34戦端

怒りに叫びながら、ヴォルデモートは横の窓を破壊した。汚れがこびりついて煤けたガラスが粉々になって外へ飛び散っていく。

死んだ筈の老人への憎しみが彼の胸を焼き尽くしていた。

ダンブルドア……!!

俺様の二番目の姓からここを見抜いたというのか? これでは湖もわからない……。ここまで奥深く俺様を調べ上げている。あいつなら、気づくかもしれぬ。孤児院に訪れたことのある、あいつなら……! ――しかしダンブルドアは死んだ。奴はあの小僧に伝えたのか? 小僧にどこまで知られている? ……知られていたとして、小僧が洞窟の守りを破れる筈がない。しかし、奴なら。奴が小僧に託していたとしたら――。

……確かめる他は無い。

そして残った分霊箱の守りを更に強化する。それまでナナシとナギニから目を離さぬようにせねば。誰かに守らせるのは終わりだ。ましてやナナシの守りを任せているのはマルフォイとベラトリックス……信用できる筈がない。俺様が直々に守る。俺様の傍から片時も離すものか――。

振り返り、ナナシを引き寄せようとすると、すぐ後ろまで連れてきたはずの姿がない。

『下です』

ナギニの声に下を見ると、倒れたナナシをナギニが受け止めるようにしていた。

「ナナシ――」

呼び掛けに応じない。ヴォルデモートは膝をつきナナシの首筋に触れた。温かく、呼吸もしている。意識を失っているだけのようだ。

無理をさせたか。説明もせず、ここまで引っ張ってきてしまった。
この頃、どうも調子が悪いように見えた。それに……。

ナナシの手元に目をやると、左手を覆うようにしている。
ナナシは指輪を気にしているような素振りをすることが増えた。

ナギニからナナシを受け取り、小屋から出る。ここから洞窟までは、姿くらましをするには少し遠い。ナギニを肩に乗せるとヴォルデモートは空へ上がった。陽が沈んで群青色になった空をしばらく飛び続け、姿くらましできるところにまで来ると、地面に降り立つ。

ナナシが眠っていてよかった。こう何度も慣れない移動を意識のあるうちに強いられては、体調を悪化させてしまっただろう。

ヴォルデモートはナナシを抱き直し、姿くらましをする。そして、洞窟への入り口である、崖の下に突き出したような岩に降り立った。

――そのとき、ホグワーツで仕事をさせているカローからの呼び出しを感じる。自分を呼び出すときはポッターを捕らえたときと、ようく言ってある。

心が勝利で踊った。小僧を捕らえた。

さて……すぐにでも奴のところに行き、息の根を止めてやりたいところだが。分霊箱の安否の把握も重要だ。それにここまで来た。先にロケットの状態を確かめることにしよう。

崖の割れ目に入り、暗いトンネルを抜け、洞穴の入り口に到着する。入り口を通り抜けると、湖が現れた。向こう岸が見えないほどの巨大な、黒い湖。漣一つない。辺りはインクのような濃い闇に包まれている。その光景を見渡して、ヴォルデモートは再び怒りが膨れ上がるのを感じた。

湖の真ん中に見える筈の、緑色の光が見えない――。

ナナシとナギニを安全なところに置き、急いで小舟を湖から引き上げ、乗り込む。小舟は湖の真ん中にある小島に向かって動き出す。死体が漂う湖を幽霊船の様に静かに進み続け、間もなくして小島に到着した。小島の真ん中に置いた石の水盆……やはり光を発していない。近寄り、中を覗き込む。中に張っておいた薬は透明になっている。そして、その底に守られている筈のロケットが――無い――――!

……殺してやる。

ハリー・ポッター……!

「っ!」

ヴォルデモートの激しい怒りがハリーの傷痕を燃え上がらせた。
ハリーは見た。石の水盆が空になっているところを。先程はゴーントの家で空になった黄金の箱を見た。ヴォルデモートは2つの分霊箱の確認を終えた。すぐに最後の1つの隠し場所――このホグワーツにやって来るだろう。

「ポッター、大丈夫ですか?」

マクゴナガルの声で我に返る。そして彼女にヴォルデモートがこちらに近付いていることを知らせ、ホグワーツを守り生徒を逃がす算段を話し合って、移動を始めた。

ハリーはホグワーツに居た。
ハリーはグリンゴッツからハッフルパフの金のカップを盗み出したあと、盗まれたことを小鬼に報告され怒り狂うヴォルデモートの心を見た。ヴォルデモートは怒りと恐れの余り分霊箱について思い浮かべ、無意識のうちにハリーに分霊箱の在り処を教えてしまったのだ。

