22蛇語

「んー……」

瞼を閉じていても感じる光に起こされ、わたしは目を覚ました。窓から暖かな春の日差しが舞い込んでいる。もう一度目を閉じて、窓から背を向けるように寝返りを打つ。
昼を過ぎた頃だろうか。早朝という変な時間に寝てしまったからか、少し頭が痛い。

耳を澄ませば、時折カチャカチャと金属音が聞こえてくる。
フォークとナイフが皿とぶつかる音。誰かが食事をしているのだろうか。

誰かって。

ここがヴォルデモートの部屋だということを思い出して、再び目を開けると。

黄色い2つの瞳がこちらを覗いていた。

「〜〜!!!」

蛇のものとは思えない大きな頭。
またしても大蛇に寝ているところを監視されていたらしい。本当に心臓に悪い。

大蛇は固まっているわたしを暫く見つめると、するすると床の方へ消えていった。

「よく眠るな。お前は」

大蛇が遠のいたことと声を掛けられたことに体を起こすと、ヴォルデモートの姿が見えた。
彼は部屋の中央に置かれたテーブルで食事を摂っている。

寝惚け眼のわたしを見て、彼はくつくつと笑い出した。

「狸の様だぞ」
「え?」

ヴォルデモートはトントンと自分の目の下辺りを小突く。

ハッとした。
化粧落としてないんだった……!

鏡を見ようと慌ててクローゼットに駆け寄って扉を開くと、ヴォルデモートの衣服が整然と並んでいた。頭にハテナを浮かべながら扉を閉じるとダイヤルが目に入る。

「4だ」

言われたとおりにダイヤルを4に合わせてから扉を開くと、わたしの為に用意されたのであろう衣服が現れる。魔法すごい。便利。

扉の裏の鏡を覗くと、まさしく狸のように目の下に化粧が落ちていた。
化粧箱の中を探すとクレンジングオイルを発見。そのまま洗面台へ向かい、顔をきれいさっぱり洗う。

部屋へ戻ると、ヴォルデモートは食事を終えるところだった。

『ご主人様。ナギニも腹が空きました』

横で侍る大蛇が強請ると、彼はほとんど減らずに残っていたチキンを杖で浮かせて大蛇の口元へ運ぶ。大蛇は嬉しそうに食らいついた。

その光景に少し癒されながらも、驚きの事実を再確認する。

「やっぱり喋ってる……」

わたしの呟きに、ヴォルデモートはくるりと大蛇からこちらへ振り向いた。

「この蛇が何を言っているのか、わかるのか?」
「……はい」

どうやら蛇が喋るというより、わたしが蛇の言葉をわかるようだ。

「この蛇はナギニと言う。ナギニに語りかけてみろ」

わたしは恐る恐るナギニに近寄り、傍にしゃがんで語りかけた。

「ナギニさん、お肉は美味しいですか?」

ナギニはわたしの声掛けに何も反応しない。チキンを嚥下し終え、その腹に流している。

「聞こえはするが、喋れはしないようだな」

わたしたちの会話に首を傾げるナギニ。

「かわいい……」

その仕草が大きな体とギャップがあり、思ったことを呟いてしまう。
すると、ナギニの頭がピクッと反応した。

『可愛いとおっしゃいましたか?』

――伝わった!
嬉しくなって、何度も頷く。

『貴女に好感を持ちました』

ナギニはするすると擦り寄り、わたしの体に巻き付いてきた。ひんやりとした鱗の感触が心地よい。しかし重い。しゃがんでいた体勢は崩され、わたしは床に座り込むようにしてナギニを抱きとめた。

