19外出

ぎゅうぎゅうと狭いところに押し込められるような感覚。目玉にも圧力を感じて、目を瞑り息を止める。
そろそろ苦しいと思うや否や圧力から解放され、その勢いに前のめって倒れそうになったが、ヴォルデモートと腕を組んでいたので転ばずに済んだ。

本日4度目のこの移動方法はわたしの頭をくらくらさせたが、少しは慣れたのか今回はすぐに立てないということもなく、気持ち悪さも前回よりは和らいでいた。

それでも残る多少の不快感を払うようにパチパチとまばたきしながら辺りを見回す。
村のようだ。

月明かりの他はほとんど真っ暗だが、どこかの家の2階の窓からテーブルランプのような淡い灯りがカーテンの隙間から微かに漏れている。
その僅かな光たちを頼りに目を凝らせば、美しい三角屋根の家々が並んでいるのがわかった。

目の前に広がる光景に、今更ながらここが日本から遠く離れた地であることを再認識させられる。
ずっと屋敷に閉じこもっていたので、菱形の窓から見える世界しか外の様子はわからなかったのだ。そこから見えるものも大きな庭園くらいだった。

くい、とヴォルデモートに腕を引かれて体を180度回す。
すると、方向を指し示す看板が目の前に立っていた。

←Hogsmeade/Hogwarts→

どうやらこの村はホグズミードという場所で、これからホグワーツに向かうらしい。

「歩く」

ヴォルデモートが杖を振ると、わたしの足がいつの間にか黒のハイヒールを履いていた。

ゆっくりと歩を進め始める。ゆっくりと、な筈なのに。不思議と車に乗っているようなスピードが出ているようだった。
周りの景色がびゅんびゅんと早送りのように後ろに流れていくのを、ただ見つめることしかできない。
ヴォルデモートから離れたらこの勢いに弾かれて飛ばされてしまいそう、と怖くなって、彼の腕にしがみつく。

ひやりとした外気が頬を撫でる感覚が懐かしい。
よくよく考えてみると、ドビーに連れ出されたときを除けば、きちんと外に出るのはヴォルデモートのところに連れて来られたとき以来だ。
あの日が遠い昔のように感じる。つまらないほど普通の女だった筈のわたしが、魔法の世界に引き込まれて、闇の帝王のしもべになって……。

ふいに。
数時間前、その闇の帝王に愛の告白をしたことを思い出す。

自分があんなに熱い感情を持っていたなんて、知らなかった。

「着くぞ」

彼の言葉に、物思いに耽りかけていた頭が我に返る。

成程、20メートルほど先に羽の生えたイノシシの像が両脇に並んだ門が見えた。
目的地を認識すると、スピードが緩やかになり、自然と歩き着いたかのように門の前で足が止まった。

その門の奥に見える光景に息を呑む。
上り坂の先に大小様々な尖塔を備えた壮大な城が聳え立っていた。

「すごい……。こんなお城、誰が住んでるんですか?」
「ここは魔法魔術学校だ」
「……学校……」

うっとりとしたヴォルデモートの声色。
もしかして。

トムの姿が頭に浮かぶ。
学校の規則が綴られた監督日誌。トロフィーを持って学友に囲まれる彼の写真。あれは、この学校での出来事なのだろうか。

揺れる灯りが近づいてくるのに気づいて、思考がそちらに奪われる。
規則正しい足音と段々と浮かび上がる輪郭から、人間であると判断できた。

「我が君。よくぞおいでに」
「ああ、セブルス」

湿っぽい黒い髪のカーテンからヌッと鉤鼻が突き出た土気色の顔。セブルスと呼ばれたその男性は、ヴォルデモートにうやうやしく頭を下げると、門を開けた。
ヴォルデモートに連れられ門の中へと足を踏み入れる。

セブルスが味方であったことにほっとしたのも束の間で。
彼は無表情ながらわたしをしっかりと目で捉えており、そのじっとりとした見定めるような視線に――後ろめたいことがばれたときのような、人前で叱られているときのような――形容しがたい嫌な気持ちになる。

