13邂逅*

指輪に込められた魔力は血管を流れてわたしの体を巡るらしい。
その間はわたしにとって良い方向にはたらいて、なんと老化を遅くするそうだ。女性にとってこんなに嬉しいことはないんじゃないだろうか。
しかし血を掌握されているということは、ヴォルデモートを裏切れば……どうなるか、想像は容易い。

魔力は指から心臓に至るまで半日ほどかかるらしかった。
心臓に至ってしまえばポンプの力により自然と全身を巡る。
人体と魔法の力が融合していて、魔法がわからないながら、逸脱した技術であることは感じ取れた。

指輪をはめたのは真夜中だったので、ちょうど昼頃に心臓に到達するだろう。
少し緊張したことと、前日朝から眠りこけてしまったことで、わたしの目はギンギンに冴えていた。
本でも読もう。

なんとなく魔法薬の本を手に取って、読み耽った。
途中でハンスが朝食を運んできてくれて動いたときにやっと、左手が少し重いことに気づいた。昼食の時間には左腕全体に倦怠感を感じ、眠くなってきた。
ベッドに横たわる。
程無くして、わたしは眠りについた。

また、夢。

目の前に1人の青年が立っている。

あれは……ヴォルデモート様?

写真で見た学生時代のトム・リドルの姿より、髪が少し長くなっていて、社会人らしいスーツが魅力的だ。
こんな色男、見たことない。

首から何か下げている。

Sと装飾された、ロケット……?

彼はわたしに手を振った。
別れを告げるときのように――。

「――――は、」

荒い呼吸と共に目覚める。
大きな喪失感でいっぱいだった。

今の夢はなんだったんだろう。
何故、見たこともないヴォルデモート様の姿が……?

体を起こしてみると、左腕は元通りに軽くなっていた。
指輪をはめる前と何ら変わりない。
どうやら自然と血を巡り始めたようだ。

それから何週間か経っても、特に異変が起きることはなかった。

ヴォルデモートも、少なくともわたしの前では倒れていない。
あの日の出来事はやはり疲れからくるものだったのだろうか。

しかし不安は拭えない。
まだポッターの動きを掴めていないのだ。
あれがポッターの仕業だったのなら、何をしたのか知るまで安心はできない。

――安心できないといえば、もう1つ。
ヴォルデモートは考え込んだり、苛立ちを見せることが多くなった。

ポッターのことは勿論、杖がどうのこうのとか。
そういった戦局に関することもときどきわたしの前で呟く様になり、嬉しいことではあったが彼が上手くいかない局面が多くて不安が煽られた。

その苛立ちをぶつけられることも多くなった。

乱雑に、獣のように、わたしを抱くのだ。

「ひ、ぅ、う」

ヴォルデモートの熱い肉棒が、膣内を好き勝手に暴れ回っている。
何度も何度も達したというのに、彼はわたしを放してくれない。

「も、もぅ、う、だめぇっ」
「駄目? そんなに、嬉しそうに、鳴いているというのに」
「ひぁっ」

きゅう、と胸の突起を強く摘まれる。
痛いくらいの筈なのに、それも快感としてしまうほどに感覚が狂っていた。

「何が駄目なのだ?」

意地悪に問いかけながら、ヴォルデモートはわたしを攻めることをやめない。
赤い瞳に自分の意のままに乱れる女を映して、嘲るように口角を上げる。

大きな快感の波に何度も呑まれ、気がおかしくなりそうだった。

何度も吐き出された白い液を掻き出さないままに突くものだから、膣内からはぐちゅぐちゅと厭らしい音がたっている。
勿論、液は溢れ、わたしの太腿や臀部はべちゃべちゃに汚れていた。

腰を掴まれ、そのまま引き寄せられる。

「うぁ、……! あ……!」

彼の性器が奥にぐんっと当たって、そのまま押し当てるように腰を振られれば、イかされ続けて敏感になった体には耐えきれない刺激だった。

頭が真っ白になって、そのまま意識を失う。
ヴォルデモートが荒立っているときの行為では、このような結末になるのが大半だった。

目覚めれば、更に犯された形跡が残っていることもあった。性奴隷であることをまざまざと突きつけられている。
あんなにも甘いキスをくれた夜は、まぼろしだったのだろうか。

――1人の夜。

バスタブに浸かりながら、ヴォルデモートのことを考える。

彼はここ何日か帰っていない。
どうやら探し求めている杖の手がかりとなる人物が見つかったそうで、遠くへ出ている。

その人物を追い求め感情が高ぶっているときのヴォルデモートはとても乱暴で、わたしの体から傷が消えることはなかった。そんな日々を過ごし、季節は冬から春を迎えようとしていたところだった。

やっとの進展。杖が手に入れば、彼は少し落ち着いてくれるだろうか。

バスタブから上がり全身鏡の前に立つと、痛々しい噛み跡や痣が肌に浮き上がっているのが目に留まる。
これはきっと、所有欲からくるものではない。
前はあんなに嬉しかった彼の跡が、今はわたしに虚しさを与えた。

コップ一杯の水を飲み干して、ベッドに掛ける。
長風呂をして体の怠さは感じたが、不思議と頭は冴えわたっていた。魔法史でも読めば眠くなるかな、と立ち上がると。

バチンと音がして、ハンスが突然目の前に現れた。

思わず、またベッドに尻餅をつく。

「びっくりした〜……」
「ナナシ様!」

しもべ同士なのに、ハンスはわたしのことをナナシ様と呼ぶ。どうしても敬称をつける癖がついてしまったそうだ。

焦った様子のハンスを覗き込む。ベッドに座っていてもわたしの頭の方が高い位置にあった。

「おそらくですが……ポッターを捕らえたのです!」

時が止まったような錯覚。

え?
ポッターって、あの。

「現在ルシウス様たちが本人かどうか確認しているところです。ポッターと同い年のドラコ様もイースターのお休みでいらっしゃいますので、すぐに見破ることでしょう。しかし野蛮な狼人間も来ております。もし、アナタに万が一のことがあっては、あのお方に顔向けできません。ワタクシめがお側に」

ハンスの言葉を半分は理解できなかった。
”ポッター”という単語に頭が埋め尽くされている。

彼に聞かなければ。

ヴォルデモート様をどうするつもりなの?
殺そうとしているの?
彼が倒れたのはあなたの仕業なの?
何をしてるの?
どこに行こうとしてるの?
知っていることは何?
そもそもあなたは誰なの?
どうすれば、ヴォルデモート様は……。

「……ポッターがここに?」

どれくらい黙ってしまったのだろうか。
気が付けば心配そうにハンスがこちらを見ていて、沈黙を取り繕うように質問を投げかける。

「地下牢に閉じ込めております」

ここは恐らく2階以上だ。
誰にも会わずに地下牢へ行くことは難しいだろう。

あれ、でも今。
ハンスは扉から入らずにこの部屋に現れることができた。瞬間移動のような魔法だろうか。それなら。

「ハンス、さっき突然出てきたのって魔法?わたしを連れて移動することもできる?」
「可能でこざいますが……」
「お願い!! わたしをポッターのところに連れて行って下さい!!」

大きな目玉を剥き出しにして、ハンスは驚愕と恐怖の表情を見せた。

「ハ? な、な、」
「少しだけ、話がしたいの、お願いします」
「何をおっしゃる!!! 無理です、無理!!! 絶対、ムリ!!!」

そうだよね。
どれほど無茶なお願いをしたかはわかっている。だって、ハンスはわたしを守るためにここに来てくれたのに。
第一、そんなことをしたらハンスはただじゃ済まされないかもしれない。

諦めともどかしさが胸の中を渦巻いて、それを吐き出すように小さく溜め息を吐いたそのとき。

「お前がドビーの後釜だな?」

すぐ後ろから声が聞こえて。
振り返る隙も与えず、喉元に指を突き付けられる。

「お前は……?!」

ハンスがとても動揺して、わたしを拘束する誰かを目に捉えた。
体を動かさないままチラッとその指を見る。ハンスとそっくりの特徴だったので、しもべ妖精であることが窺い知れた。
しかし、何かに怯えるように震えている。

「言え! ハリー・ポッターはどこにいる?」

脅すような台詞とは裏腹に、蚊の鳴くような声だった。

「ナナシ様から、は、離れろ……」
「ハリー・ポッターの居場所を言えばすぐに消えよう」

どうやらポッターを探しているようだ。

わたしはポッターの居場所を知っているが行くことができない。
この妖精はポッターの居場所を知らないが行くことができる。

チャンスだ。

「……ポッターのところに行きたいんですか?」

質問の意図を察したハンスがわたしに向かってブンブンと首を振る。

「教えるから、わたしも連れて行って下さい」

少しの沈黙の後、喉元に向けられた指が逸らされたと感じた瞬間、バン、とハンスが壁に叩きつけられた。そのままハンスは壁を伝って床に崩れ落ちる。全く動かない。

「ハンス、」

全身の血の気が引いて、心臓がやかましく乱れた。

「怖がらせてしまい、申し訳ございません。あの者は気絶しただけでございます」

わたしの不安を拭い去るかのように、後ろの妖精は口を開いた。丁寧な物言いに変わっている。
ハンスが死んでいないことに一安心しつつも、恐る恐る振り返れば、やはりしもべ妖精が様子を窺うようにこちらを見ていた。ハンスよりも目がまん丸で年老いてみえる。

「わたくしは以前こちらにお仕えしていたドビーと申します。貴女様は?」

ドビーは胸に手を当てて、少し頭を下げた。
応えるようにお辞儀する。

「……ナナシです。わたしも、しもべです」

それを聞いて、ドビーは眉根を下げてわたしの体を見た。噛み跡や痣を見て察したのだろう。パチンと指を鳴らすと、どこからともなく黒いカーディガンが現れた。

「お辛かったでしょう。こちらをお召しになって。さあ、ハリー・ポッターはどこなのです? 共に彼の元へ参りましょう」

きっとドビーはわたしのことをここから逃げ出したいしもべだと思っていることだろう。
黒いカーディガンに袖を通して、ドビーと目を合わせ、口を開く。

「地下牢です」

言い終わるや否や、腕を掴まれたかと思えば、目の前がぐらりと揺れて――。

バチン。

ぎゅうっと何かに詰め込まれるような得体の知れない感覚を耐えると、気が付けば、冷たい床に座り込んでいた。
乗り物酔いのような気持ち悪さにくらくらしながらも、顔を上げて周りを見渡す。

不思議な光の玉が地下牢内を照らしていた。

目の前に2人の青年が立っている。

「ド――!」

赤毛の青年はドビーを見るなり大声を上げそうになって、黒髪の青年に止められていた。

「ハリー・ポッター」

ドビーの視線を辿ると、黒髪の青年だった。

彼が。

彼がハリー・ポッター。

じくん、と左手の薬指が悲鳴を上げた。

「ドビーはお助けに参りました」
「でもどうやって――? ――ッ!!」

言葉が言い終わらないうちに、ポッターはわたしに気づいて額を抑えた。その顔は痛みに歪んでいる。
薬指はもげてしまうのではないかと思うくらい、じくじくと波打つように叫んでいた。

何、この痛みは。

まるで、わたしとポッターが、共鳴したかのような。

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