39真実

――スネイプを看取った後。

ハリーとロン、ハーマイオニーの3人は、口を聞かずにホグワーツ城へ戻った。しかし、ハリーの頭の中にはヴォルデモートの声が響いている――おまえは俺様に立ち向かうどころか、友人たちがおまえのために死ぬことを許した――。

先程とは打って変わって、城は異常に静かだった。ところどころに血痕が残され、城壁が砕けて散らばっている。玄関ホールに入っても、至るところが破壊されているのが目についた。

「みんなはどこかしら?」

ハーマイオニーが小声で言うと、その答えを見つけたロンが大広間に入っていった。ハリーは入口で足が動かなくなり、それ以上中に入ることができなかった。

大広間はテーブルが片付けられ、人で一杯だった。何人かずつで集まり負傷者の手当てをしている。

死者は真ん中に集められていた。
ウィーズリー家の皆が1人の亡骸を囲んでいる。全員が泣き、別れを悲しんでいた。

フレッドだ。
陽気で、いたずら好きで、冗談を言って笑わせてくれた……あのずば抜けて明るいフレッド・ウィーズリーが、こんなにも若くして死ぬわけがない。そう思いたかった。しかし現実は残酷にも3人の目に映し出されている。

ロンとハーマイオニーが何も言わずにハリーから離れていった。
2人がウィーズリー家の皆と慰め合っているところを見ていると、フレッドの隣に横たわる亡骸がハリーの目に飛び込んできた。

リーマスと、トンクス。

ハリーは中に入るどころか、よろよろと後ろに下がった。これ以上この場に居ることが耐えられなかった。近くに寄って誰が自分の為に死んだのかを確かめるなんて、フレッドを失ったウィーズリー家の傍に行くなんて、とてもできない。リーマスとトンクスには、子供が居る。自分が名付け親だ。テディには親がいなくなってしまった。

自分がはじめからヴォルデモートに身を差し出していれば……こんなことにはならなかった……。

ハリーは大広間から離れ、駆けた。スネイプの記憶が入ったフラスコを握り締め、悲鳴をあげる心を置いていこうかとするように、校長室の前に着くまでスピードを緩めなかった。

「合言葉は?」
「ダンブルドア!」

どうしても会いたかったダンブルドアの名を呼ぶと、驚いたことに校長室へ続く螺旋階段が現れる。ハリーは校長室に飛び込んだが、歴代校長たちの肖像画は全て空だった。ダンブルドアも例外ではなかった。

『憂いの篩』はいつもの場所に置かれていた。ハリーはスネイプの記憶を水盆に注ぐ。自分自身を責め苛むこの悲しみから逃げてしまいたい――ハリーは渦巻くスネイプの記憶の中に飛び込んだ。

――――そして、ハリーは知る。

スネイプと母が幼い頃からの仲だったこと。母はグリフィンドールに、スネイプはスリザリンに組み分けされ、闇の魔術に魅せられたスネイプとそれを軽蔑した母が決別したこと。スネイプがヴォルデモートから母を守ってほしいとダンブルドアに懇願したこと。母の子である自分をヴォルデモートから守ると決めたこと。スネイプがダンブルドアを殺したのは、本人に頼まれてのことだったこと。

自分の中で、ヴォルデモートの魂の一部が、生きていること。
自分が死ななければならないこと。

スネイプの守護霊が牝鹿であること。これほどの年月が経った今も、スネイプは母を愛していること。スネイプがジョージの耳を傷つけたのは、ルーピンに杖を向けた死喰い人の杖腕を狙ったものであったこと。グリフィンドールの剣を届けてくれたのはスネイプだったこと。

ナナシがヴォルデモートの『還霊箱』であること。ナナシがマグルであること。分霊箱を全て壊せば還霊箱は役立たずになり、ナナシを殺める必要は無いこと。

――ハリーの体が上昇し、『憂いの篩』から抜け出ていく。その直後、ハリーは校長室にうつ伏せになっていた。

自分の役割は、死んで、ヴォルデモートの生への絆を断ち切ることだった。

心臓が脈打っているのが不思議だった。この鼓動はあと少しで止まらなければならない。

僕は、死ななければならない。

ハリーは透明マントを被って、城を出ようと玄関ホールに向かった。しかし玄関扉に辿り着いたところで、遺体となったコリンを運ぶネビルとウッドが入ってきた。ウッドが1人でコリンを運ぶことになり、ネビルはまた外に出て行った。大広間に居る筈の大切な人たちに会いたいという気持ちを押し殺し、ハリーはネビルに続いて外に出た。

