20城内

巨大な木製の扉から城内に入る。圧巻だった。
玄関ホールは広大で、生徒の多さを窺わせる。正面には立派な大理石の階段が上に続いていて、その先を追うように天井を見上げれば、どこまで続くのか分からないほど高かった。

こんなお城で、しかも魔法を学べるなんて……夢のようだろうな。
有り得もしない自分の生徒姿を思い浮かべて、にやけてしまう。

セブルスを追って階段を上り始めると、体重を掛ける度に捻った左足首が痛んだ。捻挫してしまったかもしれない。
足から気を逸らそうと、城の中を見渡すと。

「えっ」

遠くの方で白い真珠のような輝きを放った人間が漂っているのを見つけた。

「何か?」
「……あ、あれ……」
「ああ。グリフィンドールのニコラス卿ですな」
「ぐり……」
「ゴーストをご存知無い?」

ご、ゴースト?!

まばたきしてから目を凝らしてみたが、消えることはなく、廊下の向こう側へ向かっていく。

他にもテレビのように動く絵画や、行き先を変える階段などなど。1つ1つが目新しいものばかりで信じられないほど楽しい。

夢中になって辺りをキョロキョロ見回したり、フラフラと近くのものを覗いていると、「失礼」とセブルスに腕を掴まれ、部屋の扉の前に誘導されてしまう。子供染みたことをしてまった、とちょっと恥ずかしくなった。

中に入ると、高級そうな絨毯の上にソファとテーブルが並んでいた。窓からは校庭を眺められる。どうやら客室のようだ。
促されたビロードの黒いソファに腰掛けると、その中に疲れが溶けていくようだった。
セブルスは目の前のソファに腰掛けた。

城への興奮が落ち着くと、段々と身体が重くなってくる。
そういえば、今夜は少しハードだった。数時間前にポッターに会ったなんて信じられない。
記憶をなくして気絶して、風呂で少々まどろんだだけで、まともに眠らずに外は夜明けを迎えようとしている。

「ワインは嗜まれますか?」
「はい。でも……お茶を頂けますか?」

今ワインを飲んだら身体に重いだろう。
セブルスがパチンと指を鳴らすと、目の前のローテーブルに湯気だった紅茶が現れた。ふわりと茶葉の良い香りが鼻孔をくすぐり、心が躍る。

「わぁ……!いただきます」

早速カップを手に取ろうと前屈みになる。
しかし、体重がかかって捻った足がズキンと痛み、顔を顰めてしまった。

「っ……」

無言でさすっていると、セブルスが何かを呟き始めて。顔を上げれば彼はわたしの足に杖を向けていた。
あたたかな空気が足首を包み、痛みはたちまち消えていく。回しても伸びをしても全く平気だ。

すごい。癒しの魔法だ。

お礼を言っても、彼は校門で会ったときのように見定めるような目つきでこちらを窺っている。
ほんの十数秒の沈黙が、何十分にも感じられた。

彼は重々しく口を開いた。

「貴女は――マグルですな」

一瞬ドキリとするも、コクリと頷く。
その通りだ。

「聞いていた。闇の帝王の寵愛を受ける、マグルがいると」

その暗い闇のような瞳に見つめられて、ざわざわと胸が騒いだ。
何を考えているのか分からない。でもわたしのことは読み取られているような、そんな感覚。

セブルスはワインを一口含んで、じっくりと味わうような素振りを見せた。

「めったなことがない限り敵の魔法使いはマグルを傷つけない。そして死喰い人が手を出せないマグルとなると……貴女は魔法界で1番安全な存在となりますな」

そして「聡いお方だ」とボソリと呟いた。

時間をかけてようやく意味を理解して、眉を寄せる。
どうやら死喰い人の間でわたしは手が出してはいけない存在になっているらしい。

どうして、わたしがそんな立場に?

ベラトリックスとルシウスに尋問されたことを思い出す。あのときは探り探りといった様子だった。
ヴォルデモートがわたしに手を出さないようにと死喰い人たちに伝えたとしたなら、それ以降だ。

期待はしちゃいけない。わたし自身に価値があるわけない。
さっき、やっとこさ気持ちを認めて貰えただけなんだから。

それなら――。

「この指輪を嵌めているからですか? これには、何の意味が?」

セブルスの眉が僅かに動いた。
しかしそんな素振りは無かったかのように落ち着きはらった声でわたしを諭す。

「はて。我輩は貴女を……帝王の良い人と。そう認識して述べたまでですが」
「わたしのこと、そんな風には……。指輪が特別なのではないかと……」
「何のことやらさっぱりですな」

門での2人のやりとりで、嘘だってわかるはずなのに。
彼の物言いは本当に指輪のことを分かっていないようなものだった。

セブルスは素知らぬ顔でワインを含む。
問い詰めても口を割ることはないだろうと悟り、わたしも大人しく紅茶を飲むことにした。

紅茶が口内の傷に染みる。
ヴォルデモートに頬をはたかれて、できた傷。
あのとき、彼はわたしを失いたくないと言った。

それは、この指輪をはめていたからなんだろうか。
わたし自身ではなくて、指輪の持ち主を失いたくなかっただけ?

