21不明

ハリーはドビーの墓を見下ろしていた。

マルフォイ邸での窮地を救ってくれたその妖精の胸をベラトリックスのナイフが貫いていたのだ。
しかしその哀しみが死の秘宝への妄執を吹き飛ばした。

グリップフックとオリバンダ―。そして――マルフォイ邸に捕らえられていたナナシ。
3人とすぐにでも話をすることに決め、ハリーは墓から離れ、貝殻の家に入る。

皆は居間で話をしていた。貝殻の家からグリップフックとオリバンダ―を移そうとする流れをハリーは「だめだ」と止める。

「2人と話をする必要があるんだ。大切なことで。それと、黒い服を着た女性はどこ?」

緊張した空気になったことにハリーは眉を寄せた。ルーナが沈黙を破る。

「ハリー。あの女の人はドビーと一緒にマルフォイの屋敷に戻ったよ」
「――何だって?」
「皆、止めようとしたも。でも彼女は譲らなかった。誰かの側にいたいんだって。多分――」
「例のあの人のところだ」

全員が息を呑んだ。ハリーがナナシについて何か秘密を知っているような様子に驚いたと同時に、ひ弱そうでハリーを助けようとしたかに見えた彼女がヴォルデモート側の人間であることが確実になったからだ。

オリバンダ―とグリップフックと話した後、ハリーはロンとハーマイオニーと共に庭に出る。そしてニワトコの杖に関して自分の理論を2人に聞かせた。ニワトコの杖はグリンデルバルトからダンブルドアに渡り、今はホグワーツにあると――。
しかしもうそこにヴォルデモートが辿り着いていると聞いて、何故先回りしようとしなかったのかと怒るロンに、ハリーは訴えた。

「僕はその杖を持ってはいけないはずなんだ……僕は分霊箱を探すはずなんだ……」

そしてハリーはヴォルデモートの意識の中に引きずり込まれる。
スネイプと――ナナシも一緒だ。2人に城で待てと伝えている。
ヴォルデモートが杖を得たところで意識を取り戻したハリーは、心配そうに自分を覗き込むロンとハーマイオニーに目を合わせ、今見たものを伝えた。
ロンが絶望的な呻きを上げる。それを無視して、ハリーはナナシの話題に移った。

「あの女性が一緒だった。ここからドビーとマルフォイの屋敷に戻ったていう。ナナシっていうらしいんだけど……。もしかしたら、奴にとってナナシは重要なのかもしれない。彼女に会って傷が痛んだんだ。指に何か印があった」

ハーマイオニーがハッと息を呑む。構わずハリーは話を続ける。

「随分前に見た。奴が、女の人が襲われているのを見て――男に首を絞められているのを見て――すごく怒ってた。男の腕を切って殺したんだ。会って気づいた。ナナシだった」
「どうしてそのことを言わなかったの?」
「言ったら君怒っただろう?」

その通りだ。そして『閉心術』の練習をしろと説教したことだろう。ハーマイオニーは一瞬口を噤んだが、すぐに顔を上げる。

「でもハリー……重要なことよ。もし、その、ナナシって人が――」
「――分霊箱だとしたら、でしょ?」
「……そう。わたしたち、その人を殺さなければ例のあの人を倒せない」

ロンが固まった。ロンはナナシを間近で見た1人だ。敵であろうと、あのひ弱そうな生きた人間を殺すなんて耐えがたい悪行に感じた。

「……もし分霊箱なら、その通りだね。でも僕は……分霊箱とは違う気がするんだ。傷の痛みが違って……なんというか……吸い寄せられるみたいな感じだった」
「でも、分霊箱じゃないなら、どうして奴は女の人を助けたの?」

暫く沈黙が続いた。3人ともナナシのことを考えていた。
もしかしたらこの先、彼女の命と対峙しなければならない。

ナナシ。
一体誰なんだろう。あの指は何なんだ。

その日。体はぐったり疲れているのに、ハリーは秘宝と分霊箱、そしてナナシのことが頭を巡り、なかなか眠りにつくことができなかった。

一方、休息に着いていたヴォルデモートは目を覚ます。
眠りに着いてから2〜3時間といったところだろうか。

頬の下を擽るものに目を向けると、それはナナシの柔らかな髪だった。自分の胸に縋るように手を添え、腕の中でぐっすりと眠るナナシを見て、彼の胸中を何かが擽る。
口紅が殆ど取れてしまったその唇をしばらく撫ぜ、ヴォルデモートは身を起こした。