不明だった最後の1つは間違いなくホグワーツにあり、レイブンクローにまつわるものだ。
今のところ考えられるのは、失われた髪飾り……。でも何百年もの間見つけられなかった髪飾りがどこにあるのか、そもそも存在するのかどうか、わからないことだらけだ。

ハリーにはもう1つわからないことがあった。

――ナナシという女性。

ヴォルデモートは分霊箱に着いて思い浮かべたとき、ナナシについても考えた。そして彼女をナギニと共に自分の守りの下に置くことを決め、真っ直ぐに彼女が居る部屋へ向かった――。

やはり彼女は分霊箱なのか?
ヴォルデモートが7という数字に拘ったというダンブルドアの推理は外れていて、分霊箱をもう1つ作ったのか?

しかし思考の途中で、共に居たマクゴナガルとルーナ以外の気配を感じる――セブルス・スネイプだ。

透明マントを被るハリーをスネイプは目視できない。ハリーを見たのだろうと疑うように問いかけてくるスネイプに、マグゴナガルは素早く攻撃を仕掛ける。そこに寝巻き姿の寮監の教師たちが駆け付け、マグゴナガルに加勢した。スネイプは教室に逃げ込み、窓を割って外に飛び降りた。ヴォルデモートから飛行術を教わっていたのだ。

スネイプが飛んでいく姿を見ているうちに、ハリーはヴォルデモートが小舟から降り、こちらに向かおうとしているのを感じた。

「先生、学校にバリケードを張らなければなりません。あいつが、もうすぐやって来ます!」

ハリーの訴えにマグゴナガルと寮監たちはホグワーツを守る魔法を行使し、生徒を大広間に集め始めた。ハリーとルーナは必要の部屋へ向かう。そこはなんと、満員になっていた。不死鳥の騎士団、ダンブルドア軍団、卒業生――みんなが、ハリーと共にヴォルデモートと戦うために集まってきたのだ。

ついに、このときが来た。

しかしロンとハーマイオニーがいない。2人を探し始めたところで、ハリーの傷痕が焼けるように痛み出した――。

「愚かなことだ……」

ヴォルデモートは校門からホグワーツ城を見上げていた。
この時間、普段は暗く闇に溶けている筈の城は、煌々とした灯りが点いている。

小僧が城に入り込んだ。分霊箱が隠された、あの城に。
ホグズミードに配置した連中は奴を取り逃がしたのだ。そしてカローはしくじり、セブルスは追い出された。ことごとく幸運な……ゴキブリのような奴め。

城の中の者たちは小僧を守ろうと準備をしているようだ。城の周りには防衛魔法が施されていた。

しかし、そんなものは時間稼ぎにしかならない。分からないのか?

奴は許さぬ。

ハリー・ポッターは、必ず殺す。

全軍を上げて奴を捕らえる。全軍だ。巨人や狼人間、吸魂鬼……俺様に忠誠を誓ったものたちを、すべて呼ぶ。しかし、それには少々伝達と収集の時間を要するだろう。その時間を使って、城の中の者に揺さぶりをかけてやればいい。少し考えれば分かる筈だ。俺様に盾突くことは、無駄な血を流すことになるだけだと。小僧さえ手に入ればそれで良い。奴の息の根さえ止めることができれば――。

ヴォルデモートは杖を喉に当て、辺り一帯に響き渡るようにして、敵に語り掛ける。

《おまえたちが、戦う準備をしているのはわかっている。何をしようが無駄なことだ。俺様には敵わぬ。おまえたち魔法族を殺したくはない》

《ハリー・ポッターを差し出せ》

《そうすれば、誰も傷つけはせぬ。ポッターを差し出せば、学校には手を出さぬ。おまえたちは報われる》

《真夜中まで待ってやる》

語り終えると、ヴォルデモートは既に死喰い人たちが待機するホグズミードへと踵を返した。

その腕の中ではナナシが静かに眠っている。

できれば、今はそのまま、すべてが終わるまで眠っていてほしい。他人の死を恐れるナナシ。やさしく、弱いナナシ。きっと戦いに怯えることだろう。今はお前の目を見ることが怖い。

ナナシ。

……おまえの為でもあるのだ。

『ポッターが、ヴォルデモート様に、何かしたら。ヴォルデモート様に何かあったら。あなたと居れなくなる日が来たら、こわい』

そんな日を、来させるものか。

俺様は生き続ける。
おまえとの未来を、必ずや守り抜く。

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