで安静にしていれば大事には至らないだろう。

「……あなたのことはやっぱり、敵だと割り切れない」

ポッターが呟いて、わたしたちは静かに向かい合った。

真剣な眼差しは、分霊箱と還霊箱の繋がりで出会ったあのときと同じ。

「時間がないから1度しか言いません」

「ヴォルデモートは肉体を復活させるとき、僕の血を使った。僕の血には、僕の母の護りが宿ってる。つまりヴォルデモートは、僕の母の護りを取り込んだ。ヴォルデモートが生きている限り、僕は生き続ける」

――心臓の鼓動が速くなる。

ヴォルデモート様が生きている限り、”選ばれし者”のポッターが生き続ける、なんて。
そんなの、永遠に怯え続けなければならない。

ポッターの言うことが本当ならば、明らかにヴォルデモートは不利だ。そして実際に、ポッターは死の呪いを受けたはずなのに、生きている。

「更に言うと、ニワトコの杖はヴォルデモートのものになっていない」
「――――え?」
「ヴォルデモートが動く前に、僕が最後の所有者を負かした。僕が、真の所有者だ」

ニワトコの杖が、ポッターのもの?
ヴォルデモート様はポッターと相見えるためにセブルスを殺し、杖の真の所有者になろうとしたのに。その杖がそもそもポッターのものだとしたら、どうなってしまうんだろう。

二人が対峙すれば、何が起こるの。

もう暴れ狂うほどの心臓が、胸を打つ。思考がうまく回らない。目で問い掛けると、ポッターは眉を寄せた。そして声色低く語り出す。

「……あいつが僕に死の呪いをかければ、あいつ自身に撥ね返るでしょう。けど……今回は肉体を失うだけじゃ済まない。もう、分霊箱も還霊箱も、無いから」

言葉の真意が伝わってきて。
拒む前に理解してしまう。

それは、わたしが最も恐れていたこと。

……いやだ…………!!

内臓すべてに負荷がかかったような息苦しさに襲われて、無理矢理に肺を動かした。

嘘、と罵りたいのに、そうでないことが分かる。
こんな嘘、こんな状況で吐ける訳がない。

緑の瞳は残酷なほどに綺麗だった。

「なんで、わたしに言ったんですか……? 覚悟を決めろってこと……?」

そこで初めて、ポッターはわたしから目を逸らす。

「……分からない。ただ、あなたが知らないままは、嫌だった」

その声は掠れていて、ぐっと唾を呑み込んだ。

……ポッターは優しいのだ。
彼はわたしがヴォルデモートを愛していることを知っているから、敵であるというのにこのことを言わずには居られなかったんだろう。

しかし真実を知ろうと知らなかろうと、受け入れられる筈がない。

ポッターが現れれば、ヴォルデモートは彼を殺しにかかるだろう。そうしたらその先は……考えたくもない。なんとかして、それだけは阻止しなければ。

どうしよう。どうすればいい?
なにか、道はないの……?

――そのとき。
大広間から大きな物音がして、戦いの激しさが増したことが分かった。ポッターが機敏に反応し、透明な布が揺れる。

「僕は中に入る。あなたはここで――」

嫌だという意味を込めてしがみつき頭を振ると、ポッターは何も言わずにわたしの腕を掴んで誘導してくれた。

戦う人々の中を、なんとか2人で透明の布に隠れながら大広間に入る。中は混雑していた。あちらこちらで死闘が繰り広げられている。
ヴォルデモートは戦いの中心にいて、無事であることにほっとするが、安心はできない。3人を相手取って、次々と呪いを打ち込んでいる。同様に何十メートルか離れたところでベラトリックスも3人と闘っていた。

様子を窺っていたポッターが急にこちらに振り返り、握っていたマントの端をわたしに見せるようにする。

「これは『透明マント』といって、姿を隠してくれる。これを被って、どこかに隠れていて下さい」
「え、あなたは、」
「僕は行かなくちゃ――」
「私の娘に何をする! この女狐め!」

凄みのある声に、ポッターの言葉が掻き消された。二人でそちらを振り向けば、一人の魔女がベラトリックスに向かっていく。二人の魔女の激しい一騎打ちが始まった。

ポッターは数秒その戦いを見守ったのち、またくるりとこちらに振り返る。

「……やれることはやってみます」

そう言って、ポッターはわたしに透明マントを握らせようとした。マントから出て行こうとしているのだ。

わたしは、咄嗟に――。

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