37殺人

「それしかない、ナナシ」

……――ハリーは意識を、自分が居るホグワーツの戦場へと引き戻した。
けたたましい叫び声や破壊音が耳を襲う。今まで見ていたヴォルデモートの想念の中ではここから離れたところに居たので、この騒音がくぐもっていたのだ。

「あいつは『叫びの屋敷』にいる。あの女の人――ナナシも、蛇も一緒で、奴が守ってる。あいつはたったいま、ルシウス・マルフォイにスネイプを迎えにいかせた」
「ヴォルデモートは『叫びの屋敷』でじっとしているの? 女性と一緒に? 自分は――自分は戦いもせずに?」
「あいつは、戦う必要はないと考えている。僕があいつのところに行くと考えているんだ」
「でも。どうして?」
「僕が分霊箱を追っていることを知っている――ナナシとナギニをすぐそばに置いてるんだ――僕があいつのところに行かなきゃならないのは、はっきりしている――」

怒ったハーマイオニーの肩に、神妙な面持ちをしたロンが手を添える。

「ハリー、どうなんだ? ナナシって人は……分霊箱なのか?」
「……まだはっきりしてない……けど、ここまで傍に置いているということは、可能性は、ある」

ロンは何かに見切りをつけるように、短く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

「僕がやる」
「ロン」

ハリーはロンを真っ直ぐに見ながら首を振った。ロンの瞳の奥に、フレッドを殺された怒りと悲しみが渦を巻いている。その感情をナナシに向けようとしている様に見えた。

「君たちはここにいてくれ。僕がマントに隠れて――」
「ハリー、君は行っちゃだめだ。行ったらあいつの思うつぼだ。あいつはそれを期待してる。君はここにいて、ハーマイオニーを守ってくれ。僕が行って、その人を――」
「だめ。あなたに人殺しなんてさせられない! 私がマントを着て行くほうが、ずっと合理的で――」
「問題外だ」

ロンがハーマイオニーを睨みつけた。ハーマイオニーが反論しかけたそのとき――3人が隠れていたタペストリーが破られる。

「ポッター!」

2人の死喰い人がハリーを見つけたのだ。3人はなんとか死喰い人を倒し、透明マントで身を隠すと、戦いの真っ最中である城内を応戦しながら進んだ。仲間を救い、救われ――失った仲間や今も尚戦う仲間への想いを心の片隅に押し込めながら――すべてを終わらせるために3人は走る。

そして、ヴォルデモートが居る『叫びの屋敷』へ続く暴れ柳に辿り着いた。

「待ってくれ」

屋敷へ繋がるトンネルを前に、ハリーは迷った。ヴォルデモートはハリーが自らやって来ることを考え着いていた。あいつの思惑通りだ。もしこれが罠だったら? 2人を巻き込んでしまったら?

しかし、現状から前へ進むにはナナシと蛇を殺さなければならず、彼らはこのトンネルの先に居る……。

「ハリー。僕たちも行く。とにかく入れ!」

ロンに押され、ハリーが先頭となり3人はトンネルに入り込んだ。体を這わせて先へ進む。心配していた罠は今のところ仕掛けられていないようだ。しかし3人は慎重に、黙々と進み続けた。

頭を真っ白にして進むことに集中していたハリーの頭に、1つの疑問が浮かび上がってくる。

……ナナシは分霊箱なのだろうか?

あの指……ヴォルデモートが彼女に何かしたのは間違いない。しかし他の分霊箱とは違う、あの吸い寄せられるような感覚は何だったんだ?

仮に分霊箱だとして、ヴォルデモートは何故あの女性を選んだんだろう。ドビーと姿現しをしたときは支えてやらないと立ち上がることが難しそうだった……対して強くも見えない、ごく普通の、女性に見えた……。

僕は本当に、あの人を殺さなければならないのか?

「!」

ハリーは行く手に明かりを見た。

もう、腹を括るしかない。

なんとか透明マントを被り、全神経を張り詰め、より慎重に明かりに向かって前進する。すると、前方の部屋から話し声が聞こえてきた。出口は木箱のようなもので塞がれていて、声はくぐもって聞こえる。呼吸を抑え込みながら、ハリーは出口にぎりぎりまで近寄り、木箱と壁の僅かな合間から中を覗いた。

灯りにぼんやりと照らされ、蛇がヴォルデモートに与えられた球体状の保護空間の中でくねくねと回っている。その横に、ベッドに腰掛けるナナシがいた。先程の想念の中では何も施されていなかったが、ベッドの形に沿ってバリアのような壁が張られ、守られている。限られた視界を限界まで見渡すと、ナナシの手前の椅子に腰掛けるヴォルデモートの、杖を弄ぶ長く青白い指が見えた。