「ヴォルデモート様、伝わりました!」
「いや。蛇語ではなかった」
「へ」
「ナギニは賢いからな。人間の言葉を少し覚えている」

『可愛い』を覚えているなんて。

「……女の子なんですか?」
「そうだ」

なんだか愛らしく思えてきて、たどたどしくもナギニの腹を撫でる。
そういえば以前にハンスから聞いた、ヴォルデモートが可愛がっている蛇……きっとこの子のことだろう。
もっと撫でてと言うようにどんどん体に乗っかるナギニに殆ど床に寝っ転がってしまったわたしを見かねて、ヴォルデモートはナギニを浮かせてベッドの上に乗せた。ナギニは残念そうに体をくねらせ、ベッドの上でとぐろを巻いた。

「蛇の言葉は、俺様の様な選ばれし僅かな者にしか理解できない」

そして今度はゆっくりとわたしに杖を向ける。
そこで初めて、彼の杖がいつものものではないことに気付いた。

「理屈は解る。その体に俺様の魔力が宿っているからだろう。しかしマグルの体にそこまで順応するとは……」

ヴォルデモートの魔法で体が起き上がり、隣の椅子に座らせられる。
彼はテーブルに肘をつき、その腕で頭を支えるようにしながら、こちらを見つめた。

「余程、体の相性が良いらしい」

冗談であると分かるが、厭らしい言い方と真っ直ぐに向けられた視線に顔が熱くなる。

昨晩わたしはこの人に愛してると告白をした。
それも、彼の膝に跨って、自分からキスして……。

思い出せば思い出すほど羞恥心が込み上げてきた。穴があったら入って蓋をして鍵を掛けて引き籠りたい。
一夜明けてみると、あれほど大胆になれたことが不思議で仕方なかった。

どんどん耳まで赤くなるわたしが面白いのか、ヴォルデモートは笑みを深めていた。片方の手で新たな杖をくるくると弄っている。

わたしは話題を変えるように杖を指差した。

「あの……その杖」
「……そうだ」

歴史を感じる赴きがあり、古いものだというのがわかる。何かの木の実のような彫刻が施されているのが特徴的だった。普通の杖よりも強力であるらしい。そのことが伝わってくる荘厳さがあった。

あんなにも彼が探し求めていたもの。文献を漁り、常に頭の片隅で考えていて、何度も遠いところに足を運んで。それが今、彼の手にある。

「良かった」

素直に嬉しい。自然と笑みが漏れる。
手に入らない苛立ちをぶつけられたりもした。辛かったけど、彼の気が少しでも晴れたなら、良い。おこがましいが一緒に乗り越えたような気持ちだ。

ヴォルデモートはそんなわたしを眺めながら、杖を器用な手つきで回した。ベッドに横になったことで刻まれたワンピースの皺が綺麗に取れていく。

すっかりアイロンをかけた後のようになり感心していると、ヴォルデモートは小さく溜め息を吐いた。

「しかし……前の杖と違いを感じない。まだこの手に馴染まないようだ」
「え……?」
「杖は奥深い。杖の忠誠心や、魔法使いとの相性――そういったものが強いときに最高の効果が現れる。使い込み、お互いを学び合ってからでないと馴染まないと論じる者もいる」

魔法のことは本で読んだ知識しか無かったので、そのような感覚的な話はわたしには全くわからなかった。
杖はただ魔法を放つものではないんだ。

「生きてるみたい……」

じっと彼の手に収まる杖を見つめる。
この杖は使い手を認めるまで力を発揮しない頑固者なんだろうか。それともただの人見知りなんだろうか。

「もう少し様子を見ねばなるまい」

煩わしそうな声色に胸に小さな不安が宿る。

ヴォルデモート様になら、その杖に相応しい力がある筈なのに……。

しかし不穏な沈黙をグウと間抜けな音が破った。わたしのお腹の音だ。
ヴォルデモートがくぐもった笑いを漏らしながらパチンと指を鳴らす。暫くすると、目の前に料理が現れた。
そこにハンスのお得意で以前に美味しいと誉めたスープがあることに気づいて、わたしは不安を忘れてとびきり笑んでしまった。

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