まだ出会って1分も経っていないが、なんとなく彼が苦手であると感じた。

「恐れながら……そちらの女性は?」

なんて答えるんだろう。
しもべであるのは分かっているのに、愚かな自分が期待していた――しもべ以外の解答を。

しかしヴォルデモートの答えは意外なものだった。
無言でわたしの左手を手に取って、薬指をセブルスに見せる。

セブルスは驚いたように微かに目を見開き、今度は未知の生物でも見ているかのように眉を寄せ、もう1度わたしの顔を見た。

「……こちらのお方が……」
「そうだ。……その話は後にするとしよう」
「失礼致しました」

セブルスは頭を下げると、広々とした校庭に体を向けた。
彼の視線が自分から外れたことに安堵するが、ぐるぐると疑問が渦巻き始める。

指輪――――これに、裏切りを禁ずる以外の意味があるの……?

ちらりと左手の薬指を見る。黒く浮かび上がる幾何学模様。
意味深な2人のやり取りが頭を離れなかった。

しかし考えてみても、何も想像つく筈がなく。
すぐに諦めて歩くことに集中する。

目の前に湖が見えてきた。
底深さを感じさせる暗い色、そして近付いても近付いても終わりが見えないその広大さは圧巻だ。

湖の淵に辿り着くとヴォルデモートは足を止め、セブルスと向き合う。

「まもなく、城でおまえに会うことにする。この女を連れ、もてなせ」

その言葉に、わたしは思わず自分の腕と組んでいるヴォルデモートの腕をぎゅっと握ってしまった。
見知らぬ場所でヴォルデモートと離れるのが怖かった。そして更に、セブルスと2人きりになるのが不安で仕方ない。

わたしの行動にヴォルデモートは息を吐くように笑うと、今度はわたしと向き合った。

「ナナシ。一時だ。すぐに戻る。この男の側を離れるな。わかったな?」

あやすような声色に顔が熱くなる。
ずっと腕を組んで横を歩いていたので、顔を合わせるのが久しぶりで。彼の顔を見ていたくて、その赤い瞳から目を逸らさずに「はい」と軽く頷いた。

そっと腕が離される。

「さあ、俺様を一人にするのだ」

セブルスはヴォルデモートに頭を下げると、わたしに向かって「こちらへ」と呟くように声を掛けた。
優しく背中を押され、セブルスに歩み寄る。彼はわたしが十分に近付いたことを確認すると、黒いマントを翻し、いま来た道を戻り始めた。

十何歩か進んで振り返れば、ヴォルデモートは一歩も動かずにこちらを見送っていた。
わたしたちの姿が見えなくなるのを待っているようだった。

きっと、湖の近くに目的の物――おそらく、杖があるんだろう……。

その場所に連れて行ってもらえなかったことに寂しさを感じながら体の向きを戻すと、セブルスと距離ができていて、慌てて駆け寄る。

しかし。
久しぶりの靴、しかもハイヒールで校庭を駆けることは、しばらく室内生活を送っていたせいで弱った筋肉には負担が大きかった。
ヒールが滑って足首をぐりんと捻り、体が横に傾く。

「あ――――」

転ぶ……!

衝撃に備え身を固くし、目を瞑る。

しかし、傍でバサリとマントの音がして、体が何かに受け止められた。それに縋りながら目を開けば、わたしはセブルスの腕を掴んでいて。目の前に彼の顔があった。

「ごめんなさい……!あ、ありがとうございます」

急いで離れて頭を下げる。
そうっと彼の顔を覗き込めば、またも眉を寄せ、不可解そうにこちらを見下ろしていた。

「……お気をつけて」

素っ気なくそう言って、彼はまた城へと歩を進め始める。
しかし、その歩調が少し緩められたのを感じ、拍子抜けした。悪い人ではないのかもしれない。

……あ、でもヴォルデモート様の味方な時点で、悪い人なのか。

別に面白いことではないのに、わたしは小さく微笑んでしまった。

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