そのまま地下牢に向かう。

扉を開いて地下牢に光が舞い込むと、閉じ込められていたものたちは眩しそうに顔を歪めたり、体を揺らしたりした。しかし入ってきた人物がヴォルデモートであるとわかると、みな跪く。
ベラトリックスは悲痛な声で許しを請い始めた。

「我が君……お許し下さい……私は、私は力を尽くしました――」
「黙れ」
「わ、ワームテールが悪いのです、奴が! あ゛、ああああッ」

口を閉じないベラトリックスにヴォルデモートは磔の呪いをかけた。地下牢に響き渡る叫びに呼応するようにドラコが啜り泣く。
ヴォルデモートの視線が、部屋の端で寄り添い合うマルフォイ一家に向けられた。

「ルシウス」

ルシウスは身体中傷ついていたが、特に顔は血にまみれ、片方の目は腫れ上がっていた。

「以前に用意させたナナシの衣類を使ったぞ。化粧道具まで用意するとは、気が利くではないか」
「……お役に立て、嬉しゅうございます……」
「それと。ナナシの警護を任せた筈だが?」

恐れていた話題を出され、ルシウスの顔が強張る。

「お前たちは何度しくじれば気が済む? 女1人守れないとはどういうことだ?」
「も、申し訳ございません――ポッターらに気を取られ――」
「しかしポッターにも逃げられた」

ヴォルデモートの声は落ち着いていながらも危険な色を孕んでいた。ルシウスはそれ以上何も言うことができなくなった。
グレイバックの近くで見張りをしていたナギニが巨体を動かしヴォルデモートの側へ侍る。そして鎌首をもたげ、マルフォイ一家を見据えた。震えの止まらないドラコをナルシッサが後ろから支えるように抱きしめた。

「よい、よい、ナギニ。俺様は慈悲深い。この者たちに最後のチャンスをやることにしたのだ」

ベラトリックスが神でも崇めるような表情でヴォルデモートを見上げる。

「より一層強固なものとしたナナシの警護を行え。ナナシが死にでもしたら、お前たちの命も尽きるだろう」

ルシウスとナルシッサは口々に「畏まりました」と返事をした。ベラトリックスは目を見開き、信じがたい言葉を聞かされたような顔をしたが、小さく御意の返事をした。

用が済んだヴォルデモートは踵を返す。その後をするするとナギニが追った。
しかし「ああ」と思い出したように彼は軽く後ろを振り返る。

「ドラコは休暇が終われば学校へ戻るがいい。虫も殺せぬような者には警護は務まらぬ。それと……そこの屋敷しもべ、仕事に戻れ」
「か、かかしこまりました!!!」

隅っこに座り体を小さくしていたハンスはヴォルデモートの命を受け、ピシッと立ち上がり、地下牢を後にしたヴォルデモートに続いて出口へ向かった。

「あの女は……一体……」

ベラトリックスが不可解で仕方がないという顔で呟く。ナルシッサも同じだった。姉妹は顔を見合わせた。
ルシウスはナナシに真実薬を飲ませた日のことを思い出し、帝王が彼女に目をかけるのは何故かと探っていた。

ヴォルデモートは以前にもナナシの警護を頼み、死喰い人たちに彼女に手を出してはならないと命じた。その理由を彼らは聞かされていなかったのだ。

遠く、ホグワーツで。
セブルス・スネイプもナナシのことを考えていた。
彼はヴォルデモートが彼女を守る理由を知っていた。しかし先程目の当たりにした2人の様子に違和感を覚えていたのだ。
ヴォルデモートの彼女の扱い方は、あまりにも――優しすぎた。

様々な人間がナナシは何者なのかと訝っている。
本人はそんなことを知る由もなく、ベッドの上で寝返りを打っていた。

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