「ネビル」
「ウワッ、ハリー、心臓麻痺を起こすところだった!」

ハリーは透明マントを脱いでネビルに声を掛けた。思いついたことがあったのだ。

「一人で、どこに行くんだい?」
「予定通りの行動だよ。やらなければならないことがあるんだ。ネビル――ちょっと聞いてくれ――」
「ハリー! まさか、捕まりに行くんじゃないだろうな?」
「違うよ。別なことだ。でも、しばらく姿を消すかもしれない。ネビル、ヴォルデモートの蛇を知っているか? 巨大な蛇で……ナギニっていうんだけど……」
「聞いたことあるよ……それがどうかした?」
「そいつを殺さないといけない。ロンとハーマイオニーは知っていることだけど……、……もし2人が忙しそうで――君に機会があれば――」
「蛇を殺すの?」
「蛇を殺してくれ」

ハリーはネビルの言葉を繰り返し、「そして、もう1つ」と間を置いた。

「女の人――ヴォルデモートの傍に、東洋人の女の人が居ると思う」
「女の人?」
「うん。もしかしたらロンとハーマイオニーが、その人を……その、傷付けようとするかもしれない。でもそれは間違いだったんだ。止めてやってほしい」
「……蛇を殺して、女の人は傷付けない様にすればいいんだね」
「うん」
「わかったよ、ハリー。君は、大丈夫なの?」
「大丈夫さ。ありがとう、ネビル」
「僕たちは全員、戦い続けるよ、ハリー。わかってるね?」
「ああ、僕は――」

ハリーは胸が詰まりそれ以上言葉が出なくなったが、ネビルは不思議に思わなかったらしく、ハリーの肩を叩いて傍を離れて行った。

ハリーが透明マントを被り直して歩き始めると、ジニーが傷ついた少女を慰めていた。ジニーに連れ戻してほしいと思う気持ちを抑え込み、ハリーは彼女の傍を通り過ぎた。

『禁じられた森』の端に辿り着くと、ハリーはスニッチを引っ張り出した。私は終わるときに開く、とは、そういうことだったのだ。

「僕は、まもなく死ぬ」

唇を押し当てて囁くと、スニッチが開いた。中には黒い石が――『蘇りの石』が入っている。目を瞑って手の中で石を三度転がすと、事は起こった。目を開くと、ゴーストよりはくっきりとしているが肉体も持たない姿がハリーに微笑み掛けていた。
父のジェームズ、名付け親のシリウス、最高の先生だったルーピン、母のリリーだ。
大切な人たちに励まされ、ハリーは歩き出す。彼らが傍に居てくれることで暗い森も木々の合間を飛び回る吸魂鬼も怖くなかった。

偵察に来たらしい死喰い人の2人――ヤックスリーとドロホフが現れ、ハリーはヴォルデモートが居る場所へ辿り着くことができた。
アラゴグの棲処が死喰い人たちの拠点となっていた。空き地の中央に焚き火が燃え、死喰い人たちを照らしている。
全員が、ヴォルデモートを見つめていた。まるで祈るっているかのように、かくれんぼの鬼が頭の中で数を数えて待っているかのように、ヴォルデモートは焚き火の前に立っていた。後ろには保護空間の中で蠢くナギニと、ヴォルデモートの背中を見つめるナナシが居る。

「我が君。あいつの気配はありません」

頭を上げてドロホフの報告を聞いたヴォルデモートが、表情を変えずにゆっくりとニワトコの杖を指でしごいた。

「我が君――」

1番近くに座っていたベラトリックスが口を開くが、ヴォルデモートが手を挙げて制するとそれ以上何も言わず、崇拝の目でご主人様を見ていた。

「あいつはやって来るだろうと思った」

「あいつが来ることを期待していた」

体から飛び出そうなほど喚く心臓を感じながら、ハリーは透明マントを脱ぎ、杖と共にローブの中に仕舞う。

「どうやら俺様は……間違っていたようだ」
「間違っていないぞ」

勇気を振り絞り、ハリーは声を張り上げた。
『蘇りの石』が指から滑り落ちる。両親、シリウス、ルーピンが目の端で消えて行く。ハリーはヴォルデモートしか見ていなかった。ヴォルデモートも同じだった。

ついに、2人が対峙するときが訪れたのだ。

[ 39/57 ]

[] []
[目次]
[しおり]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -