15感情

人が死んでる。
怖くて堪らなくて、ただ震えることしかできなくて。

そんな状態のなか目の前に現れたのは、蛇のような容姿の男の人だった。
でもわたしはすんなりと彼を受け入れることができて、なぜかきゅうっと胸が締め付けられた。

「ナナシ」

まっすぐに見据えられているから、名前を呼ばれたのだろうか。

”名前”と考えて、頭の中に様々な言葉や映像が駆け巡った。
ヴォルデモート、ハンス、ハリー・ポッター、ドビー、トム・リドル、ベラトリックス、ルシウス……どこかの部屋、窓からの景色、星空……様々な記憶が頭の中を泳いでいる。

どれがだれ。

どれがここ。

この人は、だれ。
知ってるのに。

記憶が頭の中をぐちゃぐちゃに彷徨って、必死に繋げようとしても、まるで液体が手から溢れ落ちるように掴みどころがない。

「どれ……」

思い出そうとすればするほど脳が軋み、呼応するように左手の薬指がじんじんと唸って、追い詰められていく。

その一方で。
不自然な言動が見え、頭を抑えて息を荒くするナナシを見て、ヴォルデモートは感情を抑えることに精一杯だった。

記憶を失っている?
自分を、忘れている?

怒りと――――もう1つ、胸に騒めくこの感情を彼は理解できなかった。
理解したくないというのが正しいかもしれない。

自分がまさか、マグルの女に、こんな感情を――?

「……ぅ、! う……」

苦しそうに呻くナナシにヴォルデモートは膝を折って近寄ると、その頭を両手で掴み、瞳を覗き込む。そのまま開心術を試みた。

成程。忘却術をかけられた様だが、……奇妙なことに指輪の魔力が記憶を留めている。記憶が壊されたパズルの様だ。術者の魔力が強く、いまだ記憶を追い出そうとしている。

しかし、記憶が留まっている今なら、治せる。

ヴォルデモートはナナシを眠らせ、いつも閉じ込めている部屋ではなく自室へと運ぶ。そして静かにベッドに横たわらせると、杖を取り出し記憶を繋ぎ始めた。

治せるとはいえど、割れたガラス玉を修復するような繊細な作業だ。忘却術を破る力を持つヴォルデモートでも治すとなるとわけが違う。神経が研ぎ澄まされ、終えた頃には額に汗が滲んでいた。

ヴォルデモートは作業の合間に流れてきた記憶から、ナナシとポッターが出会ったことを知る。
何故ナナシがポッターに会おうとしたのかも。

自分に対する彼女の想いは自らの予想よりも強いものであると、彼は意図せずして感じることとなった。

そして、何故記憶は消去されずに留まったのか。
指輪にはそんな力は無い筈だ。

不可解な守り。
これが偶然ではないとしたら。

「…………愛、だとでもいうのか」

自嘲気味に呟きながら、ベッドの横に1人掛けのソファを呼び寄せ腰掛ける。

記憶が戻り、幾分顔色の良くなったナナシの寝顔を眺めて。
安堵している自分に、ヴォルデモートは気付いていた。

一体この娘は何なんだ?

ナナシに忘れられたと思ったときに浮かんだ感情は、怒りと――――悲しみだった。

ナナシの記憶から自分が消えたら、悲しいと、感じたのだ。

始めはただの性奴隷としか考えていなかった筈。
むしろ、アジアへの長距離移動魔法の実験が成功に終わったことの、ついでだった。ベラトリックスが少し前に奴隷を殺してしまったので、実験台の部下に移動先にいた女を1人連れて帰ってこいと命じたのだ。

日本人らしい、大人しく利口な女だとは思った。
今までの奴隷たちは、恐怖に怯えてヒステリックになったり激しく反抗し喚くようなものばかりだった。
おまけに、魔法を恐怖し否定する。
屈辱と絶望を与えて殺してやるにはマグルが適していると、性奴隷はマグルで揃えていたので、そのような腐ったものが多かった。
ナナシは違った。
魔法を疑うことなくすぐに受け入れ、興味まで示した。

更に処女であったことが、子犬でも拾ってきたような気持ちにさせた。懐かせてみるのも面白いと優しく抱いてみる。
あっさりとナナシは心を開き始めた。
もっと懐かせ、信じさせれば、最後に殺してやるときは面白いものが見れるだろう。そうして甘ったるいセックスを提供し続ける。

しかし愛情深いナナシに驚くこととなった。

容姿端麗な学生時代の姿を見せたとき、俺様であれば姿は関係無いと言う。
愛は理解できないと伝えたときは、涙を流した。
自分の命に無頓着な癖に、他人に対してはそのような行動を見せる……。

ある日、つい、ナナシに口付けようとした己がいた。時が悪く至りはしなかったが、後々自分の行動に驚いた。
奴隷に対しセックス以外で触れようとは考えたこともなかったというのに――。

そんな折、ガーズにナナシを傷つけられたときは抑えられない怒りに襲われた。
自分以外の男がナナシに触れたということが耐えられなかった。

……このときから、自分の中でナナシの存在が大きくなっていることには気づいていた。
たかが奴隷に異様な独占欲。離れていると何か物足りないと感じるのだ。
そして暫し日をあけた後のセックスで、口付けを交わした。どうしようもない衝動だった。

消えない印が欲しいと願われたとき、何かが揺らぐようだった。
ナナシが自分に向けている行為に愛を感じて、ずっと、頑なに拒んでいたものを許容してしまう気がした。
しかし考えることを捨て、”所有”という名目で証を残すことにし、永遠を意味する左手の薬指に指輪を授ける。
発明したばかりの裏切りを禁ずる魔法道具だ。俺様への愛が消えればナナシは死ぬだろう。
しかし試すように荒く扱っても、苛立ちをぶつけるようにひどく抱いても、指輪がナナシの命を奪うことはなかった。

そして今、彼女の強い愛を知り、またも揺れている。
そんな自分を許すことができない。愛など、そんな不確かなものに惑わされてはならぬ。わかっている。

ふいに、すぅっと気持ちよさそうな寝息を立てたナナシに思考が奪われた。無防備なその姿を見ていると、毒気が抜かれていく様な気がした。
先程と打って変わって安らかな寝顔が、こんなにも悩んでいる自分と対照的で、少々憎たらしくも感じる。

そういえば、少し疲れた。

ソファの背もたれに体を預け、目を瞑る。

「ナギニ。少し休む。屋敷のものたちを牢に入れておけ。済んだら戻って、この女を見張っていろ」

足元でとぐろを巻いていたナギニがするすると扉へ向かうのを感じながら、ヴォルデモートは眠りについた。

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