胸が、苦しい。
期待してなかった筈なのに。やっぱり、感情はコントロールできない。

目頭が熱くなるのを堪えるように、きゅっと目を瞑る。
まばたきしたら涙が溢れてしまいそうで。

そのまま目を閉じていたら、いつの間にか眠りに落ちていた――――。

ナナシが眠って暫くののち。
ニワトコの杖を手に入れ、満悦の表情でヴォルデモートが部屋へと足を踏み入れる。

彼はソファですやすやと眠るナナシを見て、目を細めた。

「無防備なことだ」

軽く開いたボルドーの唇にかぶりつきたい衝動を抑えながら、ヴォルデモートは彼女の隣に腰掛ける。すかさず、目の前にワインが現れた。

「祝杯だ」
「ついに。なんと素晴らしい」

2人は軽くグラスを掲げ、中身を飲み干した。

「恐れながら我が君。よろしいでしょうか」
「何だ」
「彼女に伝えていないのですか?……指輪の意味を」

セブルスはナナシを一瞥する。
ヴォルデモートは少し動きを止めたのち、空のグラスをテーブルに置いた。グラスにワインが満たされていく。

「伝えている。裏切りを禁ずるものであると」
「……それはおまけのような機能。指輪を与えた以上、自分を守る重要性を知るべきかと。この様な無防備では……」
「セブルス、鋭いな。確かにこいつは無防備が過ぎるし、自分の命を蔑ろにする傾向がある」
「それではやはり、本来の意味を伝えて自己防衛を意識させるべきでしょう」

ヴォルデモートは何も答えず、新たに注がれたワインを一口含んだ。

指輪を与えたことによりナナシは自分にとって重要な存在となった。
しかし彼女を叱ったとき、指輪のことなんて頭にあっただろうか?
ならば、自分は、何故――。

思案は、窓から差し込み始めた朝日によって阻まれる。
人が目を覚ます前に帰らなければ。自分がここに訪れたことは、これ以上の人間は知らなくていい。

ヴォルデモートはそっとナナシへ腕を伸ばした。

――――涼しい。

風が頬を撫でる感覚が心地よかった。
目を開けば、間近にヴォルデモートの顔があって、驚いて身じろいでしまう。

「そのまま、動くな」

彼の注意により石のように身体を硬くしながら、自分の状況を確認すると。
わたしはヴォルデモートに所謂お姫様抱っこをされ、運ばれているようだった。
いつの間に眠ってしまったのか、どうやらもう城を出たようで、行きと同じ道を戻っているらしい。
暫くするとホグズミードの村に到着した。朝日に照らされ浮かび上がった三角屋根の家々のシルエットはとても美しかった。

「掴まれ」

顔を寄せられ、どきどきしながらヴォルデモートの首に腕を回す。
次の瞬間、またも姿くらましの窮屈な感覚に襲われ、目を瞑って抱き着く腕に力を籠めた。

「んっ……」

唇に何かが触れ、目を開ける。

おでこがくっついてしまいそうなほどヴォルデモートの顔が傍にあって、キスされたと理解したときには、またも唇が触れ合っていた。

彼の部屋に着いていたようで、そのままベッドに寝かされると、ヴォルデモートはわたしに覆い被さって深い口付けを始める。
寝惚けてぼんやりした頭には刺激的で、いっぱいいっぱいになりながらも、わたしは彼のキスに応えた。
微かに風味がして、彼がワインを飲んだことを知った。

離れるのを惜しむように下唇を咥えられた後、彼は隣に横たわる。そしてその長い腕でわたしを抱き込んで、その胸の中に閉じ込めると。

「寝る」と呟いた。

「え。でもあの、わたし、服を脱がないと」
「また欲しくなったのか?」
「ち、ちが、違いますっ! 皺になっちゃうし、それに」
「問題ない」
「えぇ……」

窮屈なワンピースを着たまま。化粧も落とさぬまま。
なのに帝王様はわたしを離してくれない。
先程のキスでわたしはこんなにも心臓が喚いているというのに、眠りに入ろうとしている。

ああ、もう。

先程の悲しみは嘘のように、顔が綻んだ。

指輪のことは忘れておこう。
今はこの幸せを噛み締めて、良い夢を見るんだ。

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