そのときスネイプの声がして、ハリーの心臓が縮み上がる。スネイプはハリーが居る場所の目と鼻の先に立っていたのだ。

「……我が君、抵抗勢力は崩れつつあります――」
「――しかも、おまえの助けなしでもそうなっている」

ヴォルデモートがスネイプを見下すような物言いをすることに対し、スネイプは自分ならハリーを見つけられると主張する。

スネイプが覗き穴の前を通り過ぎたが、ハリーは蛇から目を離さなかった。
ナナシと蛇。殺すなら、ひとまずは蛇だろう……。しかし、あの保護空間を破る呪文はあるのだろうか。しかも1度外せば存在を露わにすることになり、失敗は許されない。

「問題があるのだ、セブルス」

ヴォルデモートは立ち上がり、スネイプに問い始めた。

何故ニワトコの杖が思い通りにはたらかないのか? 何故自分がスネイプを戦いから呼び戻したのか? 何故以前の杖はハリー・ポッターを仕損じたのか?

問いに答えることもできずハリーを探すことの許しを請うスネイプに、ヴォルデモートの苛立ちは募る。その怒りが額の傷痕を貫き、ハリーは拳を口に突っ込み目を瞑って痛みに耐えた。

――すると突然。
ハリーはヴォルデモートになり、スネイプを見下ろしていた。

ヴォルデモートは導き出した答えを1つ1つ順番に説明していく。

イチイの杖はポッターの杖と兄弟杖だった――ルシウスの杖はポッターの杖に出会って砕けた――故に3本目の杖を求め、このニワトコの杖を手に入れた――ダンブルドアの墓から奪った――しかしこの杖は言うことを聞かない――その理由は――――。

「俺様が真の持ち主ではないからだ。ニワトコの杖は、最後の持ち主を殺した魔法使いに所属する。おまえがアルバス・ダンブルドアを殺した。おまえが生きている限り、セブルス、ニワトコの杖は、真に俺様のものになることはできぬ」
「我が君!」
「これ以外に道はない。セブルス、俺様はこの杖の主人にならねばならぬ。杖を制するのだ。さすれば、俺様はついにポッターを制する」

ヴォルデモートは杖で空を切った。すると蛇の保護空間が回転し、スネイプを頭から肩まで取り込んだ。

『殺せ』

身の毛がよだつような悲鳴だった。

スネイプは蛇の牙に首を貫かれ、もともと土気色だった顔から血の気が消え失せ、蒼白になっていく。保護空間に捕らわれたまま、がくりと床に膝を着いた。

「残念なことよ」

その冷たい声色に、悲しみも後悔も含まれてはいない。

――しかし、1つの懸念がヴォルデモートの胸に宿っていた。

「ナナシ」

ヴォルデモートは杖を振ってナナシを守るバリアを取り去り、彼女の傍に寄る。ヴォルデモートはナナシの精神にショックを与えていないかが気懸りだった。

ナナシは顔を白くしていたが、気丈な表情でヴォルデモートへ頷いて見せる。ヴォルデモートは彼女が動けると判断すると、その手を取ってベッドから立ち上がらせ、共に部屋の出口へ向かった。
去り際、ヴォルデモートはナナシに見えないよう自分の体を壁にしながら蛇の保護空間へ杖を振る。保護空間はスネイプから離れ、スネイプは首から血を噴き出し床に倒れた。そのまま出て行ったヴォルデモートとナナシの後ろを、蛇は球体状の保護空間に守られたままふわふわとついていった。

「……ッ……!」

ヴォルデモートの想念から引き戻されたハリーは目を開けた。ナナシの手を、あんなにも優しく包んだ筈の手は自分の口の中にあった。

痙攣する黒いブーツが片方、横たわっているのが見える。

ハリーはハーマイオニーが止めるのも聞かず、木箱を動かし、部屋に入り込んで、スネイプの傍に寄った。

何故自分が憎んでいた男に近付いたのか、その男の出血を止めようと傷に指を添えているのか、わからない。

ハリーは透明マントを脱いでスネイプを見下ろす。スネイプはハリーに気がつくと何かを伝えようとしたが、思うように声を出せないようだった。ハリーが屈むと、その胸元を掴んで引き寄せる。

「これを……取れ……」

スネイプから青みがかった銀色の何かが漏れ出ていた。ハリーはこれが何なのかを知っている。ハーマイオニーにフラスコを手渡され、ハリーは杖で銀色の物質をフラスコ一杯に汲み上げた。

スネイプの手の力が緩んでいく。

「僕を……見て……くれ……」

ハリーの緑の瞳が、セブルス・スネイプの黒い瞳を捉えた。
その刹那、黒い瞳から何かが消え、虚ろになった。ハリーを掴んでいた手がどさりと床に落ち、スネイプは全く動かなくなった。

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