23散歩

「今後はこの部屋で過ごすと良い」

食事を終えてナギニと戯れていると、唐突にそう告げられてフリーズしてしまった。

無言で目をパチクリさせていると、何かの書類に目を通していたヴォルデモートが顔を上げる。

「嫌か?」

何も言えず、ただふるふると首を横に振るわたしを確認すると、彼はまた書類に目を戻した。

わたしはまだ、彼を見つめ続ける。
段々と事を理解して心音が高鳴っていく。

それって。
ちょっとした同棲ではないだろうか。

一緒に居る時間が増えることが嬉しい反面、正直緊張も大きい。

(今まで散々見られてきたけど)寝起きを見られたり、着替えたいときは隠れなきゃいけないし、お風呂のときは彼が部屋にいるかもしれないのだ。どうしよう。
あ、あとベッド大きいけど1つしか無い……!

『ナナシ様、ナナシ様』
「……」

茫然として体を撫でてくれなくなったわたしにナギニが催促するように巻き付いていく。そしてハッと気づいたときには、すっかり身動きがとれなくなっていた。

『ナギニ。放してやれ』

小一時間ほど書類に目を通したあと、やっと息絶え絶えのわたしに気づいたヴォルデモートはナギニに声を掛ける。

ナギニはするするとわたしから離れ、ヴォルデモートの首に巻きついた。相当重い筈なのに全く動じず、慣れたようにナギニの頭を撫でるヴォルデモートに目が丸くなる。息が荒いわたしとは対照的だ。

「お前は身体能力が低いな……。昨晩もホグワーツで転びそうになっていただろう?」
「う」

どうやらしっかりと見られていたらしい。確かに、ヒールではあったが校庭を少し駆けただけで足を捻ってしまったのだ。

「夜もすぐに気を失う」と溜め息まじりに付け足され、それは誰か様のせいだと反論したい気持ちを堪える。

体力が無いのは図星だ。というか衰えたと思う。ずっと運動せずに室内生活をしていたせいだろう。

「少し歩くか」

彼もわたしに多少の運動が必要だと判断したらしい。
そう言うと、ヴォルデモートはわたしの足に杖を振った。今度は歩きやすそうなヒールの低いパンプスだった。
そのまま部屋の外に連れ出される。屋敷内の贅沢な装飾や広い玄関ホールに驚きながら外に出て、着いた先は、屋敷の庭だった。

ひやりとしつつも春の香りを孕んだ空気に触れ、嬉しくなって深呼吸する。曇ってはいるが明るい時間に外にいることが感動だった。

更に何ヶ月も庭の景色を眺めて過ごしていたので自然と憧れになっていたその場所にいることに、夢が叶ったような気分になった。

高い生垣に囲まれたこの庭は、外から様子は見えないだろう。しかし上から見ていたわたしはその素晴らしさを知っている。

「わぁ……」

暫く歩くと念願の広場に辿り着いた。中央には荘厳な彫刻が為され、高貴な彫像が備わった噴水。思わず感嘆の声を上げてしまう。その周りは沢山の白い薔薇に囲まれており、THE貴族の庭といった雰囲気を醸し出していた。

そろそろと噴水に近寄ると。

「ひっ!」

彫像の後ろからヌッと大きな鳥が出てきて、横に居たヴォルデモートにしがみ付いてしまう。

「落ち着け。孔雀だ」
「……っ」

突然孔雀が出てくる庭なんて、きっとここしか無い。落ち着けない。と心の中でツッコミつつ、わたしは体勢を立て直す。
ときどき庭を動いてた影はこの子だったのか……。

噴水のマイナスイオンと薔薇の瑞々しい香りにしばし癒されたあと、歩を進める。

広場の隣は植物園の様になっていた。整然と植えられた植物はどれも物珍しくて飽きが来ることはなく。更にヴォルデモートが時折解説してくれるものだから、彼が話をしてくれることに心が踊って、わたしは時間を忘れて楽しんだ。

広すぎる庭は他にも見どころが沢山あって、マルフォイ家の財力を見せつけられる。
一周したかというときにはすっかり歩き疲れていた。

しかし、久しぶりに動いて体も喜んでいるし、まるでデートのような時間に心も満たされている。
昨晩が嘘かのように穏やかな時間だった。

「あの、ヴォルデモート様」

屋敷へと戻る道のりの途中、横についてくれている彼を見上げる。

「ありがとうございます。ずっとここを歩いてみたかったんです」
「……慎ましい願いだな」

目を細めたその横顔は、散歩の興奮が落ち着いてきていたわたしの頭に、昨日こんな風に横並びでホグワーツへ向かったことを思い出させた。

意識的に考えないようにしていた疑問が浮かんでしまう。

――――指輪。

セブルスの驚いた顔。そして、発言。

『貴女は魔法界で1番安全な存在となりますな』

ヴォルデモートが死喰い人たちへわたしに手を出さないように伝えたのは、きっと指輪を与えた後だろう。

何故わたしを部屋に置くことにしたのかも。
単純に考えれば。指輪の持ち主であるわたしがあんな目にあったから、今までの部屋よりも目に置けるところへ移したんだろう。

わたしを護る意味は、きっとこの指輪。

わたし自身じゃない。

この指輪は何?
ヴォルデモートへの裏切りを禁じて、蛇の言葉がわかるようになるほど魔力が強くて、ポッターの傷と呼応した。

考えてもマグルのわたしなんかの頭じゃ分かる筈はない。

――――でも、知りたい。

聞いたら、ヴォルデモート様は答えてくれるだろうか?

もう1度彼の横顔を盗み見る。

蛇のような容姿。トムの写真を見たときに教えてくれた……この姿は魂を傷つけた影響だと。
永遠を、生きるために。

謎が積もっていく。

でも聞く勇気があるわけもなく。
わたしは我慢するように、ぎゅっと左手を握りしめた。

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